第21話 愛のパワーで……

 愛のパワーで。

 それは師匠に教わった言葉。

 僕を救ってくれた言葉。

 僕が生きる理由。

 存在意義。

「誰だ? お前」

 安藤が怪訝な顔を浮かべて僕の隣に立つ男を見つめる。

「俺は赤羽根あかばねだ。名乗るほどのものではない」

 いや名乗ってますよ、師匠!!

「は。なんでそいつに肩入れするのか、分からないが、貴様も幸せを受け入れ、上から目線で語るんだろ?」

「あー。幸せかどうかはキミたちが決めてくれ。露出魔に、変態に、ロリショタコン、アイドル崩れ、ホモに好かれた俺が幸せなのかどうか……」

「な、なな何を言っているんだ? こいつ……」

 安藤が顔を歪めて、僕に確認をとる。

 ふるふると首を横に振ると、安藤はいよいよ頭を抱え込む。

「なんでそんな奴らに好かれているんだよ」

「まあ、俺としては悪い感じはしなかったな。うん」

「幸せものめ! お前もヘラヘラと笑っていたんだな!」

 安藤は怒りに身を任せて赤羽根に拳を振るう。

 と、片手で受け止める赤羽根。

「この程度か。片腹痛いわ。俺は異世界で魔王を討伐したのだぞ」

「な、何を言っていやがるこいつ……」

 歪んだ顔になる安藤。

 確かに普通なら異世界に行ったと言っても信じないだろう。

 だが、僕は信じる。

 彼の言葉には重みがある。そんな気がする。

 力のこめかた、重心のずらしかた。師匠の方が優れている。

 喧嘩慣れしているのは安藤よりも師匠の方が上。

 すぐにへばってしまう安藤に、赤羽根は手を取る。

「お前、なんでそんなに悲しい拳を振るうんだよ」

「おれ、そんなんじゃ……」

「俺は悲しいぞ。お前の一撃がそんなに震えているんじゃな」

 赤羽根師匠は安藤を優しく包み込む。

「愛のパワーで全ては解決するんだ。もういい。憎しみは憎しみを呼ぶだけだ。自分を許してやれ」

「おれは、おれは……!」

 安藤は師匠の腕の中で泣きじゃくり、嗚咽を漏らす。

 僕はその間にお守りを手にする。

 上に乗った土を払い、呼びかける。

「花子さん。花子さん!」

「ごめん。わたしが迂闊だったの」

「そんなことない。僕が目を離したから」

 そう言って花子さんの頭を撫でようとする。

 花子さんは念能力を使い、頭をぐりぐりと押しつけてくる。

 しばらくの間撫でていると、疑問を口にする。

「なんで念能力で安藤を払いのけなかった?」

「もう、無理、なの……」

「え?」

 花子さんの声にはノイズが混じっていた。

「わたし、もう、成仏、する、の……」

「どういう意味だよ! 花子さん!」

「わたし、の、夢、恋人、と、遊園地……って」

 恋人と遊園地に行くのが夢だったのか?

