第24話 新薬

「旭人」

「なんだい。朱子さん」

 赤羽根が来てからすっかり調子を取り戻した怪間。

「死ぬ覚悟はある?」

「へ? あ、あの生活費なら僕が稼ぐから。見捨てないでくれ」

「そういう意味じゃない」

 朱子さんはポケットから錠剤を見せる。

「これで一時的に仮死状態になれば、花子さんのいる精神世界に行ける……と思う」

「朱子さんの割には歯切れが悪いね」

「この手のものは実験動物などで観察できないからね。ただ分かっているのは服薬後、一時的に死に、48時間後には肉体に戻っていくというもの」

 薬学の知識はないが、どうやら一時的に死ぬ薬らしい。

「メリットとデメリットは?」

「メリットは花子さんと会える、かもしれない。デメリットは下手をすると一生帰ってくれないということ」

 僕としては受け取りたい気持ちで一杯だ。

 でも、朱子さんが戸惑うくらいには危険ということ。

 それだけの覚悟があるのかを試されていると知る。

「……いくよ。僕はまだ花子さんと話したりない。まだやりたいことがたくさんある。だから――」

「そう言うと思ったよ。一応万全を期すため、研究所に来てもらうよ。旭人」

「ああ。分かった」

 出かけようというタイミングで玄関のチャイムが鳴る。

「色です。あれ? これからお出かけ?」

 ここ最近、僕の周りのことを一生懸命手伝ってくれていたが、今日はいい。

「ありがとうな。でも今日はこれから出かけるから」

「あ、あたしもついて行っていい?」

「え」

 俺は朱子さんを見やる。

「いいんじゃない。彼女にも権利はあるでしょう?」

「権利……」

 その言葉を反芻し、呑み込む。確かにここまで関わっておいて「はい、さよなら」はないだろう。

「分かった。行こう」

「うん。ありがと」

 得心いった僕たちは朱子さんの車に乗り込む。

 僕が助手席で、色さんが後部座席。

 朱子さんの運転はスマートなもので、一切不快を感じさせないものだった。

 自宅から離れて山にたどり着くと、そこには研究所が見えてきた。

 クリーム色の外観に四角く区切られた建物はデザインよりも実用性を優先していることが覗える。

 駐車場に車を止めると、僕と色さんは降りて朱子さんについていく。

 入り口には除菌手洗い場があり、できるだけ清潔にしているようだ。

 僕たちは清潔になったあと、B区画の43三号室に案内される。

 そこには簡素なベッドが一つあり、注射や薬品の匂いやらで混乱する。

「僕、48時間で戻れるんですよね?」

「そうだよ。でも二日間、飲まず食わずになるし、身体は生かしておかなくちゃいけない」

「それで点滴とかがあるのね」

 色さんが納得したように呟く。

「それにしても死ってどんな感じなのかな?」

 色さんが問うと、朱子さんは困ったように呟く。

「正直、どうなるか分からないわ。一応動物実験もしていて、死んだあと二日で戻ることは立証されているわ」

「動物……ネズミの話ですよね?」

「ああ。でもネズミは哺乳類の基本だ。それがダメならこんな提案はしないよ」

 色さんが不安そうにしているが、僕は全然不安に感じない。

 だってあの朱子さんが言っているのだから。

「僕は朱子さんを信じるよ」

「でも、こんな曖昧な話を信じるのかな!?」

「だって幽霊がいたんだ。精神世界くらいあってもおかしくないだろう」

 呆然と立ち尽くす色さん。

 どうやら僕の言葉を聞いても納得できていないらしい。

「なあに。すぐに帰ってくるさ」

 僕は色さんの頭の上に手を乗せると、そのまま撫でる。

 そして朱子さんに向き合う。

「あとのことはお願いします」

「いいだろう。さっさと進めるよ」

 錠剤を二錠渡してくる。

 僕はそれを口に含んで水で呑み込む。

 味はしない。

 だが、ひどい倦怠感を覚える。

 ベッドの上で助かった。

「調子はどうだ?」

 朱子さんは片手に問診票をかかげて聴いてくる。

「倦怠感がひどい。あ。光が――」

 見えた。

