第17話 運命の恋

 退院して以降、恋について考えることが前にも増して多くなった。それは「死」というものの可能性を改めて感じることができたからかもしれない。恋という未知のものへの探究心は深く大きくなっていくばかりだ。せめて死ぬ前には自分の恋とやらを発見して、病気に打ち勝ってみせたいのだ。

 新町さんと会う予定を立てたのは昨日のことだった。多少の外出なら大丈夫かなと思い、軽いデートを申し込んでみた。

 腕時計の針はちょうど11時を回ったところだ。真夏に差し掛かろうとするこの季節にもなれば、午前中から30℃を超えてくることも少なくない。勢いよく流れ出る汗は体内から俺の水分をジワジワと奪っていき、水を飲みながらではないと散歩も楽しめない。

「暑くなってきたね」

 と、新町さん。俺は静かに頷いた。

「こんなに暑いのも、温暖化のせいなのかな?」

「きっとそうだよ。過ごしにくくなったね」

 公園のベンチに腰掛けて、汗を拭く。ここは大きな木の日陰になっていて、かなり涼しく感じる。

「もう散歩はやめて、お店に入ろうか」

「そうだね。もうバテちゃった」

 彼女はそう言って、気怠そうにベンチにもたれた。

「こんなに暑いと、動物も植物も大変だろうなぁ」

「大変どころの騒ぎじゃないわよ。私たちみたいにクーラーをつけるわけにもいかないし」

「それもこれも、人間のせいなのかな……」

 俺は公園の外にある、4車線の大きな道路に目をやった。大小様々な車が縦横無尽に駆け巡り、その度に排気ガスを撒き散らしている。人間の叡智の結晶であるはずの車だが、今や手放しに誉められた代物ではない。

 かといって、車を利用しないわけにもいかない。それは俺たち人間の生活の一部で、切っても切り離せないものなのだ。その事実が余計に、俺のような無力な人間を悩ませる。

 しばらく公園で休んだ後、予定より少し早めに食事に向かった。女性に人気が高いという洋食のお店らしい。

「ここのお店、来たかったんだ〜」

 新町さんはそう言ってくれた。

「ホントに?それならよかった」

 注文した料理を囲みながら、俺たちの話はいつも以上に弾む。彼女はお洒落なオムライスを美味しそうに頬張っている。

「新町さんって、こういう料理好きなの?」

「何でも好きだよ。ラーメンとかガッツリしたのも全然いけちゃうの」

「そうなの?それならいいお店知ってるんだ。この前若葉と行ったんだけど、すごい美味しかった」

「……若葉と?2人で?」

「そうそう。今度一緒に行こうよ」

「あ、うん。そうだね」

 新町さんは、俺と趣味が合う。自然が好きで散歩が趣味で価値観も近い。彼女の話には共感できることが非常に多くて、とても話しやすい。

 あれこれと喋っているうちに、あっという間に時間は過ぎた。お会計を済ませると、彼女を駅まで送った。

「じゃあ、またね」

「あ、ちょっと待って新町さん」

 俺は改札に入ろうとした彼女を引き止めた。

「どうしたの?」

「実は、最近いろんな人に聞いてることがあってさ。それを新町さんにも聞いておこうかなって」

「いいけど、何?」

「新町さんにとって、恋って何?」

 俺は期待を膨らませた。それは新町さんだからだ。俺に興味を持って連絡してくれて、今まで何回もデートしてきた人だからだ。そんな彼女の恋というものを知りたい。そう考える俺の思考は間違っているだろうか。

「私にとっての恋か……」

 彼女は少し考えた後、ハッキリと答えた。

「運命……だね」

 その衝撃は、俺の言葉を失わせるのに十分だった。

「運命の相手と運命的な出会いをして、運命に結ばれる。それが恋かな」

「そ、そうなんだ」

「じゃあね。バイバイ」

 彼女は俺に手を振ると、改札機を通っていってしまった。エスカレーターに乗って段々と遠ざかる彼女の姿を、俺は気付かぬうちに目で追っていた。

「運命……か」

 俺は1人、ボソッと呟いた。そして俺は首を傾げた。ただ1つ、今の段階で言えることがあるとするのなら、新町さんらしくないな、ということだ。

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