第19話 初恋

 バイキングも乗れて満足な俺だが、花子さんは行きたい場所があるみたい。

 そわそわした様子で、スカートの端をつまむ花子さん。

「とりあえす、メリーゴーランドにでも乗る?」

「そ、そうね! それがいいかも!」

 手を合わせて頷く花子さん。

 ルンルン気分で俺はメリーゴーランドの馬に乗る。

 上下に揺れながら回転する馬。

「なんだか。前に馬の文字で遊んだな」

「馬、で……?」

「ああ。二人して馬を使った言葉を言い合ってな」

 クスクスと笑い出す花子さん。

 もう、トイレの花子さんではないな。

「しかし、馬の他が……」

 メリーゴーランドでは見られないゴリラの乗り物もある。

 ゴリラが上下するたび指が鼻に突っ込む仕様になっている。

 なんでこのランドはゴリラ推しなんだ。

「ふふ。楽しいね。次、観覧車に乗ろ? ね?」

「ああ。いいが」

 何やら頬を赤く染めている花子さんが新鮮で見ていて可愛いのだ。

 俺と花子さんがゴリラのペイントをされた観覧車に乗り込む。

 午後六時頃。

 空が夕闇に染まり、世界がその真実を覆い隠す夜。

 そんな世界が見える。

「わたし、こんなに幸せなこと、ないんだ」

「そうか……」

 こんな時気が利く言葉がでてこない。

 同時に、俺は花子さんのことをあんまり知らないのだと嘆く。

「そう。好きな人と一緒に観覧車に乗れるんだもの」

「好き……?」

 英語ワカリマセン。

 ちゃんとした日本語で話して欲しい。

「そう。好き。わたし、人を好きになるなんてこんなに幸せだとは思わなかった」

 外を眺めながら見下ろす花子さん。

 下にいる人々が小さな点になっていく。

 怪しい二人組が下でずっと俺たちを見ている。

「良かったぁ~。わたし、ちゃんと幸せになったよ~」

 潤んだ瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「この観覧車。最も高いところでキスすると幸せになれるって、ジンクスがあるの」

「知らなかった」

 そんなジンクスがあるのなら……。

「って。ふへええええ……!」

「もう、なんて声を出しているのよ」

「だっ、だって今、そう言うなんて、だって……」

 このタイミングで言うなら答えは一つしかない。

 俺と、キスしたいのか……?

