陸、青斗の仕事

 異変が起き始めたのは、天斗の仕事から数ヶ月経った頃だった。

 天斗が陰陽寮に出仕している間に、天斗たちの父は青斗を呼んで二人で話を始めた。

「最近、天斗の様子がおかしいと思うんだが、俺だけか?」

「……確かに」

 天斗は最近、疲れたと頻繁に言うようになった。人間誰しも日々疲れるものであるが、それにしても普通より多いし、確かに疲れた顔をしているのだ。

 それに、家に帰ってきて夕餉ゆうげを食べてすぐに眠ってしまうことも多かった。今までの天斗の元気さからは全く想像のつかないその様子に、家族全員心配しているのだった。

「夜もうなされているし」

「けれど朝はなんともなく、普通に起きてきますよね」

「ああ。それも不思議なんだよな……」

「……大丈夫ですかね、にいさま」

「なんともなけりゃいいんだがなあ」


 数日後。その日は、青斗に仕事が回ってきた。今回の仕事は、家のものがなぜか移動していたり、ガタガタと物音がしたりする原因を探ってほしいとの依頼だった。青斗はそれを聞いて、おおむねいたずら好きな座敷わらしや小さな鬼たちのせいだろうと踏んでいた。

 その家に着くと、やはり他の家よりも小さな鬼たちが多く見える。

「こんにちはー! 仕事に参りました、青斗と申します」

 玄関口で叫ぶと、家の者が奥からぱたぱたと駆けて来た。

「待っておりました、さあこちらへ」

「失礼いたします」

 家にあがらせてもらうと、結構な数の小鬼が見受けられた。不思議なものだと思いつつ、家の者に話を聞き始める。

「その……物が動くとか」

「はい。今までも何度かはそういうことがあったのですが、最近起こる間隔が短いというか、頻繁に起きている気がして」

 今までにもあったのに相談しないというと、彼らは肝の据わった人たちなのだろうと思って青斗は苦笑する。

「例えばどんな?」

「ええと、食材がどこかへ隠されていたり、いつの間にか几帳が倒れていたり、木の実が簀子すのこに置いてあったり……」

「なるほど」

 几帳が倒れているのは結構危ないけれど、他のいたずらはそんなに大きくなさそうであるので少々安心する。

「先に、僕の見解についてお話しておきます」

「はい」

「ここには、小さく人に危害を加えられないような鬼たちが、そこそこに多くいます。具体的に言いますと、今もその脇息きょうそくに寄りかかっている子がいますし、あなたの周りで小躍りしている子もいますよ」

「そ、そうなのですね」

 さすがに急に言うには驚かせてしまう内容であっただろうかと申し訳なく思うが、事実であるので言わない訳には行かないのだ。

「……この子たちを祓っても良いのですが、そうした場合が心配です」

「……後といいますと」

「僕が見つけられずにそのままになった子が、きっとあなた方にますますひどいいたずらを仕掛け始めると思うのです」

「……なるほど、そうなっては元も子もないということ」

「ええ。ですから、僕が彼らに説得してみますね。いたずらをやめてほしいということを」

「お願いします」


 ということで、まずは小鬼たちを集めなければできる話もできないので、青斗は庭に出てから近くにいた一匹に話しかけた。

「……あ、ねえねえ」

「なんだー? って、人間?!」

「ごめんね、驚かせて。この家にいる君の仲間をここに集めてもらってもいいかな?」

「……なんでだ」

「ちょっとお話がしたいんだ」

「分かった」

 そう言うとその小鬼はぴゅっと家の中へと戻っていき、しばらくしてぱらぱらと、家から出てくる小鬼たちが現れ始めた。

 最初に話しかけた小鬼が戻ってくる頃には、青斗の目の前の地面がすべて隠されてしまうほどの数の小鬼たちが出てきていた。こんなにいたのかと驚く反面、なんだか可愛らしくて頬が綻ぶ。

「なんだ、人間。話って」

「ええとね、君たちには申し訳ないんだけど、この家の人にいたずらをするのはやめてほしいんだ」

 そう一言口にすると、彼らは眉を釣り上げて(実際彼らに眉がある訳ではないのだが)口々に反論を言い出した。そのうるささの何たるか。

「……ちょっと、ごめん、静かに……」

 その青斗のか細い声は、小鬼たちの声に掻き消される。何度かそう言ったものの、口々にまくし立てる彼らには届いていないようだった。呆れた青斗は、一瞬で彼らを黙らせるにはどうしようと悩み、一つの解にたどり着く。

「──悪鬼退散」

 その瞬間、小鬼たちはすっと水を打ったように静まり返る。

「ふう、やっと静かになった」

「ほ、本気じゃないんだな」

「うん。祓うつもりなんて毛頭ないし、祓ったところで君たちは嬉しくないでしょう?」

 そう聞いて、小鬼たちは安心したようにほっと息をついた。

 彼らが黙ったのは、青斗の呪文に気づいた訳ではなく、青斗のまとう雰囲気が一瞬にして、冷えて鋭いものになったのに驚いたからであった。それは獲物を狩る獣の視線のようなもので、少なくとも彼らは、本気でないのにあんな覇気はきを見せる者を見たことはなかった。

「……ちなみに、どうしてこの家にこんな数が集まってるの?」

 そう青斗が聞くと、

「昔な、ここの家のやつに、助けてもらったんだよ」

 最初に話しかけた小鬼がそう返す。小鬼の中にも立場があるのかもしれない。

「お前みたく俺たちが見えるやつがいてよ。でっかい異形いぎょうに俺たちが追っかけられてた時に、俺たちを家に入れて、そのでっかい異形を倒してくれたんだ」

「それで、それからもずっといさせてもらってるってこと?」

 青斗が聞くと、小鬼たちは一斉にうんうんと頷く。この数が最初からいた訳ではないのだろうが、ここの家主は心優しい人だったんだろうなと青斗は微笑む。

「もしかするとこのままいたずらを続けていたら、ここを追い出されてしまうかもしれない」

「それは困る!」

 彼らとて雨には濡れるし、見えていないだけで人が触れることもできてしまうのだ。だから変に人通りの多い道に出てしまえば、文字通り踏んだり蹴ったりで大惨事。だから小鬼たちは屋根のある家に住み着いたり、床下に隠れていたりするのだった。

「とりあえず、また僕が呼ばれて『次は一思いにやっちゃってください』なんて言われないようにしてね。分かった?」

「分かった!」

 小鬼たちは異口同音いくどうおんにそう言う。これで一件落着だ。

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