第22話 師匠!
「もしもし、朱子さん?」
『ああ。朱子だよ。どうした? 声が震えているぞ』
しまった。余計なことを口にしてしまった。
僕はこんなにも弱っていたのだ。
『ちゃんと食べているか?』
「はい」
嘘を言った。
夕食を食べられなかった。
そんな元気がなかったのだ。
『何かあったのか?』
僕はごまかしきれないと感じ、素直に花子さんが成仏したことを知らせる。
『待っていろ。すぐに向かう』
「そんなことしなくていいですよ。僕元気ですから」
そんな言葉を聞くことなく電話が切れる。
肝心の進路について相談できなかった。
僕はベッドに寝転がり、やがて涙がこぼれ落ちる。
何も考えていないのに。何も悲しんでいないのに。
なのに涙がこぼれ落ちてくる。
枕を濡らしていく。
嗚咽を漏らすこともなく、静かに泣いている。
こんなのは初めてだ。
表情は変わらない。にも関わらず涙が止まらない。
心根、そのどこかで悲しんでいるのかもしれない。辛くなっているのかもしれない。
それを意識せずに流しているのだから、異常なのかもしれない。
僕は生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。
明け方。
僕はゆっくりと起き上がる。
今日はなんだかだるい。
学校休もうかな。
僕は一人買い置きしていたカップ麺にお湯をそそぐ。
三分待ち、食べ始める。
半分も食べないで、僕は掛け布団に
「そうか。死ねばいいんだ。そうすればまた花子さんに会える」
時計の鳴り響く音がいやにうるさく感じる。
日が昇り、やがて落ちていく。
ガチャッと玄関が開き、僕の前に出てきたのは朱子さんだった。
「朱子さん……?」
「もう、何やっているのよ。ゴミだらけじゃない」
よく見ると玄関前のゴミ袋を出し忘れていたらしい。
「旭人。大丈夫?」
「朱子さんこそ、なんでここに?」
「朝一番の飛行機に乗ったからよ」
まるでコンビニに行くような手軽さで応じる朱子さん。
ここから空港は四時間ほどかかるはず。
「さて。まずはゴミ掃除から始めるわよ」
袖をまくり、洗剤とスポンジを用意する朱子さん。
しばらくして落ち着いた朱子さんが僕と一緒に心療内科に向かう。
心療内科では抗うつ薬をもらい、しばらく安静にするように言われた。
学校側にも朱子さんが連絡をいれたみたいで、僕は安心して横になることができた。
「もう、がんばりすぎなんだぞ」
朱子さんがそういい、お粥を作ってくれた。
もう何もしたくない。
疲れ切った身体を癒やすかのように、僕はゆっくりとお粥を食べる。
「私も科学者の端くれ。少し休みなさい。それからこれからのことを考えるんだよ」
「わかった。ありがとう」
玄関のチャイムが鳴り響く。
「はーい」
「あの怪間くん、旭人くんはいますか?」
聞き覚えの在る声。
「旭人の友達かい? いいよ。入って」
朱子さんが導く。
「色さん、か……」
「怪間くん!」
抱きついてくる色さん。
「何をしているのさ?」
「だって、怪間くん。もう一週間も学校を休むんだもの」
一週間。
もう一週間も経つのか。
「そう言えば、座敷童の色さんならいつでもこれたんじゃないか?」
「あたし、傷心につけこむような悪い人じゃないかな。でも、心配で」
彼女の中で、線引きがあるように思えた。
だから迷った末にココに来たのかもしれない。
疲れ切った僕を見て、どう思うのか。
「まだ休んでいた方がいいみたいね。あたし、朱子さんと一緒に頑張るから」
「そんなのは気にしなくていいのよ。色さん」
朱子さんが応じると、色さんは瞳を潤ませる。
「悲しいのは私も一緒です。でも、これを乗り越えなければ怪間くんは本当に可哀想な人になってしまいます」
「可哀想な人ではダメなのかね?」
「ダメです。ヒーローはいつだって輝いているものです」
色さんの強気な言葉に、僕の心が揺らいだ。
ヒーロー。
僕になれるのかな。
