第20話 登校
翌日。
俺は学校に向かって自転車にまたがる。
久しぶりの通学だ。それも花子さんを連れての通学は初めてじゃないだろうか。
「町並みも変わったね。前は、そこにドーナッツ店があって、こっちにはラーメン屋さんがあったのに」
外気に触れるのは嬉しいのか、黒髪をなびかせて、自転車についてくる。
地縛霊だから、依代にくっついてしまうのだ。
その依代は俺の胸ポケットに大事にしまってある。
風を切り、走る様は少し格好いいかもしれない。
僕はイケメンの赤羽根師匠に言われた通り、自分の格好いい姿を想像している。
だから、僕はイケメンだ。
イケメンでなくちゃいけない。
学校に着くと、僕は駐輪場に自転車を止めて、教室に向かう。
五月の風は気持ち良かった。
遠目で見ていた安藤がいることにも気がつかずに、俺は花子さんに話しかける。
「花子さんも授業受ける?」
「うん。久々に受けてみたい。ずっと学校にいたのに変な話だけどね」
「そうだね。でも花子さんなら、勉強なんてできそうな気がするなー」
「そんなことないよ。それよりも怪間くんの方が点数高そう」
「まあね」
「あ。自信あるんだ! すごいなー。羨ましいなー」
お互いに笑い合いながら校舎に向かう。
教室にはいると、見覚えのある二人が駆け寄ってきた。
「まさか二人は付き合うことになったのかな?」
不安そうな表情で訊ねてくる色さん。
「いや。もうカップルでしょ」
花古さんはジト目を向けてくる。
「まあ、二人とも見ていたもんね」
「え。見て、板……?」
いやいや板を見てどうするんだよ。
確かに教室の端に板が置いてあるけれども!
「そうじゃないよ。遊園地デートでの様子を怪しい二人組が観察してきてね。それが色さんと花古さんだったって話」
「記憶にございません」
花古さんがそれを言うと確かに記憶にないな。
「そ、そんなこと、ないよ……?」
色さんは隠す気があるのか、分からないな。
ともかく二人とも追ってきていたのは事実だ。だって――。
「SNSには気をつけようね。自分の行い丸裸だからね」
そう言って僕はスマホでスイッターを開く。
そこには色さんと花古さんの《デート監視中》の文字が並んでいた。写真とともに。
色さんと花古さんは曖昧な笑みを浮かべてごまかすように言う。
「誰のアカウントだろうね。私、知らない」
棒読みの花古さんは貴重じゃないだろうか。
「もう、いいじゃない。あたしの自由でしょ。あたしだって怪間くんのこと、好きなんだから!」
その声で僕は驚く。
クラスの陽キャが驚きの声をあげ、陰キャがそんなバカなとシャーペンを落とす。
「悪い。俺には花子さんという、心に決めた相手がいる」
「それは今だからでしょ。花子さんだっていつかは成仏するんだから」
成仏。
その言葉にずきりと胸が痛む。
いつか花子さんも成仏してしまうのだろうか。気が気でない。
そうなれば、僕は一人になってしまう。
嫌だな。
「ほら、ホームルーム始めるぞ」
そう言って南十先生が教壇に立つ。
「ん?」
南十先生がこちらを見て目を細める。
「怪間、あとでこい」
「は、はい!」
南十先生には頭が上がらない。従うしかない。
「花子さんは置いていけ」
そう言われたので、僕はお守りを鞄に入れ、南十先生についていくことにした。
「さて。いつの間に愛香、いや花子さんを救ったんだ?」
「金曜日にゴミ処理場から見つけました」
花子さんを置いていけ、というからには聴かれては困ることを言うつもりなのだろう。
「言ってくれないとこちらも対処できないぞ」
「この不良少年め。しかし、花子さんは幽霊だ。成仏してもらうのが正しいあり方だと思うが、キミはどうかね?」
僕に向けられる視線が柔らかなものに変わるのを感じる。
「僕は、僕はずっとそばにいたい。ずっと友達でいたいと感じます」
「友達?」
僕の発言に疑問を持つかのように呟く南十先生。
