第23話 ヒロインたち

 色side


 あたしは傷心につけこむような女じゃない。

 確かにあたしは座敷童。

 彼の家に行って世話をするのは難なく出来るだろう。

 でもそれじゃあ、彼があたしを頼ってしまう。

 幸い彼の保護者が帰国するらしい。

 あとは任せてもいいだろう。

 彼のことだ。すぐに復活するだろう。

 そう思っていたあたしがバカだった。

 彼がトイレの花子に寄せていた想いはかなり深かった。

 だから彼の気持ちに気がつけなかった。

 こんなにも愛されているなんて、花子さんはどれだけ罪作りな女のだろう。

 それでもあたしに振り向いて欲しい気持ちもあって……。

 だからいくことにした彼の家に。

 彼に振り向いて欲しくて。

 そんな淡い気持ちは彼に会って霧散した。

 思っていたよりも彼の気持ちが強かった。優しい彼の顔にはクマができていた。

 どれほど悩み、悲しみ、苦しんできたのか、言わずとも分かってしまった。

 あたしは自分のことしか考えていなかった。

 もっと早くに来るべきだったのだ。

 家事もできずに、料理一つまともに食することもできない彼。

 あんなに上手に料理をしていたのに。

 花子さんのためなら料理を作っていたのに。

 それなのに、こんなにも落ち込んでいるなんて。

 保護者である朱子さんに話を聞いてみるも、彼はほとんど反応を示さなくなってしまったという。

 一応、心療内科には連れて行ったが、あとは本人のやる気しだいになっているようだ。

 心療内科。

 あたし、もっと人の心を知りたい。知って助けになりたい。

 そう思えた。

 だから、あたしは頑張る。もっと努力して怪間くんを、彼らを救いたい。

 あたしは彼の苦しみを知らなかった。

「ただいま」

「どうだったの? 怪間君」

「それが……かなりのショックを受けていたみたいで」

「そう、なら和良も休みなさい」

「え。なんであたし?」

 混乱するあたし。本当に休むのは怪間くんのはずなのに。

「だって、あんた怪間君のこと好きでしょ。なら疲弊しているはずよ。だから休むの」

「そんなこと……」

「あるの。だから休みなさい。そして何ができるかを考えるの。難しいことよ」

「そ、うね……」

 あたしは頷くと、ゆっくりとシャワーを浴びる。

 汗を流すと、あたしはゆっくりとリビングでくつろぐ。

「どうやって怪間くんを助けるべきなのかな……」

「きっとやれることはたくさんあるはずよ。和良」

「そう、だね。あたしも怪間くんを助けたい。ううん、助けるかな」

「お母さん、嬉しいよ。好きな子なら助けてあげて」

「うん!」

 覚悟を決めたあたしはコクリと頷く。

 明日から本気で怪間くんを助ける。


 ▼▽▼


 花古side


 私は感情が読めないとよく言われる。

 そんな私の感情を読み取ってくれたのは怪間くんくらいだ。

 でなければ、こんなに肩入れすることもなかっただろうに。

 私の父が悪霊に取り憑かれ、死に至った。

 だから怪間くんにも同じ道を歩んで欲しくなかった。

 でも、私と同じ名前を持つトイレの花子さんは優しく、快活な女の子だった。いや幽霊だった。

 そんな彼女を幸せにするべく、頑張っていた怪間くん。

 そのショックは計り知れないだろう。

 私の凡庸な脳では全然理解できていないのは分かっている。

 それでも私は怪間くんを好きになってしまった。

 だから怪間くんを助けたい。

 この一週間、さすがに休みすぎだと思った。

 このままじゃ、彼が可哀想だ。

 私だって一人の女の子。

 ドキドキする気持ちや好きになった気持ちを抑えきれない。

 はち切れそうになるこの思いを胸に彼に会いに行った。

 結果として私は怪間くんの助けにはならなかった。

 でも、朱子さんとのやりとりが役に立つと知り、私は頑張ることにした。

 どうやらゴーストバスターズとしての知識が活かせるらしい。でも、それは……。

 朱子さんのやろうとしていることは無理があるのかもしれない。