「今日のところは帰りますが、明日からはあたしが面倒を見ます」
「そうね。時間もないことだし、すぐに新薬を完成させなきゃ」
「新薬?」
「秘密よ。待っていて、旭人」
玄関のチャイムが鳴り響く。
「あら。花古さんいらっしゃい」
「あなたは!」
驚きを声にする花古さん。
「まさかとは思いますが、あんなにしつこく取材させろといったのは……」
「そう。そのまさかよ。新薬にはゴーストバスターズの力が必要だった」
朱子さんと花古さんが意味深な言葉でやりとりをしていると、おもむろに部屋に入る。
「怪間くん。あなたはもっと幸せになっていいわよ。だから私が来たのよ」
「僕はもう幸せなんていらない」
「そんな悲しいこと言わないで。私がキミを幸せにしてみせるから」
きっときつく結ばれた目からは想像もできないほどの柔らかな声に、僕は少し心が和らいだように感じた。
「私はゴーストバスターズ。幽霊のことならなんでも知っているんだから。だから、私を頼りなさい。そして二人で未来を作ろう」
花古さんとは思えないほど、感情のこもった声で言う。
「本当に花古さん?」
「バカね。御手洗花古よ」
「そうだね……」
花古さんが柔和な笑みを浮かべて立ち去る。
玄関のチャイムが鳴り響く。
「おれは安藤だ。怪間はいるか?」
「帰れ!」
僕は久々に大声を上げた気がする。
「いや、でも」
「帰れ!」
「はい。すんません」
安藤はトボトボと帰っていく。
「いいの?」
朱子さんはちょっと驚いた顔で僕を見る。
「いいんだ。彼には酷い目に遭わされたんだから」
「そう。ならいいけど……」
玄関のチャイムが鳴り響く。
「赤羽根だ。怪間いるか?」
「あら。やだ、可愛い」
ムッとする師匠の声が響く。
「俺も見てきたが、まさか怪間がそんなにショックをうけているとはな」
赤羽根師匠は朱子さんとのやりとりを終えて僕に向き合う。
「確かに悲しいことも多い。生きているってのはそういうことだ。でも、別れがあれば出会いもある。こんなところで諦めるな。自分の思いを形にするのはお前の心だ」
師匠は僕の肩を抱きしめる。
「これで終わりじゃない。本当の愛があればなんでもできる。それは未来へとつながる。だから終わりじゃない。すべてはこの世の理に触れている」
「分かりません。僕には彼女がすべてだった。それを失った僕の気持ちなんて……!」
怒りで師匠をはたく。
「痛いな。お前の手のひらも痛いだろ?」
コクリと頷く。
「それが生きている証拠なんだ。生きて未来を切り開くのがイケメン同盟のベースだ。忘れるな」
「イケメン同盟……」
僕は確かにイケメン同盟に参加した。
それで救われた。
それで世界とのあり方を知った。
僕は愛を知った。
赤羽根師匠の愛は偉大だ。
奥深い。
だから、その愛を知って僕は今ここにいる。
そうだ。
僕はまだ人を愛せるかもしれない。
いや、悲しみを知ったからこそ、愛を知った。
花子さんは意地悪で遊園地に行った訳じゃない。僕に伝えたかったんだ。
愛を。
愛のパワーを。
愛し合う者のみが許された空間を、感覚を。
お陰で僕にも未来が見えてきた。
幸せになるべき人はたくさんいる。
ここではないどこか、今ではないいつか。
愛し合う者が救われる未来を。
そのための道しるべを。
僕は作っていく。
未来を変えられるのは今を生きる人々だ。
人が変われば世界は変わる。
なんせ、世界の最小単位は人なのだから。
僕が変われば、世界は変わる。
世界の一部が変わるのだから。
それでいい。
愛があれば変わっていける。
だから師匠の気持ちが伝わってくる。
「師匠!」
「いいだよ。許せ。そして未来を作っていけ」
「師匠~!」
僕は師匠に甘えると、ふと顔を緩ませる。
「僕、人を愛で包みたいです」
「いいだよ。それで」
師匠は柔らかな笑みを零す。
見ていた朱子さんがため息を吐く。
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