第18話 遊園地デート その二
トイレの花子さん、トイレで困る。
便意を催した花子さんは音も匂いも気にするらしい。そこで、俺は男子トイレに駆け込んだ訳だが。
「怪間くん、そのままお守りをトイレのところに置いてくれ」
「え。あ、そっか!」
俺は言われるがまま、お守りをトイレの荷物置き場に置く。
そして俺はトイレの外に出る。
こうすれば音も気にならない。
トイレに誰か入るかもしれないが、花子さんは実体化できる。鍵を閉めることも可能だ。
だから、俺はこうして待っているだけでいい。
パニクって変な焦りがあったが、冷静に考えればそんなに難しい話じゃなかった。
まさかトイレ一つで、こんなにも大変だとは。
トイレが終わり、俺と花子さんは再び隣を歩くこととなった。
「次、どうする?」
「どうしようか? コーヒーカップとかでのんびりしたいの」
「そうか」
俺はフリーフォールとか乗りたかったけど、無理をさせるわけにはいかない。
まだまだ元気のある俺に比べて疲弊している花子さんだ。はしゃぎすぎた、とも言う。
コーヒーカップに乗ると、ゆっくりと回るカップにまったりする俺たち。
隣の怪しい二人組は高速回転させているが、この遊園地は世界最速のコーヒーカップ。へたに回し続ければ、その早さはジェットコースター並、と言われているのだ。
チラリと花子さんを見やる。
「やらないからね! 絶対やらないからね!」
「なんだか、押して押して理論と似ているな」
「ふりじゃないからね!」
涙目になりながらハンドルをぐっと抑え込む花子さん。
「分かっている。分かっているって」
「本当に……?」
小首をかしげる花子さん。可愛い。
信じてもらえたみたいでハンドルから手を離す花子さん。
「良かった」
俺はそう呟き、ハンドルを一回転。
「ちょ、ちょっと!」
一回転ではさほど速度は出ないようだ。
「わりぃわりぃ。少し困った顔を見たくてな」
「んもう。ばか」
ぷんすかと怒る彼女もまた愛らしい。
多分言葉にするには勇気がいる。
花子さんは俺のことを恋人のように思っているのか、分からない。
コーヒーカップ(ゴリラ)を降りて俺たちは低木で作られた迷路に向かう。
「あれ? ここにロボット専用の通路があるよ?」
「俺たちはロボットじゃないから、こっちの初心者向けに行こう」
「それもそうね。いざとなったら飛んじゃうし!」
「ずるいな!」
花子さんとの会話を続けながら迷路に入る。迷路の至る所に隠し扉があり、初心者向けと謳っているわりに難しいのだ。
「あれ。ここさっきのところだ」
「そうだな。じゃあ、別にルートがあるのか……」
リタイア用の扉を見つけ、俺は指さす。
「リタイアするか?」
「いや! わたし、絶対にゴールしてみせるもん!」
意外と意地っ張りなのか、それとも負けず嫌いなのか。
どちらにせよ、意外な一面が見られてラッキーだ。
辺りを注意深く観察しながら進むと、隠し通路を見つける。
「ここじゃないか?」
「うん。そうだね――あっ」
花子さんは倒れ込むようにして前にのけぞる。
俺が手を伸ばすが、実体化していない彼女に触れることはできない。
と地面に触れたかと思うとすり抜けてしまう花子さん。
「花子さん、大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
そう言って地面の中から出てくる花子さん。
「少し疲れたみたいだな。ここを抜けて休もう」
「うん。ごめんね。せっかく来たのに
「何を言っている。花子さんの方が大事だ」
クスクスと笑う花子さん。
「ありがと! もうそんなんだから……」
花子さんは顔を赤らめて、言葉を切る。
「なんでもない」
「えー。なんだよ。教えてくれよ」
「いいじゃない。別に」
鼻歌交じりにベンチに向かう花子さん。
ベンチに座ると足をバタバタとさせる。
俺が遅れて座ると、花子さんは撫でて欲しいのか、頭をぐりぐりと押しつけてくる。
