第29話 水族館デート その一

「怪間くん!」

 そう言って部屋から出てくる花子さん。

「それ、本気なの……?」

「え」

「本当にわたしを幸せにしてくれるの? 寂しい思いをせずにすむの?」

「花子さんと話していたんだが、自分は輪廻の輪にのって赤子からやり直し、また怪間と会いたいそうだ」

「それは待てない相談だ。僕は今すぐにでもさらっていきたい」

「あはは……」

 困ったように笑みを浮かべる花子さん。

「でも山本やまもとさんに悪いし……」

 はかなげに笑みを浮かべる花子さん。

 山本さん。

 それがあの優男の名前か。しかし、すっかり打ち解けた二人を引き離すことができるのか。

 花子さんは騙されているのかもしれない。

 そう思うと僕はますます怪しく感じてしまう。

 分かっている。

 これが僕の嫉妬だということを。

 ネガティブに考えているだけだと。

 でも理解はできても、納得はできない。

「じゃあ、その山本さんに会わせてくれ」

 僕はそれでいよいよ花子さんへの気持ちが固まると思う。

 良い人なら、このまま成仏してもらう。

 でも悪い人なら、地上へ帰ってもらう。

 そのくらいの気持ちを持って接すればきっと何か見えてくる。

 逆に言えば、僕はそう考えないと落ち着いて話を聞いてられないだろう。

 なにせ、花子さんが山本さんに恋しているのなら看過できない。

 見過ごせない。

 僕の初恋は花子さんで、彼女以外に目的はない。

 しかし、時間がかかるな。

 あと10時間もない、か……。

「山本さん、そろそろ来るって」

 弱ったように儚げな笑みを浮かべる花子さん。

 山本さんが良い、と言いながらなんでそんな顔をするんだか。

 まるで救って欲しいように見えてしまう。

 それは僕の色眼鏡かもしれない。

 でもそれでもそんな気がしてならない。

 どうしてそんな壊れそうな笑みを浮かべているんだ。花子さん。

「やあやあ、愛香さん。会わせたい人って誰だい?」

 にこやかに爽やかな笑みを浮かべる優男――もとい山本さん。

「山本さん。こちら、以前に話したことのある怪間くんよ」

「へぇ~。キミが……。って、ええ!!」

 パクパクと口を開く山本さん。

「き、キミ、まさか自殺? それでココにいるのかい?」

「いや、新薬が開発されたんだ。これで死者と会話ができると踏んで試してみた」

「試してみた、じゃないよ! キミのご両親が心配するよ。さあ帰った」

 追い出そうとする山本さん。

 少し強引に感じると、僕は口を開く。

「ああ。それなら問題ないですよ。うちの両親、僕には興味ないんで」

「興味ない、って……。親なら絶対に自分の子どもを可愛いって思うよ。どんな親でも子どもを愛していない人なんていないって!」

 なんだ。その押しつけがましい一般論は。

 むあっとたちこめた熱気が僕の胸をざわつかせる。

「両親と一度ちゃんと話した方がいいよ。さあ、帰った。亡者にとりつかれる必要はどこにもないんだ」

 亡者、花子さんをそう言うのか。

「お前は何様だ!」

 ぶち切れた僕は言い散らかしていた。

「あんたは理屈で話している。人は理屈で動くものじゃない!!」

 その言葉にびっくりしたのか、山本さんは目を見開いている。

「お、落ち着いて話そう。みんなわかり合えるから――」

 わかり合える? きれい事だ。

 わかり合えるならいじめも、犯罪も、ネグレクト・虐待も、起きやしないのだ。

 それを分からない人間が多い。

 今、僕の気持ちすべてが山本さんに伝わるなら、その記憶の断片だけでも、殺せてしまうほどのショックだろう。

「知ればお前は死ぬ」

 僕は抑え込んだトーンで、ともすれば普段よりも数段低いトーンでしゃべった声で山本さんを睨む。

「ど、どういう意味だい? ぼくにはさっぱり分からないよ」

「そうだろうな。この世の地獄を味わったことのないものには分かるまい」

 すーっと深呼吸をし、落ち着く。

