第17話 遊園地デート その一
日曜日になり、俺は花子さんのお守りを持って九時に家を出た。
ランドまでは一時間弱。
バスの中では花子さんの料金を払おうとして、運転手が困っていた。
ランドに着くと、俺と花子さんは大はしゃぎ。早速、ネズミのカチューシャをかぶる俺たち。
スマホで写真を撮ろうとするが、花子さんが幽霊みたいにぼやけてしまうのでやめた。
「ねぇねぇ。どこ行く? どれを見ようか?」
ふふふと笑みを浮かべる花子さん。
「なら、最初にマウンテンゴリラに乗ろうか!」
マウンテンゴリラ。このランド最大級のジェットコースターである。ちなみに乗ると水しぶきをかかる恐れがある。
「いいよ! 乗ろう!」
俺の袖を引っ張って連れていく花子さん。
その嬉しそうな表情に俺の抱えていた不安は吹き飛んだ。
もしつまらないと思われたら。
もし失敗したら。
もし喜んでもらえなかったら。
疑問や不安は湧き出るもの。
それを気にかけていた自分が間違いだった。
花子さんはこんなにも柔からな笑みを浮かべているじゃないか。
快活で明るくて優しい子なのだ。きっと。
マウンテンゴリラまで来ると、俺は列に並ぶ。
胸ポケットに入れたお守りから飛び出している花子さんに目を丸くする人の多いこと。
みんな幽霊を見たことがないのか? 不思議なもんだ。
係員により、俺と花子さんの前で止められる。
が、係員さんが困ったような顔をしている。
「ええと。お客様、幽霊のご搭乗は?」
混乱していて自分の言っている意味も分からないみたいだ。
「一人分でいいんだ。乗せてくれ」
俺がそう言うと係員がハッとした様子で応じる。
「ええ。そうですね。はい。そうね……」
困ったように頬を掻く係員。
どうやら納得はしてくれたみたい。
得心いった顔で係員が案内する。
「座席に座り、しっかりとガードを下ろしてください」
「いよいよだね!」
「ああ」
俺と花子さんは嬉しそうにジェットコースターに乗り込む。
朱子さんは「大事にしなよ」と言っていた。
だから俺は心置きなくこの日を迎えることができた。
ジェットコースターは上下し、左右に揺さぶる。
悲鳴を上げる花子さんと一緒に俺はこの非日常を楽しんだ。
マウンテンゴリラを降りると、俺は花子さんに呼びかける。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。楽しかった!」
それなら良かった。
「写真の購入はこちらからです!」
係員が案内しているところにはジェットコースターが落ちる時の写真が貼り出されていた。でも花子さんは相変わらずボヤッとしていて輪郭がない。
「行こうか」
「うん」
幽霊であることがこんなに悲しいことなんて、俺は知るよしもなかった。
「買います!」
後ろで声がした。
マスクにサングラス、深々とかぶった帽子の二人組。
怪しいが、このご時世だ。悪いとは言えない。
しかし声に聞き覚えがある。
しかもその二人のやりとりが花古さんと色さんとかぶる。
「この写真でいいのかな?」
「そうでしょう。この機会がなければ買えないわよ」
「それもそうね。でももっと写りのいいのがいいけど……」
二人組が気になるが、俺は花子さんとのデートを楽しむことにした。
「次はどこに行く? 何に乗る?」
俺が訊ねると、うーんと悩み出す花子さん。
「じゃあ、ゴーゴーゴリラ!」
ゴーゴーゴリラはゴーカートのことではあるが、ここのゴーカートは本格的である。気をつけて乗らないと事故につながりかねない……らしい。
俺はゴーゴーゴリラの列に並ぶと、花子さんに話しかける。
「なんで、このランドはゴリラ推しなんだろうな?」
「さあ。でもあのマッスルな感じは嫌いじゃないの」
「もしかして創設者の趣味か?」
「かもね!」
俺と花子さんが楽しげに話していると、再びあの二人組が見える。
「ええと。幽霊の方一名? ですね!?」