 口臭ケアもしていないんだぞ。

「いいじゃない。一度くらい清廉潔白なキスをしても」

「いや花子さんがその気ならいいけど……」

「その気なの。だからお願い、ね?」

「分かったよ。僕も男だ。覚悟を決めるさ」

 ふと柔和な笑みを零す花子さん。

「そっちがいいよ。キミは」

「?」

 俺は何を言われているのか、分からずに困惑する。

 変なことでも言ってしまったか。

 でもいいって。

 いよいよ高さがてっぺんになる。

 そっと口を寄せてくる花子さん。

 そっとするキス。

 口づけにしては甘く、軽い。

 そんな接吻を終えると、俺は口を離す。

「キス、しちゃったね」

「ああ」

 柔らかく弾力のある感じ。少しの幸福感と達成感がない交ぜになった気持ち。

 ドキドキとワクワクが止まらない。

 心臓の鼓動が早鐘を打つように早く波打っている。

「ありがとう」

 花子さんは夕焼けに照らされて少し透けて見える。

「花子さん!」

 俺は真っ直ぐに花子さんに抱きつこうとする。

 でも実体化していない彼女はすり抜けてしまう。

「ど、どうしたの? 急に」

「だって。どこかへ行っちゃいそうだったから」

「ふふ。大丈夫。こっちにいるから。わたし、したいことたくさんあるから」

 ふと気がつく。

 幽霊が成仏するのはどういうときか。

 きっと現世でのやり残したこと。

 やり直したいこと。

 伝えたいこと。

 それらが重なり、霊を宿すのかもしれない。

 ぽろぽろと涙を零す花子さん。

「嬉しくて。嬉しくて。ごめんね」

「いや、いい」

 気が回らない。

 なんて言えばいいんだろう。

 顔が赤いのは夕日のせいだ。

 俺と花子さんが降り立つ頃にはすっかり日も落ち、世界は混沌としている。

 怪しい二人組がこそこそと隠れるようにして茂みに入る。

「最後にパレードだけみるか?」

「そのまえにお土産。色さんと……」

「はい!」

「花古さんに」

「え」

 どうやら怪しい二人組が誰かは分かってしまったようだ。

 それにしても、この二人にお土産か。

 どうしたものか。

「まあ、買っていくか」

 俺はトボトボと歩き出す。

 どうせ一緒にいるのなら、顔を見せてくれてもいいのに。

 俺と花子さんは近くにあるお土産店で品定めをしていく。

「色さんには何がいいかな?」

「俺はぬいぐるみなんていいと思う。前にここのゴリラのストラップをつけていたし」

「へぇ。そんなところまで見ていたんだ。そのわりにはなんでモテないんだろうね?」

 からかうようにクスクスと笑う花子さん。

「意地の悪い質問だな。俺の魅力がみんなを引き寄せるのさ」

「はいはい。照れ隠しはいいから」

「なんだよ。そんなんじゃないんだからな」

「ふふ。それもそうね。でも怪間くんももっと自由に生きていいのよ?」

「安心しろ。俺は十分自由に生きている」

「そう? ならいいけど」

 気のない返事を受け止めると、俺は花古さんへのお土産を熟考じゅっこうする。

「花古さん、なにが喜ぶだろ?」

「うーん。実用性?」

「やっぱり?」

「となるとTシャツとか?」

「でも柄物だし、好まないかも……」

 冷静沈着な花古さんへのお土産は難航した。

「あ。色さんのはその大きめのぬいぐるみがいいと思うんだけど」

「うん。いいと思う。色ちゃんなら喜んでくれるよ」

「だよな。色さんはなんだかんだ言って友達思いだし」

 ちらっと横目で怪しい二人組を見る。

 ガッツポーズをしている色さん。バレバレです。

「じゃあ、花古さんはこのクッキーが――」

 くるりと後ろを見ると、バツ印を出している花古さん。

「じゃあ、こっちのTシャツを」

 トントンツートン

 ええと。ち・が・う。と。

 しかし、なんでモールス信号なんだ。俺じゃなきゃ解読できないぞ。

「そうか。花古さんは以外にも、このぬいぐるみカク鳥とヨム鳥のセットがいいのか」

 狼煙のろしを上げている花古さん。

 その狼煙から推察するに「それがいい」か。

 しかし、分からないものだな。

 あの堅物の花古さんが可愛い物好きなんて。

 俺はゴリラと鳥のぬいぐるみを買うと、花子さんと一緒に外に出る。

 五月。この時期はまだ夜冷える。

 寒さが残りつつ、俺と花子さんはパレードを見ている観客に交ざる。

 何メートルもある巨大な立像がタイヤで運ばれてくる。

 その立像のすべてに煌びやかなイルミネーションが飾ってあり、そのキャラの世界観を壊さないよう、配慮されている。

 時折、きらりと光り、とても綺麗だ。

 この気持ちを忘れたくない。

 そう思い、俺は花子さんの手をとろうとするが、すっと透けてしまう。

 だが、今度は花子さんの方から握り返してくる。

 僕たちはようやくカップルになれた。

 それがどんなに嬉しいことか。

 幸せなことか。

 にへらと顔を歪める僕。

 どうやら僕はすっかり花子さんのことを好きになってしまったらしい。

 パレードを長々とみていられるのも好きな女の子と一緒だからだ。

 でも花子さんは幽霊。

 結婚はできない。

 付き合うのだって、ホントは良くないのかもしれない。

 死者と生者が交わるのには世界の理から外れているのかもしれない。

 だが、それでも。

 それでも、僕は花子さんを好きでいるのに変わらない。

 もし、人生をやり直したって、僕は花子さんと出会い好きになっていた。

 それはもう運命づけられた赤い糸でもあるのかもしれない。

 僕たちはずっと前から好き同士だったんだ。

 お守りをぎゅっと握りしめ、ポケットにいれる。

 このお守りが依代になるとは。僕が思いを込めて送ったもの。

 その意味を知らないほどバカじゃない。

「そのお守り」

 気がついたのか、花子さんが柔和な笑みを浮かべて、嬉しそうに目を細める。

「くれたの、覚えているよ」

 花子さんは目を閉じて小首をかしげるような仕草をとる。

「ありがと」

 僕の初恋は成就した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る