 人は感情で動くとは言え、冷静さを失えば判断をミスる。取り返しのつかない事態に陥る。

 それは好ましくない。

 僕は喧嘩をしにきたわけじゃない。

「花子さんは僕が連れて帰る」

「そんなの無理だよ。一度死んだ者は輪廻の輪に乗るまで幸せな空間で過ごすんだ。それがココの掟。世界の答え」

「は。それが答えでも、僕は花子さんを連れ戻す。この魂のシステムは間違っている。愛があればなんでも救える。だから地上に戻る」

 僕は目付きを柔らかくして言う。

「愛のない世界なんて滅びてしまえばいいだ」

「……よく分からないけど、怪間さんのは本当に愛なのかい?」

 山本さんは柔和な笑みを浮かべ問うてくる。

「そんなのは僕にも分からない。でも、愛が地球を救うなら、僕は愛を持って答えたい」

 隣で見守っていた花子さんがさっきから恥ずかしそうに俯いている。耳をまっ赤にさせて。

 その隣にいた凪紗さんは苦笑いを浮かべながら、聴いている。

「愛は育むものだよ。怪間さん、キミのは愛じゃない。執着だよ」

「どちらもいい。僕の気分が晴れるまで、花子さんは僕の傍にいさせる」

 こんなに熱い怪間くんを初めてみた花子さんはその言葉の一つ一つに反応を示していた。

「キミ……!」

「それじゃあ、こうしよう」

 僕は一つ提案する。

「山本さんと花子さん、僕と花子さんでデートをしてみて、どちらの方が良かったか、花子さんに聴いてもらおう」

「……分かったよ。それでいい」

「花子さん、いい?」

「いや、……とは言えないよね。うん。いいよ」

 残り時間は9時間。

 それでもやらなくちゃいけない。

 こんなところで花子さんを手放したりしたくない。

 一緒にいるんだ。

 傍にいて楽しい思い出を共有したい。

「すべてを解決して一緒に帰ろう、花子さん」

「えと。う、うん……!」

 なんだか、実感のこもったような言葉に僕は励まされた。

「素敵なデートにするよ」

「それはぼくだってそうだ。そうだ。これから水族館でもいかない?」

 山本さんはそう言い、花子さんを引き連れて水族館に向かうため駅前に行く。

「この間、お庭の柿がなってね」

「そうなんだ!」

 山本さんと花子さんが会話しながら歩くところを後ろからつけていく僕と凪紗さん。

「それで、花子さんとのデートはどうするの?」

 疑問に思っていたのか、凪紗さんは不安そうに訊ねてくる。

「いや、まだ決めていない。でも、これからいいデートプランを決める」

「そっか。でもすごいね。アタシもあんなこと言われてみたい」

 あんなこと、とは?

 僕は分からずに首をかしげる。

「怪間はそれでいいよ」

 クスクスと笑いを浮かべる凪紗さん。

「あ。綺麗な魚!」

「ハナミノカサゴって言うんだって。綺麗だね」

「食べられるかな?」

「え。ど、どうだろう……。たはは」

 乾いた笑いを浮かべる山本さん。

 そこは冗談で返すべきだろう、と後ろで見ている僕。

「あれを食べたいと思うんだね。変わっているね、花子さん」

「そうかもね。でも面白い人だと思うよ」

「~~~~っ」

 凪紗さんが顔をグニャグニャにし、何か言いたげにするが、僕には理解できなかった。

「もう、ホントおバカ」

「喧嘩を売っているのかな?」

「買っているんだよ。なんでそんなに花子さんが好きなのさ」

「あれは僕が幼稚園の頃、守谷もりたにがたくさんの蜂に刺されて――おっと。これは別の話だった」

「え。その守谷くんが気になるんだけど!?」

「まあ、いいじゃない。とにもかくにも、あの二人ギクシャクしていない?」

「確かにそう思えるけど……」

 山本さんは必至にリードしようとしているが、花子さんが先に見つけたりしてリードにはなっていない。

「あー。あれがマイワシかー。美味しそうだね!」

「へ!? あ、うん」

 そんな会話が何度も続いた。

 山本は少し困ったように眉根を寄せる。

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