第16話 likeとlove
アルバイト先のボーノに顔を出したのは、体調が完全に回復してからだった。1週間ほど休みをいただいてしまう結果になったが、SNSの管理など、家でも可能な仕事はできるだけ行っていた。
「悠真!大丈夫だった?」
「うん、ありがとう。今は大丈夫」
キャサリンは俺の顔を見るや否や、すぐに声をかけてくれた。
「若葉ちゃんから聞いたよ。持病で倒れたんだって?」
「うん。迷惑かけてごめんね」
「ノープロブレム。健康が1番よ」
彼女はそう言って、俺の肩をポンポンと叩いた。こうやって励まして頂けるのは本当にありがたい。前の職場では頭痛に悩まされる俺を疎く思う人もいて、結局最後まで受け入れてもらうことは出来なかった。
「で、インスタはどうなの?」
「相変わらず調子良いよ。いいねの数も増えてきてる」
俺はパソコンの画面をキャサリンに見せた。彼女は何度か大きく頷いて、「ベリグー!」と親指を俺に立てた。こんなどうしようもない俺だがSNSのセンスは意外とあるらしい。
「まあでも、久々に元気な悠真が見れて良かったわ。私はそういう悠真が好きだからね」
キャサリンは私服の上からエプロンを着用して、左右から出る紐を縛っている。だが、彼女が何気なく発したその言葉を俺は聞き逃しはしなかった。
「……好き?」
俺は動揺が隠せない。一瞬で凄まじい量の汗が噴き出て、額を濡らす。そんな直接的な言葉を言われたのは初めての経験だった。
「え?どうしたの?」
彼女はパチパチと瞬きをした。紐を縛る手が止まった。
「キャサリンは、俺のことが、その……、好きなのか?」
「大好きよ。それがどうかした?」
彼女は一切の躊躇いもなく、いつものトーンでそう口にする。だが俺はその言葉を平常心で受け止める術を知らない。
「いや、でもね、キャサリン。君にはもっといい人がいると思うよ……」
「え?あなた何言ってるの?」
彼女は大袈裟に手を叩きながら、大きな声で笑い出した。
「あなたね、好きっていうのはlikeの意味よ。loveじゃない」
俺は自分がなぜ笑われているのか、さっぱり見当もつかない。
「……どっちも好きって意味じゃないか」
「likeは人として好きって意味。loveは恋人として好きって意味」
「はあ……」
俺はその意味を言葉の上では理解しつつも、頭の中でその違いを認識することは出来なかった。それを瞬時に察したキャサリンは、さらに説明を加えてくれる。
「自分の親に対する好きと、恋人に対する恋心は別物でしょ?そういうことよ」
俺は首を傾げた。やはり理解できそうにない。その感情を俺は失った。
「ごめん、やっぱり俺わからないや」
「謝る必要はないわ。それもあなたの個性」
彼女は再び紐を結び始めた。彼女は俺の言動から何かを察したのか、気の利いた返事をしてくれた。俺が倒れたことも知っているから、何かあったことに気づいてくれたのだろう。
「キャサリン、1つ聞いてもいい?」
「イェス。何でもいいわよ」
「キャサリンにとって、恋って何?」
俺は若葉にした質問を、キャサリンにもぶつけてみた。
「どういうこと?何を答えればいいの?」
「うーん、だからそのlikeとloveの違い、っていうのかな、それを教えてほしい。どういうタイミングでその人に恋するのか」
「なるほどね。それは簡単よ」
「何?」
「相手を必要として、必要とされたいと思う。それがlove」
彼女はそう言うと、スタッフ控室から出て行ってしまった。相手を必要とする、ことは何となく俺にもわかる。だが、必要とされたい、と思うことも恋なのか。お互いに依存し合うといえば聞こえは悪くなってしまうが、それが彼女なりの恋の定義なのだろうか。
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