第30話 策略

 水族館デートが終わりを迎えようとしている頃、山本さんはもう少しデートをしようとする。

「今度は遊園地に行こう?」

「う、うん。いいけど……」

 こちらのタイムリミットは4時間ほど。これから遊園地に行けば確実に僕は地上に戻される。

 もしくは戻らなくちゃいけない。

「僕とのデートが先だ」

「でも、一回だけじゃ分からないこともあるよね?」

 山本さんはにこやかな笑みを浮かべる。

 空気洗浄機である彼は笑うだけで周りを爽やかにしてしまう。

「それは、あるけど……」

 そう言って強引に花子さんを連れ出す山本さん。

「じゃあ、このあとプールに行こう!」

 そう言って誘う山本さん。

「待てよ!」

 僕と凪紗さんも後をつける。

「お前、どういうつもりだ!」

 慌てて山本さんにつかみかかると、あっさりと払いのけられる。

「いいじゃない。キミと愛香さんじゃ釣り合いがとれないよ」

「そんなことは……」

「愛香さんは黙っていて。これは男同士の問題だから」

「違う。違うよ。そんなの間違っている。怪間は本気で愛香ちゃんを愛しているからここにきた。アタシには分かる。だから山本の言い分は間違っている!」

「凪紗さん……」

 僕は目を潤ませて呟く。

 目頭が熱くなる思いだ。

「愛? 違うね。執着だよ。怪間さんは周りが見えていない。直情的で危ない人だ」

「なにを!」

「ほらね! 言った通りだ」

 山本さんは揚げ足をとるように言う。

「さて。こうしている間にも時間が過ぎていくわけだが?」

 山本さんは意地の悪い笑みを浮かべて、ニタニタとしている。

 なるほど。これがこいつの本性か。

「これではムードの一つも作れずにデートは終了だね」

 爽やかな笑みを浮かべるが、山本さんは勝ちを確信したらしい。

 時間を見やると確かにあと2時間ほどしかない。

 2時間でデートをするのは無理がある。映画一本分なのだから。

 それでも諦める訳にはいかない。

「花子さん、僕とのデートしてくれますか?」

「うん。もちろんだよ」

 そう言ってにへらを笑う花子さん。

 こちらの世界のことはよく分からない。

 だから周囲を見渡し何があるのかを判断する。

「あの丘に行こう」

 すっかり日も落ち、真っ暗な中、街灯の光だけが差し込む。

 ベンチに二人で座る。僕の選んだデートは公園デート。

 なんてことはない。

 自販機で買った130円のジュース片手に会話をするだけの話。

「ラッキーボーイのパケモンが面白いんだよね!」

「そうそう! あのチープな感じがいいよね!」

 僕たちは昔遊んだゲームの話で盛り上がっていた。

「バグでνが釣れたりして!」

「あれは驚いたの! でも戦闘に出すとHPバーが二列になっていて」

「最近のゲームではないよね。そもそもνはデータだけ入っている形で実際には手に入れられない設定だったらしいし」

「それ! 驚きました。まさかゲットできないものを入れるなんて。遊び心がすぎるの」

 二人で話している時間はとても充実していて尊みを感じてしまう気がした。

 ただしゃべる。それだけでもデートは成立するのだ。

 しかし、そんな語らいもすぐに終わりを迎えてしまう。

 陽炎のように視界がにじみ、僕は波に呑まれるようにして消えていく。


 嗚呼ああ

 最後に花子さんと話せて良かった。

 出会えて良かった。

 僕は彼女に出会うために行ったのだから。

 あわよくば、一緒にいたかったけど、これが世界の答えなんだね。

 視界が明るくなると、花古さんと色さんが顔を覗かせていた。その奥に朱子さんが待機していた。

「帰って、きたのか……?」

「そうだよ! もうびっくりしたんだから」

 そう明るく振る舞う色さん。

「無事、帰ってこれたのは良かったわ」

 うんうんと頷く花古さん。

 最近、花古さんが感情を出してくれて嬉しい。

 しかしながら、ここで返されるとは。

 もっと話したいことがあったのに。

 好きな食べ物も、好きな場所も聴いていない。