だってここで恋人って言うと恥ずかしいじゃん。
でも、この南十先生の強烈な視線には勝てない。
「こ、恋人の間違いです」
照れくさいが、言い切ったぞ。やれるな、僕も。
「まあいい。でもそれは過酷な道のりかもしれん。覚悟しておけ」
「は、はい」
「それで、花子さん自身は成仏したがっているのか?」
「それは……分かりません」
俺は花子さんに直接聴いたことがないからな。
どうして欲しいのだろう。
「未練があるから幽霊になる。その未練がなくなったら、彼女は成仏する」
「分かっています。僕は彼女を幸せに……」
言っていて気がつく。
「そうだ。彼女が幸せになれば、成仏してしまう。その覚悟があるのか? 怪間」
「…………分かりません。でも、僕は」
「それでもいいんだ。怪間。キミが全てを抱え込む必要はない。強く生きろ」
「はい……」
覇気のない声で応じてしまった。
僕はトボトボと廊下を歩き、クラスメイトの声を聴く。
「あいつって安藤じゃね?」
「ああ。停学処分になったていう?」
「わかんね」
歩いているうちに不安になってくる。
なんだ。このザワザワした感じは。
あの安藤が来ている。
それだけでも、不安が押し寄せてくる。
「怪間くん!」
慌てて駆け寄ってくるのは色さんと花古さん。
「あいつ、花子さんをさらった」
「今は二丁目公園の方に向かっているかな。急いで!」
僕はその足で下駄箱に向かい、外靴に履き替えもせずに走り出す。
安藤にさらわれた!? 花子さんが!?
くそ。
こんなことならもっと巧妙に隠しておくべきだった。
自分の愚かさを呪い、僕は公園にたどり着く。
樹木の下、その木の根の間を掘り起こしている一人の男がいた。
「安藤。どうしてそこまでする。なぜ僕を目の敵にする」
「お前が幸せだからだよ。そんな奴を見ているとむしゃくしゃする」
「人の幸せを踏みにじって楽しいのか?」
狂言を零す安藤。
「ああ。幸せだね! こうして怪間の幸せを奪うことが!」
そう言ってお守りに土をかぶせていく。
「やめろ。それ以上は僕も看過できない」
「難しい言葉を使う。おれはそんな怪間がずっと嫌いだった。優等生ぶって、いつだって。人を見下して」
半分も言っている意味が分からずに困惑する。
「僕は見下してなどいない。お守りを返してもらうぞ、安藤」
「おれがどんな思いで生きてきたのか、お前に分かるか! 兄が騎士堂を殺してから、人生が破綻した。人殺しの弟。そう呼ばれ続けてきた」
すーっと息を呑む安藤。
「その気持ちがお前に分かるか!?」
「分からねーよ。分かりたくもない! だってお前はお前だろ。兄とは違う」
「……!! ならどうしてみんなおれを避けるんだよ!」
安藤が前に出て握った拳を振り下ろしてくる。
赤羽根師匠に習った防衛術で拳をいなす。
「お前は誰かに認めてもらいたいんだな。だったらそんな悲しいことするなよ」
「どういう意味だ!」
「お前がしていることは、認めてもらうのと反対の行為だ。やめろ」
「命令するな!」
拳を振るう安藤。
受け止めると、安藤は力を込めて振り払う。
「おれは、おれのために生きる。兄のせいですべてが変わった」
「なら、復讐を果たすべきは僕じゃない。兄だろ!?」
「貴様みたいなのほほんと暮らしてきた者には分かるまい!」
「そんなことありません!」
お守りから出てきた花子さんが叫ぶ。
「怪間くんは両親もおらず、一人で生きている。理由は分からないけど、でも頼れる相手は朱子さんだけ。人の悲しみを知っているのは怪間くんも一緒」
「な、なに? こいつは幸せに生きてきたんじゃないのか!?」
戸惑いを覚える安藤。
「僕たちは愛のパワーで蘇るんだ。愛が全てを救うんだ!」
僕は気合いを入れて叫ぶ。
「さすが俺の教え子。よく覚えている」
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