第25話 冥府と現世の間で
「ここは
「魂のバランス?」
「うん。世界にある魂の数って人間は把握している?」
「確か80億くらいだったか?」
生きている人、という意味ではそのくらいの数だろう。
「魂の限度数は200億。それ以上は増えない。人間はどんなに頑張っても200億を超える人口にはならないよ」
「そう、なのか……」
知らないことがたくさんある。
「で。この空間で成仏というのは?」
「この世界にいる人々はみな現世で未練を残した者が集まるんだ。そうしてできた村だからね」
僕がぱっと見た感じ、世界観が江戸の城下町のように見える。
「ここはなんで日本風なんだ?」
「うん? ここは日本地区からしか集まらないからね。自然とそうなるのさ」
凪紗はふわりと笑うと、地図を出してくる。
「キミの探している人、これで探すね。でもあんまり期待しちゃいけないよ」
「なんで?」
「ここは成仏するための施設。他の幽霊は幸せになっているからね」
「なら、キミは?」
「……面白いことを聴くね。今まで出会った中で初めてだよ」
狐のお面の下の顔はどうなっているのだろう。
ザワザワと心を不安にさせるオーラを出している。
「ぼくは稲荷神社の一番弟子。だから冥府には詳しいんだ」
「そ、そうなのか? それで狐のお面」
「あ。これは趣味ね」
趣味かよ。
狐の
「でもキミもあぶない橋を渡るね。騎士堂愛香さん、確かに見つけたよ。でどうする?」
「そりゃ行くに決まっているだろ」
「うーん。ここは南区だから、北区に行くには通行手形が必要になるね」
「なんだか、そんなところまで江戸みたいなんだね……」
僕はふわっとあくびをかく。
眠い。
「ここで寝ると本気で死ぬかもしれないよ?」
「え。本当か?」
「いやいや、薬で仮死状態にするとか、人間の発想やべーもん」
キャラが変わったかのようにはしゃぐ凪紗。
それでもいい。
彼女ともう一度会えるなら。
もう一度撫でられるのなら。
もう一度抱き合えるなら。
もう一度キスできるのなら――。
僕はそのために頑張れる。
明日を生きていける。
僕には必要なんだ。
必要だからここまできた。
自然の摂理に反する、間違ったことなのかもしれない。
それでも行くよ。
そうしないと、全てが解決できないからね。
僕のもやもやを晴らしたいんだ。
お願い。
僕を助けて。
花子さん。
「さて。どうしらいい? 凪紗さん」
「そうね。まずは会いにいこう。もしかしたら彼氏できているかもだけど」
「え。こっちの世界でもそういったことが……」
ショックを隠しきれない僕だが、凪紗はさらりと言う。
「うん。あるね」
花子さんに彼氏……想像しちゃいけない。それではまた病んでしまう。
僕は僕にできることをする。
そうだ。それでいい。
僕は凪紗に連れられて北区にある家屋に回る。
そこは近代日本らしく、木造建築がたくさん立ち並んでいる。
僕たちは花子さんを探していると、目鼻立ちの良い花子さんはすぐに見つかった。
「いた」「あら可愛い」
凪紗があっけらかんと呟く。
「愛香さん!」
優男が手を振りながら駆け寄っていく。
爽やか系イケメンだ。きっと性格もいいのだろう。
花子さんはにっこりと笑っていた。
きっと仲が良いのだろう。
そう思うと胸が締め付けられるように苦しくなった。
「ありゃりゃ。タイミングが悪かったね」
僕は必要なかったんだ。
彼女を笑顔にできるのは他の人でもいいのだ。
僕は舞い上がっていた。
それに元の世界に戻っても、肉体はない。それがどんな影響を与えるのか、分からないのだ。
僕は間違っていた。
ふらつく足取りで僕は帰ろうとする。
「おっと。キミは繊細だね。彼女は……まあいいや。アタシと一緒に帰る?」
「ああ」
ふと気がつく。
いろんな人に助けられて生きているんだな、と。
「ありがと、凪紗さん」
「お礼なんていいって。それよりもキミの肉体はどんなだい?」
「肉体? それがどうして?」
ハッと気がつく。
もしかしたら凪紗さんはここまで手伝ってくれた理由があるのかもしれない。
「もしかして僕の肉体目当てか?」
「ありゃ、意外と早くバレちゃったね。キミが精神的に疲弊すれば楽に事が運ぶと思ったのに」
クスクスと笑い出す凪紗さん。
「お前!?」
「いいじゃない。あの人と一緒に輪廻の輪に乗れば。アタシが地上に行ってあげるよ」
凪紗さんはポンッと胸を叩く。
「安心しなよ。これからはアタシが代わりを務めるからね」
「世迷い言を!」
僕は凪紗さんと距離をとると、柔道の型をとる。
「ふふふ。アタシが幸せになるにはここは不十分だよ」
「僕たちは……わかり得るかもしれないのに」
「わかり合える? そんなはずがない。人は変わらない。いつも自分勝手で、我が儘で、だからアタシは死んだ。もう戻れない!」
この子!
