伍、天斗の仕事
青斗の兄の天斗に仕事が入ってきたのは、青斗が元服してから数ヶ月経った頃だった。仕事というのは陰陽寮でのものではなく、個人的かつ内密なものだ。
青斗の家では、家そのものに来る仕事を父親が子供たちに割り振って与えている。時折名指しで「この者に」と届く依頼もあるし、家族総出で行わなければならないほどの大掛かりなものもある。
今回天斗に届いた仕事は、とある貴族の姫が病に伏せっているので、その原因を調べて欲しいというものだった。きっと医師にもよく分からないようなもので、最後の頼みとして陰陽師の家に白羽の矢が立ったのだろう。そういう時は大抵、なにか悪いものが憑いて、それが悪影響を与えているのが筋だ。
とりあえず天斗は依頼者の家へと足を運んだ。その家は確かに、昼間だというのにどこか暗く、重い雰囲気を纏っている。
嫌な予感を頭を横にぶんぶんと振って打ち消して、天斗はその家の扉を叩く。
「こんにちは、依頼を受けて参りました、天斗といいます」
そう声を掛けると、すぐに人の気配がこちらへ近づいてきた。がらっと扉が開く。
「ああ、来てくださった……どうぞ中へ」
疲労からなのか、目の下に隈をはっきりと作った
「……っ」
己はなんてことを、こんな一大事の最中に嫉妬の念を燃やすなど。天斗はどこかむしゃくしゃして、自分の髪をがっとかきあげた。
家の中へ入ると、重い空気が天斗にのしかかった。ねっとりと空気が肺に絡みつき、息苦しさを感じる。すっと背筋が冷えた。
「……病気は、いつから?」
「二週間ほど前からです。最初は頭が痛いと言い出して、だんだんと日が進むにつれてすぐ眠ってしまったり、熱にうなされてうわ言を言ったりと」
「なにか、変わったことは?」
「特には……」
「姫様以外の皆さんの体調は、どうですか」
「最近は皆あまり上手く眠れておりませんで、疲れておりますよ」
「それは」
お気の毒に、と小さく続けると、女房はこれまた疲れた笑顔を見せていいえ、と応えた。
「姫様の容態が分かり次第、皆さんに付いた邪気も後ほど浄化いたしますので」
「ありがとうございます」
「姫様は、どちらに?」
「ご案内いたします」
女房の後についていくと、屋敷のほぼ最奥の部屋へと通された。
「あ……あなたは外で待っていてください。邪気に当てられてはまずいですから」
「分かりました」
女房は弱々しく笑うと、
「……熱と呼吸が苦しそうで、鼓動も速い。あとは冷や汗くらいか」
なるほど確かに、病状のそれはほとんど風邪と同じであるが薬を飲んでも治らなかったのだろう。そう踏んだ天斗は、次に彼女の中に
「……蛇よ、我が蛇よ。真実を見せ給え」
そう呟いて目を開くと、暗い空間の中に横たわる姫と、その上にぼんやりと人影が映った。
──いる。
天斗はパンと
「蛇よ、悪しき者を捕らえよ!」
指で三角形を作り姫の方へ向けると、姫に憑いていたものががんじがらめになって姫の体からぼわっと浮いて出てきた。
「
再び柏手を打ちながら叫ぶと、攻撃を受けた霊は少々痛そうな声をあげた。耳をつんざく心地のよくないそれを真っ向に受けた天斗は、痛くなる頭を振って痛みを霧散させる。
「蛇よ、我が蛇よ。悪しき者に裁きを」
目を閉じて、神経を尖らせる。
「
天斗が叫ぶと、再び霊は金切り声をあげ、そのまま天斗の方へ向かってきた。驚いた彼はぎゅっと目をつむる。次に目を開けた時、視界には横たわる姫の姿のみがあった。
「……消えた?」
背後を確認しても、その姿は見当たらない。仕留め損ねてしまったようだ。また、失敗。
「はあ……」
髪をがっとかきあげ、大きなため息をつく。自分の不完全さに反吐がでそうだった。
「とりあえず、浄化を……」
病気の原因は去ったのだ、任務は完遂したとは言える。けれど結局自分にはあの霊は退治できなかった。やはり、弟であれば、やり遂げることができたのだろうか。
「……あいつと、何が違うんだ」
術を使った反動で痛みを訴え始めた頭を抱えながら、彼はぼそりと呟いた。
家に帰った後、父が天斗を呼んだ。
「仕事、お疲れ様。どうだったんだ」
「……姫に憑き物があったので、祓っておきました。それと、家全体の浄化も」
「憑き物は?」
そう聞く父の目ざとさに息が詰まった。正直に話さなければ、きっとそれも気づかれてしまう。
「……逃がしました。申し訳ございません」
「いや、いいんだ。姫のご容態は?」
「症状は引いたようでした。他の方々も、直に回復すると思います」
「そうか。お疲れ様、ゆっくり休めよ」
「はい。失礼します」
天斗は手をつき頭を下げ、父の部屋から出ていった。
「……あれは、だいぶ思い詰めてるな」
はは、と父は笑う。父は、天斗が青斗のことを恨めしく思っているのにも、天斗が彼自身のことをあまり良く思っていないことにも気づいているのだ。だからこそ、天斗の成長のために仕事を多めに回すようにしているのだが、失敗することも多く、その事実がまた彼を苦しめているのだった。
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