「朱子さん。もう一度、あの薬を」

「残念ながらそれは無理ね。あの薬は一回飲むと耐性ができて使い物にならないわ」

 朱子さんが残念そうに首を横に振る。

「そ、そんな……」

 あの山本さんという危険な人と一緒に花子さんはいる。しかも僕の手の届かないところにいる。

 最後の会話で、僕に気持ちが向いてくれさえ、すれば未練が残り帰ってこれるかも――なんてことは甘い考えだったのかもしれない。

 僕はまた失うのか。

 甘い香りがしてくる。

「さあ、帰ってこれたことに感謝してケーキを焼いたよ」

 色さんがそんなことを言いながら僕のアパートでケーキを焼いていたらしい。

 ふと見ると台所には色々な調理器具がそろっているし、僕が寝ていた布団の近くにあった本棚には民俗学や除霊術などの色々な参考書が置かれている。

「なんか。僕の家に帰ってきた気持ちがしないのだけれど……」

「あ。この調理器具は気にしないで。あとで帰るときに持っていくから」

「本も同じく」

 いや、本当にお願いするよ?

 たった二日間空けていただけで、こんなにも見違えるとは思わなかった。

 しかし、民俗学か。

「そう言えばあんたこれ」

 朱子さんが持ってきたのは進路調査表だ。

「あ」

「相談してくれないと。で。何がしたい?」

「そう、だね。考えておくよ」

 目の前で切り分けられていくケーキ。

「はい。怪間くん」

「あら。旭人のだけ大きくない?」

 朱子さんが指摘したように僕のケーキだけ二倍くらい大きい。

「まあまあ。いいじゃない!」

 そう言ってケーキを差し出す色さん。

 僕は何の気もなしに、ケーキにフォークを入れていく。

 フォークで押してみると弾むスポンジ。

 うまそうだ。

 切り分けて口に運ぶ。

 甘さ控えめでそれでいてしっかりとした味がある。

「クリームにリンゴの味がする」

「そう! リンゴケーキだよ!」

 ワクワクした様子の色さん。

「む。おいしいなんて……。こういうときはダークマターを作るのがテンプレでしょ」

 花古さんの言い分が分かってしまう。

 でもおいしくて良かった。

「どうどう! 胃袋捕まれた?」

「いやそれほどではないかな」

 僕は苦笑いを浮かべながら返答する。

 だってここで言うと告白される可能性が高まるから。

 僕は花子さんと一緒に……。

 ごそごそとお守りを取り出す。

 見てみると、以前のような感覚はない。

「花子さん……」

「失敗、なのかしら」

 花古さんが気まずい空気の中、確認する。

「そう、みたいだね」

 僕は作り笑いを浮かべる。

 分かっていた。

 僕には花子さんをリードできるほどの力はなかった。それにやっぱりリードしてくれる山本さんが好きになったんだ。

 悔しい。

 あんなのを見せつけられるんだったら、僕は行くんじゃなかった。

 薬で仮死状態になったことを後悔する。

「それで。それで。死後の世界はどうだった?」

 朱子さんがパソコン片手に訊ねてくる。

 貴重なサンプル、貴重な経験でもある。その世界を知るものは少ない。

 気がつけば、僕は朱子さんに全てを話していた。

「そう。花子さんが、山本さんと……」

 余計なことまでしゃべった。そう認識してから気まずそうに目線をそらす。

 まさか僕のせいでこんなことになるなんて。

「うん。現世と冥府との間に存在する謎の街。気になるねー」

 さすが科学者。探究心が強い。

「花古さんは知っていたの?」

「まあ、なんとなくは。一応古事記にも書いてある」

「それなら神は実在するのかな?」

 色さんが何げなく訊ねると、僕はこくりと頷く。

「どうやらいるみたいだよ」

「そう、なんだ」

 色さんがどこか悲しげに目を伏せる。

「大変だ! 学校でトイレの花子さんがでた!」

 僕の家に飛び込んできた一人の少年。花古さんの弟・良太りょうたがやってきた。

「花子さん……?」

 思わず口から漏れてしまった。

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