第28話 デート。花子との再会。

「そろそろ本題に入っていいか?」

「なんでアタシはデートしていたんだろ。でも、いいよ。アタシ怪間のこと気に入った。で、どうするの?」

「僕は花子さんを、愛香さんを連れ戻しにきた」

「それはまたこの世の理に反することだね」

 神妙な面持ちになった凪紗さん。

「神に背くだけの覚悟はあるの?」

「神? そんなものがいるのか?」

「人類の裁定官。それが神。死を呼び覚まし、生を与える……そんな彼らは――」

「彼ら? 一人じゃないのか……」

 こくりと頷く凪紗さん。

「まあ、怪間ならなんとかできるんじゃない?」

「そんな投げやりな……」

 この子、実際は遊んでいるんじゃないの。

「なんだか、アタシも心残りができちゃったな」

 つまんなさそうにおしぼりのビニールをいじる凪紗さん。

「しかし、怪間は素直で裏表のない性格なんだね。こうして付き合ってくる辺り、面倒見もよいし」

「……? そうか。僕は僕のやりたいことをやっているつもりだが」

「純粋、なのだな……。うらやましいよ。計算とかしていたアタシがバカ見たいじゃない」

「僕は計算していてもいいと思うけど」

「え」

 上ずった声で目をパチパチさせる凪紗さん。

「だって僕にはできないから。だから一直線に行くしかないよね。他のことはよく分からないし」

「でも、今の時代はキミのような子は珍しいよ。それは大事にしな」

 凪紗さんに言われて気がつく。

 僕はちょっと変わっているのかもしれない。

 でもそれも含めて好きと言ってもらえる人に出会えた。

 それが花子さんだった。

「やっぱり女のこと考えている。女って意外と察しが良いよ。怪間」

「ああ。すまん。でも僕は……」

「分かっているよ。惚れているなら一緒にいたよね。アタシじゃないんだもんね」

 ボロボロと泣き出す凪紗さん。

「こんなちょっとしかいなかったのに、こんなに楽しいんだもん。彼女もきっと好きだと思っているよね」

「すまん。あと20時間以内に花子さんと会いたい」

「うん。分かった。手伝うよ」

 そして会計へと向かうと、僕の財布では全然足りず、凪紗さんがほとんど払ってくれた。

 男を見せる時じゃないのかよ。バカした。

 イケメン条約に違反するかも。

 がっくりとうなだれていると、凪紗さんが乾いた笑いを浮かべる。

「こっちに来て初めてだもの。もっていなくて当然よ。もともとアタシが払う予定だったし」

「そうか。すまん」

「男が払うっていう文化はもう廃れたと思っていたけど、まだそんなことやっているんだね」

 そうか。こっちの世界では時代も進んでいるのかもしれない。

 偏見や差別のない世界。

 いいな。それって僕らの憧れじゃない。

 でもみんなはそう思わない。

 偏見や差別の中で生きている。それはおかしいことだと思う。

「なんでみんな差別したがるんだろ」

「それは自分を良く見せたいという気持ちがあるから。区別して差別して自分にはこんなことができるってアピールしたいんだよ」

 そう聴いてもモヤモヤする。

 どこで人は間違ったのか知らないけど、僕はその世界は間違っていると思う。

「あー。頭の中がごちゃごちゃする」

「さあ、早く。会いに行くんでしょ?」

「そうだね。僕はそのために来たんだ」

 なりふりかまっている場合じゃない。

 そろそろ魂が引き寄せられる。

 だから、そのまえに花子さんに会って、地上に連れ戻すんだ。

 駅前から数十分歩くと、アパートの一室にいる花子さんが見えた。

「それで、あの子とどう話すか決めた?」

「いやどうすればいいんだろうな」

「そんなに悩むこと?」

 どう言えば僕の気持ちは伝わるのか。

 好きなのに変わりないが、インパクトに欠ける。ような気がする。

 言葉とは生き物だ。

 その時代、世代によっても変わってくる。

 とはいえ、僕は言葉に関して詳しい訳でもない。

 しかし。

「花子さんは一人なのか……」

 一人でアパート暮らし。

 洗濯物を干している様子だ。

