第18話 涙の決断

 コンビニで買ってきた惣菜を冷蔵庫から出してきて、電子レンジで温めてから胃袋に入れた。疲れも溜まっていたし、布団に入って目を閉じたがなかなか寝付けなかった。

 結局俺は今、扇風機の前でぼーっとテレビを見ていた。深夜帯のバラエティー番組が流れている。音は聞こえているが、それが頭に入ってくることはない。

 何をしていても上の空になってしまう。なぜかモヤモヤするこの理由は、今日の昼間に新町さんが放ったあの一言に違いない。

「運命……」

 新町さんは、自分の恋は運命だと言った。それがどうも胸に引っかかる。しかし、それがなぜ俺を悩ませるのか、まるでハッキリしなかった。奥歯に挟まったものが取れないような、そんな感覚だ。気にせずにはいられなくて、そのまま時間だけが過ぎていく。

 仕方なくもう1度布団に入った。明日は学校もあるし、とりあえず寝なくてはいけない。無理やり目を閉じて、瞼にグーッと力を込めた。だが、このまま眠りに落ちる気配など微塵もなかった。

「……まあいっか」

 充電器を携帯から引っこ抜いて、ロックを解除した。こんな夜中に迷惑かもわからないが、若葉に電話してみようと思い立ったのだ。

 携帯電話から呼び出し音が流れる。

「出るかな……?」

 数秒後、呼び出し音が途切れて若葉の声が聞こえた。

「もしもし〜」

「あ、もしもし若葉。もしかしたら起こした?」

「今から寝ようかなって思ってたところ。どうしたの?悠真が電話かけてくるなんて珍しい」

「まあ、なんか寝れなくてさ……」

「寝れない?」

「そう。ちょっと喋ろうよ」

「喋る?」

「うん。色々話したいことあるんだ」

「……」

「若葉?」

 俺の問いかけに対して、若葉は返事をしなかった。ただその代わりに聞こえてきたのは、誰かがすすり泣くかのような、そんな微かな声だった。

「……若葉?どうした若葉?」

 途端に彼女が心配になった俺は、大きな声でそう語りかける。だが、彼女のすすり泣きは変わらず聞こえてくる。

 彼女の身に何が起こっているのか、俺にはさっぱりわからなかった。あまりの突然の出来事に、俺は声をかけ続ける以外の励まし方を思いつかなかった。

「……若葉?大丈夫か若葉?」

「う、うん……」

 ようやく返ってきたその一言は、あまりに弱々しいものだった。

「何があったんだ、若葉?」

 気が動転している俺は、かなり強い口調でそう言った。だが、それに返ってきた彼女の声は、決意に満ち、ある種の強い覚悟を含んでいるものだった。

「……ねえ悠真。私たち、これからはもう少し距離をとらない?」

「え……?」

 信じられない言葉だった。耳に入った時には、俺はすでに聞き返してしまっていた。

「距離を置こうよ、悠真」

 若葉の発言が俺の聞き間違いではないことが分かると、次第に俺の視界がボヤけていくような気がした。目の前が段々見えなくなってきて、正気を取り戻すのに少し時間がかかった。

「ど、どういうこと?なんで急にそんなことになるの……?」

 俺は恐る恐る声を発した。その声は今にも途切れそうなほど弱く、自分の声だとは到底思えない。

「私がいるとさ、悠真の恋の邪魔になるんじゃないかなって思ったの」

 若葉の声はハッキリと聞こえた。決断に迷いがないことが、電話越しでもわかってしまう。俺のとっては、もはやそれすらもダメージに変わる。

「そんなことないよ。いつも相談に乗ってくれてたじゃない……」

「そういうことじゃないの、悠真」

 彼女は俺の声を遮った。

「沙耶ともっと仲良くなって、恋愛したいんでしょ?」

「も、もちろん」

「……じゃあ、私はもう悠真と仲良くしちゃ駄目だよ。それが2人の妨げになるから」

「ならないよ!若葉と仲良くするのと、新町さんとの恋愛は関係ないじゃないか!」

 俺は声を荒げた。6畳半の狭い部屋に俺の声が反響した。

「それがね、関係あるの」

 若葉はそんな荒ぶる俺を、冷静なトーンで制した。今の彼女は非常に冷静で、先ほどまで泣いていたとは全く思えない。

「悠真にはわからないかもしれないけど……、でも沙耶はきっと、私と悠真が仲良くしているのは嫌なんだよ」

「なんで……?なんでだよ……」

 この世には、俺の理解できないことが多すぎる。若葉が言うのだからきっと正しいのだろうが、納得がいくはずもなかった。

「悠真と沙耶にとって、私はもう迷惑な存在なの」

「……」

 そんなことない、と強く言い返したかった。でもきっと、俺には理解できない理由で言い返されるのだろうと思い、言葉にするのをやめた。彼女が迷惑だなんて、俺がただの1度でも思ったことがあろうか。だがその気持ちを伝える方法を俺は知らなかった。

「だから悠真、もう電話切るよ」

「おい、ちょっと待ってよ若葉……」

「また今度連絡する。……いつかわからないけど」

「若葉!俺はまだ納得できてない!」

 返事はなかった。慌てて携帯の画面を見ると、通話はすでに終了していた。

「くそ!!」

 俺はがむしゃらに布団を殴った。何度も殴った。俺はこの煮え切らない気持ちを抑え込むのに必死だった。なぜ俺は若葉と距離を置かなければならないのか。彼女は俺にとって欠かせない大切な存在なのだ。そんな彼女と突然距離を置くなんて、考えられないほど辛い。

 しかしそれ以上に、俺は彼女の決断を理解してやれないことが悔しいのだ。きっと彼女は彼女なりの考えがあっての決断なのだろう。そんな彼女の意志はできるだけ尊重したい。だが、俺の気持ちはまだ納得するにはほど遠い。

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