第27話 カリフォルニアロール
ゲーセンで盛り上がった僕たちは次のデートスポットに向かっていた。
買い物デート。
それは女の子が憧れるシチュエーションである。いや、男子にも憧れがあるだろうけど。
日常的なところを見て回る以上、生活感を出してくることが多い。だからこそ、二人の価値観や考えを知ることができる。さらに言えば買い物という軽い形で行う分、デートとして認識しづらい点にある。
そんなデートを僕たちは行っていた。
「ふーん。可愛い服もあるのね」
あまり感心を寄せていない様子だ。
「僕はこの服なんて似合うと思うんだ」
僕が選んだのは巫女服。
そろそろその狐の仮面、外さないのかな。
疑問に思いながら巫女服を渡す。
「試着、してみる……!」
意外と押しに弱いタイプなのかもしれない。この先のことを考えるととても心配になる。
まあ、死んでいるんだけどね。だからこの先って言われても、って話。
試着室に入る凪紗さん。
カーテン一枚の先に下着姿の凪紗さんがいると思うと、少し緊張する。
衣擦れの音を聞き、カーテンの開く音がする。
「どう? 似合っているかな?」
後ろを振り向くとそこには完璧な巫女さんがいた。
やはり貧乳と和服は合う。
「すごく似合っているね」
「もう。やだ」
照れくさそうに手をパタパタさせる凪紗さん。
しかし顔も見ていないのに褒めるとは、僕も役者がすぎるな。
「じゃあ、次。これ着てみようかな?」
乗り気になった凪紗さんは次々に着せ替えを行っている。
ナース服、Tシャツにスカート、制服、とあるキャラクターのコスプレ、ハロウィン仕様の悪魔っ子などなど。
「えへへへ、可愛い?」
「うん。可愛いよ」
僕は頷きサムズアップすると、嬉しそうにパタパタする凪紗さん。
「じゃあ、買う!」
そう言えば、こちらの世界での金銭のやりとりってどうなっているのだろう。
色々な洋服を買うと、満足そうな顔で僕に寄り添う凪紗さん。
「次、どこ行く?」
「そうだな。このまま、お店の中を探索するのがいいだろう」
「そうだね。アタシも見て回りたいな」
ルンルン気分になっている凪紗さん。
可愛いなとは思う。でも僕には花子さんがいる。
そろそろ僕も決着をつけないとな。
しかし楽しそうにデートするな、凪紗さん。
ぐうううとなる凪紗さんのお腹。
「そろそろ昼食にしようか。この地下街、おいしいお店が多いらしいし」
「う、うん」
恥ずかしそうに頷く凪紗さん。
「僕もちょうど、お腹空いていたしな」
フォローのつもりで言ったが、どう受け止められているやら。
地下街へ移動すると、美味しそうな匂いがたちこめる。
焼肉の香ばしい匂いに、コーヒーの香り、カレー、お好み焼きの匂い。
お腹が空くのは当然に思えた。
「どこがいい?」
「アタシはどこでもいいよ。それよりも怪間の好きな料理はなに?」
牛タン、カレー、お好み焼き、寿司。いろんな飲食店があるが、凪紗さんは少し奥手なのか、僕に任せてきた。
これはアレだ。
彼女はもう決めていて、同意を求めてきているに違いない。
となれば、彼女の好きなものを当てなければならない。
凪紗さんの好きなものは分からない。
だが、女の子だ。がっつりは行かないと思う。
この時点で牛タンは候補から外れる。
何がいいんだ。
「さっぱりしたものが食べたい、とか?」
僕は凪紗さんの視線の先を見やると、訊ねていた。
「そう、かな……」
寿司だな! ようし。
「寿司屋に行こうそうしよう」
「う、うん」
少し戸惑いが混じった声。
何か間違えたのだろうか。
不安になるが、寿司屋なら自分のタイミングで好きなように頼めるし、いいじゃないか?
