第31話 花子さん
トイレの花子さんは、日本の都市伝説・学校の怪談の一種で、学校のトイレに現れるとされるお化けにまつわる怪奇譚。
誰もいないはずの学校のトイレで、ある方法で呼びかけると『花子さん』から返事が返ってくる。
学校の校舎3階のトイレで、3番目の扉を3回ノックし、『花子さんいらっしゃいますか?』と言うと個室からかすかな声で「はい」と返事が返ってくる。そしてその扉を開けると、赤いスカートのおかっぱ頭の女の子がいてトイレに引きずりこまれる。
それが都市伝説における《トイレの花子さん》である。
が、ここ
トイレの花子さんはもっとフレンドリーで、仲良くできる存在だ。
そう示したのは、そう理解できたのは他でもない僕のお陰だ。
鼻を高くして、町割高校へと向かう僕。
噂によると再び《トイレの花子さん》が現れたらしい。
花子さんが帰ってきた――。
その喜びを胸に、高鳴る気持ちを抑えて日曜の夜7時半。僕は学校に着いた。
しまっている校門を乗り越えて、噂のある三階の三番目の男子トイレに向かう。
他には目もくれずに。
「花子さん!」
僕は叫びながらトイレに入る。
とそこには花子さんがいた。
「あ。怪間! やっと来てくれたんだね」
「凪紗……」
そう現世と冥府の間で出会った凪紗の姿をした花子さんだったのだ。
「アタシ、未練残していたみたい。だからきちゃった♡」
「きちゃった! ……じゃないよ。僕は花子さん……愛香さんかと期待したのに」
「ごめんね。でもアタシにもチャンスをくれるかな?」
「チャンス? なんの?」
「ふふ。それは秘密♡」
じとっとした目で睨む。
「なんかキャラ違わない?」
「まあ、テンション上がっているよね。こっちで怪間と出会えたら」
僕と出会うとテンションが上がるのか。幽霊は分からないな。
「走っていかないでよ」
と色さんが後から追いかけてくる。その後ろには花古さんもいる。
「まさか、花子さんを?」
花古さんがじっと目を見開く。
「違った。花子さんではあるものの、彼女は凪紗さんだ」
「あ。あの冥府で出会ったっていう?」
「そうだよ。彼女、未練があるらしい」
僕は不満そうにぶつくさと不満をもらす。
「なんで花子さんじゃないんだ」と。
それを聴いていた凪紗さんは「たははは」と乾いた笑いを浮かべる。
「愛香さん。本当に成仏してしまったのかな?」
色さんが少し残念そうに呟く。
「……」
誰も答えを持ち合わせていないのか、躊躇いの息が漏れる。
「帰るか」
萎えた僕はトボトボとした足取りでアパートに向かう。
「そうだ。これからちょっと付き合いなさいよ」
花古さんがそう言い、僕の腕をとる。
「何を?」
「星、見に行くのよ」
僕を引っ張り屋上まで駆け上がる花古さん。色さんもついてくるが、凪紗さんはトイレから離れられないみたい。
屋上に着くと、冷えた空気が肺を満たす。
キラキラと輝く星々を見つめ、僕はため息を漏らす。
「あれが
自分のもののように言う花古さんに苦笑する。
「ずいぶん感情を出すようになったね」
「そう? 自分では分からないけど」
花古さんは弾んだ声で応じる。
最初は人形みたいだったのに、ここ一ヶ月でだいぶ様変わりしたな。
くすっと笑いが漏れる。
「な、なによ。らしくないのは分かっているわよ」
花古さんは唇をとがらせ、星を見上げる。
「星か。昔はあれ一つ一つが神様だと思っていたな」
「神はいない。……そう思っていたのだけど」
花古さんは苦笑いを浮かべる。
「いるみたいだね。でもいてもいいんじゃないかって思う。だってこんなに綺麗だから」
「はいはい。二人きりの空間は終わり。あたしもいるんだから」
色さんが不満そうにほっぺを小さく膨らませている。
「色さんも見たら。夜空はいいぞ」
「あ」
僕はそう言い、色さんの手をとる。
柔らかくてすべすべした肌。微かに伝わる熱。
「もう、しょうがないかな」