 もしかしたら世界をひっくり返すようなことなのかもしれない。

 やってはいけないことなのかもしれない。

 世界の理を、秩序を乱す悪なのかもしれない。

 でも、それでも怪間くんを救うことができるのなら、私は悪魔にだって魂を捧げるだろう。

 だから、私は朱子さんに協力することに決めた。

 よくないことかもしれない。

 ゴーストバスターズの本分から逸脱しているかもしれない。

 この十年。父の陰を追いかけてきて、確かな力を得てきた。

 十年の道のりを無駄にするかもしれない。

 今の私は怪間くんのためだけに協力をする。

 でもこれが世界に広まったら?

 そう思うと背筋が寒くなる。

 まさか、本当に現実のものとなるとは思いもしなかった。

 朱子さんは本当に医学界の天才だった。

 お陰で世界がひっくり返る。

 死者と生者の間にある壁を、理解を、取り払う時代が来たのかもしれない。

 みんなどうしてこうも生きようとするのか、その本質を変えてしまうかもしれない。

 生と死と。

 死生観を変えてしまう恐れがある。

 でも協力せざるおえない。

 だって怪間くんを助けることができるのだから。

 そして私は二番目の女でいい。それでも満足だ。


 ▼▽▼


 朱子side


 久々に聴いた声。

 その声は震えていて、とても彼の意気揚々としていた感じは伝わってこない。

 もしかしたら、彼はどこかで間違えたのかもしれない。

 それを知っているからこそ、私はあえて強がってみせた。心配になってしまうこの気持ちを抑え込んだ。

 明日の朝には飛行機が出るのを片手間に調べる。

 彼はとても傷ついているように思えた。

 だからパソコンで飛行機のチケットをとると、部下に任せて飛び立ったのだ。

 久々の日本に戸惑いを感じながらも、近くの研究室を借りることができた。

 話を聞けば旭人は幽霊の子を好きになり、その成仏のために意気消沈していたらしい。

 そんなこの世の摂理を変えてしまう――そんな新薬を開発していた。しまっていた。

 だから、この日本の研究室でその新薬をさらに磨き上げていく。その時間が必要だった。

 それに時間がどのくらいかかるのか、それが問題になっていたが、ゴーストバスターズの協力により、正確な時間を知ることができた。

 期限はあと二週間。

 その間に完成させる。

 新薬の完成も必要だが、旭人の容態も気になる。

 彼が傷心しているのは隠しようもない事実。

 そして自分を傷つけている。

 そんな彼を見たくない気持ちもある。

 でも保護者として、そのくらいの責任は果たさなくちゃいけない。

 あれだけの事があったのに、彼はいつもニコニコと明るかった。

 両親が彼にしたことは許されないと思う。だけど、私は見捨てない。

 そんなことをしてしまえば、彼があまりにも報われない。

 だけど、そのために必要なお金はとんでもなくて、私は仕事に身を置くようになり、彼の寂しさを救うことはできなかった。

 そう。

 本当の意味で彼を救ったのはトイレの花子さんだった。

 彼女は彼の寂しさを救ったのだ。

 それが悲しい。悔しい。

 辛かった。

 そんな彼女を知れば知るほど、安心もできた。

 幽霊である彼女に救われるなんて。

 それこそ死生観が変わってしまった。

 幽霊のいる、この歪みきった世界で、私はどんな夢を見るのだろう――。

 決まっている。

 精神世界があると、言っているようなものだ。

 そしてその世界への入り口が、この新薬。

 もし精神世界が違う形なら、旭人は二度と戻ってこれない。

 もし失敗すれば、彼は死んでしまう。

 この世界に居場所などないのかもしれない。

 どうなるか、予想ができない。

 そんなところに彼を向かわせるのは間違っているのかもしれない。

 それでも彼に問わずにはいられない。

 彼なら成し遂げてくれる――そう想えた。

 いつでも明るく優しい彼なら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る