弐、青斗、元服
晴明のおかげで、やっと満足して稽古を行えるようになった青斗。抑えられてなおその力は強いものであり、一緒に稽古している者たちとも差がつく程であった。青斗の兄の
天斗は、最近なぜか調子のいい弟に妬いていた。なぜあの子が、自分より後に産まれたというのに、自分よりも体が弱かったのに。そんな気持ちがぐるぐると、彼の心で渦巻いていた。青斗に直接危害が加えられてしまう可能性があるため声にこそ出さないが、その嫉妬の念は大きいものだった。
──実の弟の死を、望む程に。
庭で青斗が自主練をしていた時、隣に住むときはがやってきた。
ときはは青斗の幼なじみであり、病がちであった彼の遊び相手でもあった。彼女は本当は外で走り回ったり、体を動かしたりする方が好きなのだが、青斗に合わせて中の遊びを一緒にしてあげている。
「青斗、すごいね。他のみんなよりも強いって聞いたよ」
「ああ、ときは。ありがとう」
「本当に晴明様はすごいお方なのね」
「うん、すごく優しくて素敵な方だったよ」
柔く微笑む青斗の様子から、よくしてもらったのだろうと安心するときは。少々、また痛くされてしまったのではないかと心配していたのだ。
「そろそろ僕も元服かな」
「……そうなったら、会えなくなる?」
突然暗くなったときはの声に、青斗は弾かれたように顔をあげる。
「いやいや、そんなことないよ。寂しいこと言わないで」
「かあさまが言ってたの。大人になったら、直接会えなくなってしまうって」
「……お手玉しようか」
「ねえ、本当なの?」
「……やめてよ」
ぐっとなにかを押さえ込んだようなその声に、ときはは息をひゅっと呑む。
「僕だって、聞いてるよ。元服して、ときはも
そこまで堰を切ったように話し、それからぐっと唇を噛み締めてなにかを堪えるように押し黙る青斗。その瞳は、涙に揺れている。
「……ごめんなさい」
「謝らなくて、いいよ。嫌な未来なんて考えないで、ほら一緒に遊ぼう」
「……」
「ときは」
「……」
「ねえ、ときは」
何度呼んでも、ときはは黙ったまま、自分の足元をじっと見ているだけだった。
ときはの気持ちもとても分かるし、青斗自身も、会えなくなるなんて考えられない。でもそうなってしまうのが決まっていることならば、それを嘆くよりも今を楽しむべきだと、彼は考えているのだ。
「……辛いことなんて考えなくていいんだよ。ときは、こっちおいで?」
「……大人になんて、なりたくないよ」
「……そうだね」
青斗はときはに近づき、彼女の手をぎゅっと握って家の方へと引っ張っていく。
「さ、お手玉しよう」
「……うん」
泣きそうな声で応じた彼女の頭をぽんと撫でて、青斗はその背中を押してあげた。
そしてそれからまた数ヶ月経った頃、青斗の元服の日時が決まった。青斗自身は、嬉しいような寂しいような、そんな気がしていた。
「大人の仲間入りだな」
「……はい」
「なんだ、乗り気じゃないのか?」
「っ、いや」
「いいんだ、俺も大人になんざなりたくなかったよ」
と青斗の父は青斗の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ちょ、ちゃんと結ったんですから」
「はは、すまんすまん」
そう言うと、父は髪留めを一度外しもう一度結い始める。こうしていろいろと手をかけてくれるのも今後は減るのだなと思うと、やはり寂しい気がした。
「……とうさま」
「なんだ」
「僕は、大人になれるでしょうか」
「そりゃもちろん、なれる」
「その、表面だけじゃなくてというか」
「青斗、知ってるか。とうさまも昔は子供だったんだぞ」
「……し、知ってますけど」
「俺が立派に父親できてるんだ、お前だって大丈夫だよ」
父の優しくもはっきりした声に、なぜだか安心した。父がどんな子供だったかはあまり話を聞かなかったため知らないが、父に『誰でも自然となれるものだ』と言われた気がした。きっと大丈夫だ、そう思って息を短くふっと吐く。
「緊張してるのか?」
「……少し」
「大丈夫だ、みんな見てる。胸を張っていきなさい」
「はい」
元服の儀式は、意外にもあっさりと終わった。
儀式が終わって緊張から解放された青斗が、縁側に座って一息ついていると、ときはがやってきた。
「青斗、儀式は終わったの?」
「うん。緊張したよ」
「お疲れ様。烏帽子似合ってるよ」
「さすがにまだ慣れなくて邪魔だけどね」
はは、と笑った青斗とは反対に、ときはは目を伏せて少々悲しそうな顔をする。
「……大人になっちゃったんだね」
「なっちゃった、って。悲しそうな顔しないでよ、お祝いの席なんだからさ」
「……会える?」
「会えるよ」
力強いその青斗の声に、ときはは眉尻を下げて、寂しそうに笑った。
「また、お手玉しよう」
「……うん」
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