「すまん。俺は」
肩を押し返す俺。
「なんで? わたしのこと嫌い?」
「そうじゃないんだ。まるでペットのネコにするみたいで気が引けるんだ」
「だったらペットだと思って撫でてよ。わたし、撫でられたい!」
「そ、そうなのか? てっきり子どもっぽいからきらいかと……」
「む。わたしはちゃんと大人です!」
怒った顔も可愛いものだ。
「分かったよ。今度からそうする」
「今する!」
頭をこすりつけてくる花子さん。
「わ、分かったお」
言葉がおかしくなるくらいには動揺している。
分かっていて撫でるのは緊張する。
しなやかな、柔らかく、良い香りのする髪をなでつけて、梳く。
「えへへへ」
バグってしまった花子さんだが、しっかりと袖をつまんでいる。
こんなことされたら並の高校生なら落ちてしまうだろう。
まあ、元から落ちているのだけど。
両親の陰がふと思い浮かぶ。
赤羽根師匠に出会う前までは自信もなかったし、子どもや人への接し方が分からなかった。
ここにきて、ようやく「お疲れ様です」とか「よろしくお願いします」とか、そう言った言葉を知った。
人の接し方を知った。
赤羽根師匠に出会えて良かった。
そしてそのお陰で俺は花子さんと一緒にいられる。
俺は花子さんが好きだ。だから頭を撫でたくなる。
彼女として接したくなる。
「完全回復!」
そう言ってベンチから立ち上がる花子さん。
「じゃあ、次はどこ行こうか?」
「俺はフリーフォールに乗りたいんだ。そのあとはバイキング、ダメか?」
「ううん。いいよ。いこ」
「ああ」
俺と花子さんがフリーフォールに向かうと、怪しい二人組が一緒の列に並んでいた。
まったく。なんて運のない。
あの怪しい二人組についての描写がいちいち入ってくるのかよ。
「何を難しい顔をしているの? 怪間くん」
「え。いや、なんでもない。この世の理不尽を呪っていただけだ」
「だいぶ、すごいこと言っているけど、大丈夫?」
「ああ。指先だけでスイカを割れそうだ」
「どんな気分!?」
花子さんが目を飛び出して驚いていた。
幽霊だから実際に目玉が飛び出していたように思える。
俺たちの番が回ってきて、フリーフォールの席に着くと、花子さんはルンルン気分で鼻歌を歌っている。
回復できたのは嘘じゃないらしい。
俺が撫でてからずいぶんと機嫌が良いな。
てっぺんまで少しずつ上昇していく。てっぺんと言っても漫才の話ではない。
最上階に着くと、しばらく景色を眺める。
それから一気に降下していく。
浮遊感と風の流れを感じ取り、俺は気持ち高ぶる。
「楽しかったね」
「ああ」
やっぱり花子さんといるとドキドキワクワクが止まらない。
こんな僕にも彼女ができるのだろうか。
少し弱気になっていた自分を殴りたい。
俺は彼女ができなくてもいい。あくまでも花子さんの笑顔を見たい。守りたい。
それだけなのだ。
俺はそのために戦う。生きる。
「次はバイキングだっけ?」
「そう。あれだ」
俺が指さした先には海賊船がある。海賊船は支柱に支えられており、その中心の円柱を中心に回転運動をするらしい。
ちなみに客席はひらべったい甲板に並んでいる。
俺と花子さんが再び並び出すと、怪しい……、ともかく話をしながら待つのだった。
それにしても暑いな。
ここに並ぶ前に飲み物を買って正解だった。
俺と花子さんはジュースを飲むとニカッと笑い合う。
「そう言えば、南十先生と話したことある?」
「一度だけ」
「何を話していた?」
「うん。怪間くんのこと、よろしく、って」
南十先生。そんな気遣いをしてくれていたなんて。
やっぱり良き先生だな。
「わたし、成仏したくないなー」
その言葉が耳にこびりついた。
悲しげな笑みも、脳裏に焼き付いた。
彼女はちゃんと成仏できなかった霊。
本来ならここにいてはいけない存在。
間違っている存在。
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