色さんは複雑そうな笑みを浮かべて空を見上げる。
と流れ星が一筋。
「あ。願いごとを――」
花子さんと一緒にいられますように。
三回唱える前に消えてしまった流れ星。
「怪間くん。泣いているのかな?」
「え。いや、そんなはずは」
そう言って自分の頬を伝う水を感じる。
泣いていた。
「なんで泣くのよ」
「あんまり綺麗で」
誤魔化すにももっといい方法があっただろうに。
それだけ花子さんと出会えないのが悲しいらしい。悔しいらしい。
僕は花子さんに恋をしてここまできた。
色々なことがあったけど、僕はここまできた。
来世でも会えるかな。
僕もそのうち輪廻の輪に乗るのだろうから。
だから、それまで待っていて欲しい。
「綺麗だよね」
「そうかも」
花古さんと色さんが小さく呟く。
「……怪間くん」
「なに?」
「そろそろ、私たちのことを《さん》付けしなくていいのよ?」
「それ、あたしも思っていた。ここまできたら一蓮托生かな」
さん付けをやめる。
それで何が変わるのか、分からないけど、二人がそれを求めているのなら――。
「分かった。色、花古」
「……悪くないわね」
「いいよ。これからはそれでいこう!」
花古と色が満足げに答えると、僕は微笑む。
「それと、前みたいに僕じゃなくて俺の方が格好いいかも」
「あら。私は今の怪間くんも素敵だと思うけど?」
「ふ。それに関してはそのうち俺に戻すよ」
素が出てしまっていたが、本来俺で通してきたのだ。
今までが弱気になっていたせいだ。
師匠が言っていたように、俺の方が都合が良いこともあるみたいだね。
赤羽根師匠。
連絡とってみるか。
「悪い一人にさせてくれないか?」
僕はそう言い、色と花古から距離をとる。
スマホを手にし、師匠に電話をする。
『もしもし、旭人か?』
「はい。怪間です」
声が震える。
『元気か?』
「いえ。僕、失敗しました」
嗚咽をもらす。
もう花子さんは帰ってこない。
もう二度とあの笑みを見ることができない。
後悔してもしきれない。
悲しい。
辛い。
全てが嫌になる。
そんな言葉をぶつけると、師匠は微かに笑い声を零す。
『それだけ成長したんだな。花子さんのこと、どうけじめをつけるか、分からないが、お前にとってプラスになったはずだ。それだけは忘れるな。お前が愛したことに変わりない』
「それも執着ですよ。愛じゃない」
『誰に言われた? それが執着だと言うのなら、この世の全ての恋愛が嘘になる。それはありえない』
師匠は毅然として言う。
「そう、なのですかね」
『そうだ。だから自信を持て。胸を張って生きろ。それが花子さんへの
「……弔い」
『花子さんはお前と来世で出会うために成仏したのだろう? ならそれを信じろ』
「はい……」
今はまだそれでいいとは思えないけど。
それでも、僕が生きた意味はある。
花子さんが幽霊になっていた意味も。
この出会いはきっと未来への手向け。
未来へとつながる架け橋。
そう師匠は教えてくれた。
僕は少し気が軽くなった気持ちで、涙を拭う。
師匠が指し示すのはいつだって未来の話だ。そこにネガティブな感情はない。
そんな赤羽根師匠が好きだ。
師匠の前向きな意見に、心揺さぶられる。
僕はまた一つ世界を知った。
そしてそれは未来へとつながる。
きっと僕はまた恋をして、その人を大切にしていけるのだろう。
だから頑張れる。
まだ生きていける。
悲しいことがあったけど、それでも過去から学び、今を必至で生き、そして未来へとつないでいく。
それが赤羽根師匠の教え。
花子さんとのことは過去だ。
だからそこから学ぶ。そして今を生きる。未来へとそのバトンを渡す。
進路は民俗学教授。
これからはもっと多くの怪奇へと触れていこうと思う。
「そう言えば、井戸の貞子さんがいたな」
ふと思う。
今度会ってみようか?
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