 だとしたら、昨日の遊園地デートで叶えてしまったのか。

「俺もすぐに行く。待っていてくれ!」

「な、に、を、……ってい、るの。怪間、くん、生きて」

「そ、そんな! 僕は、キミがいたから頑張れた。もう花子さんなしでは……」

 生きていけない。そう言葉にできない自分がいた。

「生きて」

 そう言って身体が透けてくる花子さん。

「もう、そろそろ、さような、ら……」

 光になり、消えていく花子さん。

「あ、ああ……!」

 俺は手を伸ばし、花子さんを受け止めようとするが、空をつかむばかり。

 それを見ていた安藤が泣いている。

 師匠が僕の肩を抱く。

 僕は……。僕は泣けなかった。


 ▼▽▼


 僕はいつものように目を覚まし、お守りを撫でる。

「花子さん」

 呼びかけるが、もう声が聞けないと知る。

 そうだ。花子さんは成仏してしまったのだ。

 僕との遊園地デートで満足してしまったのだ。

 それが彼女の心残り。

 知っていたのなら、遊園地には行かなかったのに。

 まだ水族館やゲーセン、買い物デート、おうちデートが残っていたのに。

 それにも関わらず、いってしまった。

 もっと楽しいことがあるのに。幸せなことがあるのに。

 それにも関わらず、彼女はいってしまった。

 綺麗に洗ったお守りを鞄にぶら下げて、自転車にまたがる。

 花子さんと通った通学路も、今日はぼやけて見える。

 はっきりとした色調だった世界が色あせていく。

 学校に着くと、僕はよりめきながらも、自席に着く。

「おはよう。怪間くん」

「あれ? 花子さんは?」

 ドキリと胸が痛む。

「花子、さんは……成仏したよ」

 震える声で応じる。

「「え」」

 花古さんと色さんの声が綺麗にハモる。

 声に出したら、彼女の成仏を認めることになる。

 いや、言葉にしなくても、きっと現実は変わらない。

 いずれ戻ってくるかも、と甘い期待ももう意味のないことなのだろう。

 それは分かっている。分かっているけど……。

 悔しい。

 分かっていれば、もっと楽しいデートを考えたのに。

「もしかして、今がチャンス?」

「かも」

 二人の目の色が変わるが、僕が見ているのはいつもお守りだけ。

 ホームルームを始めると、南十先生が呼びつける。



「そうか。成仏したか」

「はい」

「だが、これが正しいあり方だ。きっとキミが幸せになることを祈っているはずだ」

「……」

 それには答えられない。

 僕の幸せは花子さんと一緒にいること。

 それ以外の幸せなど考えられない。

「きっと、十年もすれば分かるさ。その体験も笑い話にできるって」

 遠い目をする南十先生。

 彼女にも何かあったのか、そんなことを言い出す。

「いいか。怪間、恋が叶うのはほんの一部だ。お前は幸せな方かもしれない」

「どういう意味です?」

「大人になれば分かることだ。安心しろ、大人になるまで付き合えってやる」

 覚悟を決めた大人の顔といった様子で実に魅力的に思える。

 そんな南十先生にも、僕と同じ時代があったのだろうか。


 一時限目が開始されると、先生の言葉をぼーっとしながら聴く。

 板書された文字を書き写して、なんとなくお守りに触れる。

 昼休みになると、僕は弁当箱を二つ開ける。

 一つは自分用。

 そしてもう片方は花子さん用。

 自分でも未練たらたらで卑しく感じる。

「僕、何しているんだろ……」

 その姿を見た陰キャの一人がやってくる。

「そう落ち込むな、って」

「そ、そうだよ。怪間なら恋人がすぐにできるって」

 陽キャも乗ってくる。

「代わりなんていくらでもいるって」

「そんなわけないだろ!! 代わりなんていないんだ!」

 そうだ。

 彼女は唯一無二。

 いやどんな人でも同じ。

 みんな一人一人違う。そしてみんなが幸せになれるとは限らない。

 一人一人違う性格・興味・感心・感覚・言葉を持つ。

 それらが一緒の者などいるはずもないのだ。

 だから、僕にとって恋人は花子さんくらいしかいないのだ。

 それは分かっている。分かっているからこそ、辛い。

「もう恋人はいらない」

 そう言うと潤んだ瞳で訴えかけてくる色さん。

「そんな悲しいこと、言わないで」

「そうよ。あなたは私のこと……」

 花古さんが若干抑揚のある声で呟く。

「僕は……」


 放課後になり、自転車を走らせる。

 自宅につくと、ネコのアケビが頭をこすりつけてくる。

 頭を撫でると、花子さんのことを思い浮かべる。

 可愛かったな。

 撫でることは愛情表現の一つだったんだ。

 それは人間でも動物でも代わらない。

 だから僕はもっと撫でるべきだった。

 撫でて、撫で回して、そうして愛情を表現するべきだった。

 それにも関わらず、僕は無駄な時間を過ごしてしまった。

 僕は幸せだったんだ。

 鞄から落ちる進路調査表。

 ああ。朱子さんに連絡しないとな。

 僕は震える手でスマホを取る。

 ふとお守りに目がいく。

 綺麗にしたお守りは、騎士堂家に返すべきなんじゃないか?

 そう思えたが、すぐにふるふると首を振る。

 彼女はきっとそれを望まない。

 そんな気がしてならない。

 僕の独断と偏見かもしれないが、お守りは僕が持っておくべきだと思った。

 そうでなくては、彼女の思いが報われない気がした。

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