まあ、凪紗さんがどう思っているのかは分からないが。
席に着き、お面を外す凪紗さん。
その下の顔は整っていた。鼻は高くないが、目もとがくっきりしているし、唇も形が良い。
「可愛いな……」
つい漏れ出る言葉。
「へ? あ、うん……」
恥ずかしそうに俯く凪紗さん。
でも良かった。凪紗さんが話の分かる人で。
お陰で花子さんのこともすんなりいきそうだ。
「……怪間。その顔はまた他の女のこと考えていた?」
「え。まあ、うん」
「そういうときは誤魔化しなさいよ」
「僕は彼女を……」
愛していると言いかけてやめる。
ここで口にするのは間違っている気がする。
そもそも本当の愛がなんなのかも分からない。
師匠に教わったことは多いが、愛だけは最後の最後まで分からないことだらけだった。
恋と愛の違いってなんだろうな。
「まあ、いいわ。アタシも本気にさせる気? でも楽しかったわ。そろそろあなたの本当の彼女に会わないと、ね」
「……ありがとう」
僕は凪紗さんの好意に甘んじることにした。
寿司が流れてくる。
「さ、食べよ」
「うん」
レールに乗った寿司はどれも美味しそうで出す手が戸惑ってしまう。
コハダ、メバチ、シメサバ。
どれもおいしく頂いた。
ウニ、アワビ、いくらを食べる凪紗さん。
「お金の味がする~♪」
楽しそうで何より。
しかし、お金の味か。なんだか値段で食べている気がするけど……。
「うま、い~」
凪紗さんが幸せならそれでいいか。
しかし死んでまでお金の心配をしなくてはならないとは。
世の中世知辛いね。
「そう言えば、プリンに醤油をつけるとウニの味がするってきいたな。本当かな?」
「じゃあ、試してみる?」
凪紗さんは寿司のメニューの中からプリンを選択し、注文する。
さすが現代の寿司屋。デザートのプリンまでおいてあるとは。
手元に来たプリンに醤油を垂らしてスプーンで一口。
「ん」
そわそわした様子でプリンを食べたそうにする凪紗さん。
「食べるか? 醤油プリン」
「うん」
そう言って残りのプリンにスプーンをつける。
肝心の味と言えば、プリンと醤油だ。別個のものだ。
「味はそんな変わらないな。醤油とプリンだ」
「そうだね。醤油とプリンだね。どこがウニなんだろ」
まあ、寿司屋の醤油って甘い味付けにされていることもあるとは思うけど……。
アボカドを使ったカリフォルニアロールという寿司を頼む凪紗さん。
「邪道だろ」
「え?」
「カリフォルニアロールなんて邪道だろ! 寿司屋来て、魚食わないっておかしいだろ!」
熱くなった気持ちは隠せない。
「うまい魚食わないで、何食っているんだ、って話」
「そう、言われても……」
タジタジになる凪紗さん。
「日本食は、寿司は、伝統的な文化なんだよ。それをこうも足蹴にするとは。魚を使わない寿司なんてナンセンスだね」
「寿司のこだわりがすごい。でも、これでもおいしくいただけるよ?」
「分かっていないね。寿司は魚あってのこと。魚なくば寿司と呼べず、みんなそう言うね!」
「このカリフォルニアロールうめー」
モブの男の声がする。
僕はピクリと眉根を跳ね上げる。
「まさか凪紗さんも美味しいと思うのか? このゲテモノ料理を」
「げ、ゲテモノは言い過ぎだと思うよ」
タジタジになる凪紗さん。
「でもカッパ巻きとかもあるじゃない」
あれはキュウリだ。
「確かに……。でもあれはお財布が寂しい人向けだ。大人なら魚を食べるべきだろう」
うんうんと頷く僕。
「ははは。決意は固いみたいだね」
カリフォルニアロールが届くと、美味しそうに食べ始める凪紗さん。
「はい。あーん」
「え。ええ!」
僕は驚き、おののく。
相手はカリフォルニアロールだぞ。おいしいわけがない。
それに凪紗さんと間接キスになってしまう。花子さんとの前に……。
「食べてみると感想が変わるかもよ? あーん」
「分かったよ。たくっ。あーん」
僕は凪紗さんの真剣な眼差しに負けてしまった。
背徳感の味がする。
「ん。意外とおいしいな。食感や油分がちょうどいい」
「ふふ。おいしいでしょう?」
「でも寿司である必要はない」
僕はぶっきら棒に言うと、口直しにサーモンを頼む。
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