しどろもどろになった係員が順番を言い、俺と花子さんはゴーカートに乗り込む。
念能力の使った花子さんはゴーカートも扱える。
アクセルとブレーキ、それにハンドル操作しかないゴーカートだが、それでも一週するのには時間がかかる。
アクセルを踏み、発進する。
他のゴーカートを追い抜き、俺が前にでる。
「遅い遅い」
「待ちなさい」
後ろから追いかけてくる花子さんの車。
「早いな」
「ふふ。これでも運転は得意な方なのよ」
カーブで内側をとられると、俺は最後の直進で遅れを取り戻す。
「く。まだまだ!」
速度を上げて、直進するが、隣を走っていた花子さんの車が速度を上げる。
どうやら念能力を使ったらしい。
「ああ! ずるい!」
「へへん。わたしに追いつけないの!」
「って。前々!」
花子さんが前を向くと、顔が青ざめる。
「止まれ――っ!」
先ほどの怪しい二人組のカートにぶつかりそうになったところで止まる花子さんの車。
俺はその手前で止まるが、慌ててヘルメットをとり、駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「へ。ああ。大丈夫だ」
抑揚のない声だ。
「わ、私たちは大丈夫だよ。だから……」
だから。だから、何を言おうとしたのか。
俺と花子さんは怪我がないことを確認すると、ゴーゴーゴリラから降りる。
気がつけば、時間はもう十一時。そろそろ早めのお昼を摂るか。
こうした場合には混む前に並ぶのが吉なのだ。
「早いが混む前に食事しよう? 花子さん」
「うん。そうだね。わたしもお腹ペコペコのペコリーヌちゃんだよ!」
何を言っているのか分からないが、にこりと笑みを浮かべ、俺は昼食のレストランをスマホで探す。
「ここなんてどう?」
ゴリラの
「メニューは?」
俺はスマホをタップし、メニューを開く。
グラタンやピザ、パスタ、カレー、ハンバーグなどなど。
種類が豊富なのが売りらしい。
「いいよ。ここにしよう」
花子さんが手を合わせて頷くと、そっちに向けて歩き出す。
ゴリラの杜は結構な人気店なのか、すでに二人ほど並んでいた。
その二人組というのが先ほどの怪しい二人組なのだ。
お互いに軽く蹴り合うとそのまま進む怪しい二人組。まるでどこかの
微笑ましい光景だ。
そんなことを思っているうちに、俺と花子さんの番が回ってくる。
注文をすると、俺と花子さんは近くの席に案内される。
俺はハンバーグを、花子さんはナポリタンを受け取る。
食事を始めると、花子さんが美味しそうに食べる。
ハンバーグを食べ終え終えると、そわそわし出す花子さん。
「どうした?」
「と、トイレに行きたくて……」
「…………。へ?」
困った。
幽霊の花子さんでもトイレには行きたくなるらしい。
食事を摂っていたのだ。それはトイレにも行きたくなるだろう。
しかし、花子さんは女子だ。
男子トイレでもいいかと思ったが匂いや音が聞かれるのもいやだろう。
そう考えると、俺はどうすればいいのか分からなくなる。
どうする、俺。
いや実際どうしたらいいんだ。
困惑していると花子さんが声を上げる。
「もう無理……!」
「へあ。もう無理ってどういう!?」
とりあえず男子トイレに入る俺。
ここからどうすればいいのか分からずに花子さんを見やる。
「出ていって」
「は、はい!」
俺は慌ててトイレから出る。
お守りを持っているのが俺だから、トイレから出たら花子さんも連れられて出てしまう。
おう。どうすればいいんだ!?
俺が困惑していると、花子さんが耳打ちしてくる。
「お願い。音、聴かないで」
「そ、そうだよな!? どうすればいい?」
「それじゃあ――」
再び耳打ちしてくる花子さん。
俺たちはこのミッションをクリアしなければならない。
間に合うか!?
便意との戦いに決着をつけなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます