第16話 電話
「傷つくのが悪いことじゃないって、どういう意味ですか?」
『お前はまだ子どもだな。傷つくことで成長することもある。だから気にするな』
「気にするな、って……」
『なあなあにしている方が傷つくぞ。しっかり断るんだ』
「……分かりました」
口先ではそう言ってみたものの、まだ理解できずにいる。
俺は部屋に戻ると、色さんと花子さんが談笑をしているのを見てしまった。二人は仲の良い姉妹に見えて……。
そんな二人の関係を壊してしまうのが、俺なのかもしれない。
そう考えると、胸が苦しくなる。
悲しく感じる。
「そろそろ色さんは帰った方がいいぞ」
午後六時半になり、俺は色さんに強めに言う。
「大丈夫。あたしは座敷童だから」
「座敷童ってなんだよ。わかんないって」
軽い口調だが、事実なんだか分からない。
座敷童ってなに?
「座敷童は妖怪の一種で、座敷または蔵に住む神かな。幸運や富をもたらす存在とも言われているかな」
「ほう。それは良い神様なんだな」
……って。ええ!! 神様、なの……。
愕然としていると、クスクスと笑う色さん。
「まあ、ただの妖怪よ。あんまり気にすることもないかな」
「わたしも幽霊ですし。いろんな噂があるよね」
「うんうん」
花子さんの言葉にコクコクと赤べこのように頷く色さん。
たははと乾いた笑いを浮かべる花子さん。
「首締めゲームとか、ないわー」
え。何その危険な遊び。
「現実を見てほしいかな」
花子さんと色さんが笑い合っている中、俺とアケビは置いてけぼりにさせられた。
夕食を作り始めると、色さんと花子さんが駆け寄ってくる。
「何作るの?」
「手伝おうか?」
「今日は肉じゃがだな」
「「肉じゃが!」」
じゅるりと喉を鳴らす花子さんと色さん。
「ふたりは座っていてくれ。俺が作る」
俺は二人をリビングに押しやると、台所に立つ。
「さて。何から作り始めるか……」
肉じゃががメインではあるものの、副食やお吸い物はあった方がいいだろう。全体の栄養バランスを考えて、塩分控えめでも美味しく食べられるように工夫をする。
って幽霊や妖怪に塩分を気にする必要もないかもしれないが。
料理が終わる頃には二人ともお腹を空かせて床に転がっていた。
「さあ。夕食だぞ」
お盆から机に料理を移していくと、二人はもぞもぞと動き出し、目で訴えかけてくる。
食べてもいい? と。
「分かったって。はい、いただきます」
割り箸を用意し、みんなで食べるよう言う。
「「いただきます!」」
待ちに待った、と言う顔で箸を手にする花子さんと色さん。
パクッと一口、肉じゃがを頬張ると、美味しそうに目を輝かせる色さん。
「こんなに美味しいもの、ある!?」
色さんが覇気のある声音でしっかりと言う。
それに続く花子さんも不気味な笑みを浮かべている。
「花子さんはこの弁当を食べていたのね!」
羨ましそうに、欲するように言う色さん。
「今度からあたしも作ってもらおうかしら!」
「でもできたてを食べるのは初めてなの~」
「それもそうね。これからは毎日、この味が楽しめるのかな?」
じっとこちらを見てくる二人。
「いや、毎日という訳には……」
「将来はやっぱり料理人かな?」
将来。
あんまり考えたことがなかった。
そういえば、
大学に進学したいけど、でもお金がかかるし。こればかりは朱子さんに連絡してみないとさっぱりだな。
「うんまい! おかわり!」
茶碗を差し出してくる色さん。
ここまで美味しく食べてもらえるとは。料理の作りがいがある。
食事を終えて、夜も深まり、寝る時間となった。
「当たり前だけど。色さんも花子さんもこの部屋で寝るんだよね?」
六畳一間のこの部屋以外に寝るところなんてない。
「もちのろんよ。あたしはどこでも寝られる体質」
「わたしはお守りの中で眠ることになるの。気にしないで」
「え。あ、うん」