 その顔はなんだか曇ってみえる。

 でも、どうやって地上に帰ればいいのだ。

 その前に花子さんは僕のことを覚えているだろうか。僕を想っているのだろうか。

 もしかして僕はとんでもない勘違いをしているんじゃないか。

 この気持ち、本当は片思いなのかもしれない。

 そう思ったら泣けてきた。

「ちょ、ちょっと?」

「僕のことなんてどうでもいいんだ。花子さんが幸せになれば。それで」

「ここまで来て、何をいっているんだい。キミは花子さんを連れ戻すために頑張ってきたんじゃないのか!?」

 凪紗さんは僕の腕に捕まり、引っ張ろうとする。

「こういうの、自分でしなきゃでしょ」

「僕には無理だよ。彼女、どこか幸せそうだ」

「そりゃそうでしょ。あんたの気持ちがダイレクトに伝わっているんだから!」

「ダイレクトに?」

「こっちの世界の特徴。生者の気持ちが死者に伝わるんだ。それで報われる者も多いから」

「そう、なのか……」

 本当なのか。

 だとしたら生者でない今の自分の気持ちは伝わっているのだろうか。

「正直、この世界の倫理がどうなっているのかはアタシにも分からない。でも、怪間のしようとしていることは決して悪いことじゃない。それも愛だよ」

「愛……」

 反芻するかのようにもごもごと口にする。

「やだ、アタシったらハズいことを」

「いや、ありがとう。お陰で目が覚めた。僕は僕なりの方法で伝えてみるよ」

 凪紗さんはどうしたいのか分からずに戸惑っているように見える。

 僕とのデートが不満だったのかもしれない。

 僕が愛?

 両親からまともな愛を受け取っていない僕が……。

 その言葉にうれし恥ずかしい気持ちになりつつも、花子さんのもとに向かって走り出す。

「伝える。僕が一番好きだと」

 どうやって現世に返すのかは分からないが、やれるだけのことはやってみたいと思う。

 ここまできて及び腰になっていた自分を殴りたい。

 走って近寄ると、花子さんは慌てた様子でこちらを見る。

「な、なんでココにいるの!? まさかわたしを追って、……自殺?」

 ごくりと喉を鳴らす花子さん。

「していないから。僕は薬で一時的に死んだことになっているだけ」

「仮死状態ということなの?」

「まあ、そんな感じ」

 理解し落ち着くと、今度はパタパタを興奮した様子で僕を見やる。

「じゃあ、じゃあ! 怪間くんはわざわざ会いに来てくれたのはなんでなの?」

「そ、それは……」

 僕は緊張でゴクリと喉を鳴らし、声を張り上げる。

「僕は花子さんが好きだから! だから来た! 迎えに。帰ろう! 愛香さん」

「……!」

 人生初の告白を受け取った花子さんは逡巡するように答える。

「そのお気持ちは嬉しいけど、わたしは……」

「だから、一緒に帰ろう。心残りがあれば、現世でも生きていけるでしょ?」

 生きている、とは違うのかもしれない。

 でも二人でいられるのなら僕はどんな無理もする。

 そのためにここに来た。

 そのために薬を飲んだ。

 そのために凪紗さんを説得した。

「アタシからも頼むよ。花子さん」

 ペコリと頭を下げるのは凪紗さんだった。

「ちょっと二人で話さない?」

 凪紗さんがそう言い、花子さんと一緒に家の中に入る。

 僕は蚊帳の外になった。

 なんで?

「ほうほう。気持ちは伝わっていると」

 家の外にも聞こえてくる凪紗さんの大きな声。

 でも花子さんの声は聞こえない。

「このまま幽霊でいるのは辛い、と」

 辛い、のか……。

「二人の距離が縮まらないように感じて、か」

 だんだん雲行きが怪しくなってきた。

「自分はいつも一人な気がするんだね」

 一人。

 違う。

 違うよ。

 花子さんは一人なんかじゃない。僕がいる。

「僕がいる。幸せにしてみせる!」

 こんなところで叫んでも意味ないのかもしれないけど。

 でも叫ばずにはいられなかった。

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