 そう言おうとした時、僕の魂は僕の肉体から飛び出た。

 振り向くと僕の肉体がベッドの上に横たわっている。

 色さんと朱子さんには見えないらしく、僕が呼びかけても返事はない。

 そのままふわふわと浮いていると、僕の魂はそよ風にすら負けそうになる。

 こんな状態で、どこに行けばいいだろう。

 疑問に思い、ふわふわと上を目指す。

 それが正しい道なんだと、直感がそう語っていた。

 周りを見ると、何人かの人が同じように天を目指していた。

 どうやら精神世界というのはないらしい。

 ゴーストバスターズの意見によると、花子さんの魂はあと一週間で洗浄されて、新たな魂へと生まれ変わるらしい。

 僕はそんなのは嫌だ。

 だから必至でもがく。

 天に突如として現れる門。その下には幾人もの魂が集まっているではないか。

 みんなオーラのようなものを纏っており、色合いが違う。

 僕は金色だが、隣の人は水色、その前には赤色だ。

 何が違うのか、さっぱり分からないが、僕は花子さんを追ってきたのだ。

 探すしかない。

「花子さん! トイレの花子さん!!」

 大声で呼びかけていると、門番の一人がこちらに槍を向けてくる。

「何やつ。敵兵か!」

「敵じゃない。僕はただ花子さんを取り戻したくてここにいる!」

「一日に死ぬ人の数は決まっている。これ以上、生者を出すわけにはいかん!」

 こっちのルールというのがあるらしい。

 僕はそんな事も知らずにここに来た。

「それにお前さん、まだ生きているじゃないか!」

「そうだよ。だから、簡単に殺すことはできないだろう?」

 一日の死者が決まっているのなら、僕というイレギュラーは殺せまい。

「花子さんの代わりになってもいい。だが、キミは僕を殺せないはずだ」

「ぐ、ぐぬぬ」

「僕は花子さんを連れ戻す。そのためにここに来た。通してもらうぞ」

 そう言って門をくぐる。

「あ。待て!」

 門番が執拗に追いかけてくる。

 と、門の中には大きな都市が広がっていた。

 その中で手招きをしている狐のお面をかぶった少女が見える。

 僕はその彼女が気になり、駆け寄ってみる。

「キミは?」

「アタシ凪紗なぎさ。よろしくね!」

 元気よく答える凪紗。

「こっちのことを少し教えてもらってもいいかな?」

「そうね。いいわよ。でもただという訳にはいかないね」

 凪紗はふふふと不敵に笑うと、銀髪を揺らす。

 腰ほどまである銀髪に、スッキリとした胸。仮面をかぶっているせいで顔は見えないが、それでも横や後ろ姿は可愛いように思える。

 あくまでも感だが、可愛い部類に入ると思う。

 独特のハスキーボイスが耳に残る。

「さてさて。生きながら、こちらの世界にやってくるとは? どういったご了見で?」

「ある人を探している。トイレの花子さん。元の名は騎士堂愛香さん」

「ほうほう。人探し、と。伝え忘れ?」

「違うね。返してもらうのさ。僕の青春を」

 仮面を近づけてくる凪紗。

「ほう。その若さでそんなことを考えるとは。いや若いからか?」

 ぶつくさと言い始める凪紗。

「でも、まあ、分かったわ。それなら無理だとは思うけど、試してみる?」

「む、無理……」

 その言葉を聞いて早くも心がくじけそうになる。

 が、それでもやり通す。

 そのために死んだのだ。

「やってみせるさ」

「まあ、単純にやった人がいない、って話だからね」

「そうなのか? こんなに歴史を重ねているというのに」

 人間は人を救うためにたくさんの歴史を重ねてきた。

 その事実は変わらない。

 戦争も、疫病も、小さなトラブルも。

 すべて歴史という積み重なった記録が物語っている。

 だから、生きている人が死んだ人を呼び止めることもあったのだと思った。

 でも、新薬と言っていたし。

 先駆者はいないのかもしれない。

 僕はどうすればいい?

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