まさか花子さんはお守りの中に入るとは思いもしなかった。
布団二枚を敷き、俺と色さんはそこで横になる。
寝やすい格好なのか、色さんは水色のネグリジェでいる。
静かな夜に、俺はなかなか寝付けずにいた。
「ねぇ。怪間くん、起きている?」
「なんだ。色さんも眠れないのか?」
「それはそうね。男子と一緒なんだもの」
そう言われるとそうか。
座敷童とは言え、異性の、しかも好きな人の家に泊まるのはドキドキするものか。
「なんで花子さんなのかな?」
「え」
「なんであたしを見てくれないのかな」
涙声になりながら、目を潤ませる色さん。
「あたし、こんなに好きになったの初めてなのに。なんでトイレの花子さんを選ぶかな……」
嗚咽を漏らしながら敷き布団をぎゅっとつまむ色さん。
「それは……」
「伝承や伝説なら負けていないのに。なんで?」
「俺は……。分からない。恋愛って理屈じゃないんだと思う」
そう理屈ではないのだ。
俺のこの気持ちは。
こんなにもドキドキしてしまうのは花子さんと一緒に寝るからだけじゃない。
「きっとこれからも、もっと楽しいことをしていきたいんだと思う。それが好きってことだから」
「なら、あたしで試してみる?」
「え……?」
色さんは低く潤んだ声で訊ねてくる。
「恋人としてしたいこと。これからしてみる?」
「いや。何を言っているんだ。俺はそんなことしない」
再び泣き始める色さん。
恋人としてやりたいことがたくさんあるのかもしれない。俺としたいことが。
「もう寝ろ。俺は軽くないぞ」
「そうだね。そうだと良かったのにね」
色さんは困ったように眉根を寄せて、息を呑む。そんな気がした。
夜も明けて、俺は一番に起き上がると、朝食の用意をする。
目玉焼きにウインナー、レタスとトマトのサラダ。
トーストにはジャムか、バターか。
用意ができると色さんと花子さんが起き上がる。
「美味しそうな匂い」
色さんがそう言い、目の前にある朝食を見て、笑みを零す。
昨日のことがなかったかのように応じる彼女は強いのかもしれない。優しいのかもしれない。
「わぁ、わたしの分まであるの!」
嬉しそうに飛び跳ねる花子さん。
白装束の端から純白の布が見えてドキドキする。
「こら。花子さん、見えちゃうでしょ!」
色さんがお姉さんのように叱る。
「えへへへ。ごめんなさい」
実際、見えてしまったことは言わないでおこう。
「ちょっと電話してくるから、先食べて」
俺はベランダに出ると、スマホで朱子さんに連絡をとる。
「もしもし?」
『もしもし。旭人? 久しぶりね。元気してた?』
「ああ。元気だよ」
朱子さんの後ろで金属音が鳴り響く。
「今、大丈夫?」
『ええ。それよりどうしたの? 何かあった?』
「それが、進路調査があって、大学に進みたいんだけど……」
俺はもごもごとした言い方になってしまい、聞き取れたのか心配になる。
『ああ。進路ね。確かに大学には行っておいた方がいいわね。あなたテストの点数はいいんだし』
「ありがとう」
『いいって。気にしないで。私も旭人の声が聞けて嬉しいものよ』
ありがとう。
そう言ってくれるのは朱子さんだけだったよ。
『で。プライベートの方で何かあったわね?』
「え。なんで分かった――あ」
『やっぱりあったんじゃないの。話しなさいよ!』
「分かったよ。でもバカにするなよ」
そう前置きをして俺はトイレの花子さんのこと、色さんや花古さんのことを話す。
みんなに好かれて困っていることも。
幽霊を好きになったことも。
好きな人がいるのに色さんや花古さんにドキドキしてしまうこともある、と。
全部を言うと、朱子さんは笑い出した。
「わ、笑うな!」
きっとバカにしているんだろ。そうだろ。
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