この子も何か抱えているのか。
いやそうでなくては亡者にならないのか。
唇を噛みしめ、答える。
「彼らと一緒にするなんて失礼だね」
「あら。キミは違うとでも言いたいの?」
「ああ。違うね」
「ふーん」
興味のなさそうに呟く凪紗さん。
「その可愛い顔をして物騒なことを言う」
「え。か、可愛い……?」
「ああ。可愛いね。だからまんまと騙されたよ」
僕はありのままの自分でいることの大切さを知った。
ありのままを受け入れてくれた花子さんともう一度会いたい。
そうだ。そのために僕はここにいる。
惑わされてたまるものか。
「凪紗さん。キミは本気で僕の身体目当てなのかい?」
「へ。あ、うん。だって地上ではいろんなことができるでしょう?」
ぶんぶんと首を振る僕。
「できないよ。血肉を持った人の悪意も、善意も見てきた。でも、だからこそ僕は血肉を持って生きたい。熱を伝えるのは肉を持った人でなくてはいけない」
精神世界だがなんだか知らないけど、ここは寒い。
人は一人だと知らしめているのかもしれない。
だから寒い。
独りぼっちだから。
一人は寂しいもの。
精神的に離ればなれになり、冷え切った世界を生み出している。
僕は僕にできることをする。
まずは凪紗さんを説得する。
「凪紗さん、一日くれ」
「一日? どうするつもりだい?」
「僕がキミを幸せにしてみせる」
「ぷっ。あははははあははあははは」
腹をよじりながらその場で笑い転げる凪紗さん。
「あははは。
「なれるよ。こっちの世界でもデートスポットはあるみたいだし」
地図を広げて見てみる。
「へ。でーと?」
「ああ。男女で二人きりになろうとしているんだ。デートだろ?」
ボンッと音を立ててまっ赤な顔をする凪紗さん。
意外と初心なのかもしれない。
いや、まともな青春を送っていないのかもしれない。
そうか、未練がある者が集まる。そう言っていたな。
だから凪紗さんも、花子さんも未練があるからここにいるんだ。
それが分かっただけでも儲けもんだ。
僕は凪紗さんにも紳士な態度を示す。
そうだろう、赤羽根師匠。
イケメン条約第二項三十条、泣いている女の子は放っておかないこと。
分かっているさ。
さっきまで泣いていた凪紗さんを放っておくもんか。
デメリットは48時間しか、こちらにいられないこと。
もう10時間は使っている。
あと38時間。
どうにかなるはずだ。
花子さんと優男の関係も知りたいけど。
でも凪紗さんを泣かせる訳にはいかない。
僕はイケメンだから。
イケメンになりたいから。
だから師匠との約束を
やってやるさ。
僕はまだ諦めていない。
しつこいんだ。執着しているんだ。
これが愛なのかもしれない。
やはり愛。
すべてを愛が解決する。
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