第14話 騎士堂家

 俺は花古さんと色さんを引き連れ、騎士堂さんの家に向かって歩き出す。

 彼女につながる何かが欲しい。彼女の面影を見つけて探している俺は、どんなにキモいことか。

 自覚はありつつも、生前の彼女を知りたいと思ってしまった。

 彼女の両親に会えば、何か分かるかも知れない。それこそ依代の存在が――。

「ついたみたいね」

 花古さんが呟くと、目の前には豪邸が広がっていた。

 騎士堂、の名前を見かけると、少し安堵する。

 しかし、花子さんの実家か。

 なんだか分からないが、今の今になって緊張してきた。

 ドキドキが止まらない。これはまるで花子さんと対面した時のような……。

「押さないの?」

 色さんが不思議そうに首をかしげる。

 が、そんな単純な問題じゃない。

 どうやって話せばいいんだ? 相手は子どもが死んでいるんだぞ。そう簡単に語ることでもないだろう。

 相手の気持ちを推し測るのなら、そんな悲しいことを思い出させたくない。

 でも――。

 僕は。

 僕は!

 インターホンを押す。

 関わると決めたのだ。

『はい。どちら様でしょうか?』

「私、怪間旭人と言います。亡くなったお嬢さんの件でお伺いしたいのです」

『………………』

 逡巡の声が漏れ聞こえる。

『妹の亜里砂ありさではなく?』

「はい。愛香さんに会いに来ました」

 しばらく待ってきた言葉は妹の方だった。

 しかし妹がいたなんて。俺は全然知らないな。

「愛香さんにお線香を上げさせてください」

『どうしてだ。どうしてそう言う?』

「私は愛香さんに初恋した者です。だから、今も終わらぬ恋を終わりにしたいのです」

『…………分かった。入りなさい』

 玄関が開き、年をとった男性が一人。父親だろうか。

 痩せ型、筋力もあまりなく、見た目頼りない雰囲気を持っている。しかしその目元は花子さんと似ている。

「初めまして。怪間旭人です」

「連れ添いの御手洗花古です」

「怪間くんの恋人のしき和良わらです」

 ぎろっとにらむ父親。

「いや、こいつの冗談です」

「そうです。恋人の予約をしているのは私です」

 花古さんも何を言っているんだ……。

 頭痛が痛くなるような気持ちで頭を抱え込む。まあ、頭痛が痛くなることはないのだが。

「は、はぁ……」

 困ったようにため息を吐く父親。最初の怪訝な雰囲気はだいぶ和らいだ。

 もしかして二人はこれを見越して……

「何よ。無表情おんな!」

「あら。過激な色さんには分からないことがあるのよ、贅肉おんな」

 色さんの無駄に大きい胸を言っているのだろうけど。贅肉か?

 二人はこうしていがみ合っている。だから計算ではないようだ。

 まったく。この二人は。

「上がってください」

 玄関前で立ち止まる父。

「は、はい」

 俺は慌てて駆け出す。

 父にトイレの花子さんのことを話すべきなのだろうか。

 あなたの娘さんは成仏できずに現世をさまよっています――いやダメだろ。父が悲しむに決まっている。

「愛香はいつも年下の男の子を気にかけていてね。確か中学生で、そう。名前は怪間……」

 そこまで口にしてハッとする父。

 俺も驚き目を見開く。

「彼女。僕のことを何か言ってましたか?」

「自信がなさそう、と。だから同級生の自信家に教えてもらなさい、と」

 そうか。それで僕は赤羽根師匠と出会ったのだ。

 でも騎士堂さんは、その後、いじめにあった。

 正直理解が及ばない。

 なんで彼女がいじめられたのか。そうなってしまったのか。

 仏壇の前でお参りをすると、俺はリビングに通された。

「愛香が亡くなったのは三年前のことだ。未だに彼女の死を惜しんでくれる人がいるるとは思わなかったよ」

 父親が丸眼鏡をふきふきと、ハンカチで拭きながら呟く。

 覇気はなく、どこか疲れた様子の父。

 もしかしたら、彼女の死で色々と変わってしまったのかもしれない。

 あるいは、彼女を思い出してショックを受けているのかもしれない。

 俺はどうしたら良かったんだ。

「愛香は母さん似でな。料理もできたし、裁縫もできた。このマスクも愛香が作ってくれたものだ」

 そう言って引き出しから取り出されたマスク。

 綺麗に裁縫されたマスクを見せつけてくる。

 父は楽しそうに生前の彼女との思い出を語る。

 運動会のかけっこで一番になったこと。

 勉強で100点をとったこと。

 友達とのお泊まり会。

 それらの写真をとりだして事細かに説明してくれた。

「愛香は懸命に生きていたんだと思う。あの子はいつだってそうだった。だから許せない。死に追いやった犯罪者どもを」

 そうだ。

 あれはいじめじゃない。犯罪だ。

 資料を読んでいて泣けてきたのだ。

 アルバムの中から、お守りを大事そうに握っている愛香の姿を見つけた。

「このお守り……」

「そうだ。このお守り、なんでも年下の男の子からもらったといってはしゃいでいたな」

 そうだ。このお守りは俺が愛香さんにプレゼントしたものだ。

 少しでも振り向いてもらいたくて。ちょうど中学三年の合格祈願でもあった。

「このお守り、未だに見つかっていないんだ」

 悲しそうに微笑む父。

 もしかして、これが依代に? ……いいや、そんなバカな。

 それじゃあ、俺と花子さんは両思い? まさかね……。

「愛香にも想いを寄せる子がいたんだよ。色恋沙汰にも興味があってな。普通の女の子だった。なのになぜ死ななきゃならないんだ! なんでうちの子が!」

 怒りを表すように机を叩く父。

 その気持ちは計り知れない。きっと父にも思うところがあるのだ。

 俺がそうであるように。

 いじめがあってから人生を狂わされた、それは俺だけじゃない。

「なのに、なんで君たちは生きているんだい?」

 話の方向がこちらに向き、むあっとした気持ち悪さがこみ上げてくる。

「なぜ。うちの子は死ななきゃならなかった! お前たちじゃ、ダメだったのか!?」

 暗に死ねと言われていることにショックを受けた。

「君たちはのうのうと生きているのに。なぜあの子だけが……!」

 俺の手をつかみ、相当な握力で握るので、痛みだけが伝わってくる。

「わ、私たちはそろそろおいとましましょう。ね?」

 冷静沈着な花古さんがそう言うと、俺と色さんも立ち上がる。

「なんで。なんで!」

 リビングに置き去りになる父は嗚咽おえつを漏らしながら机を叩いていた。

「ただいま、ってあれ? 誰?」

 玄関に向かうと、ちょうど帰ってきたらしい少女がこちらを見つめていた。

 顔立ちはどことなく花子さんを思わせる。

 茶髪を肩口で切りそろえており、翡翠色の目がくりくりと輝く。どことなくすれた性格を思わせ、制服は着崩している。

「お客さん?」

「はい。でももう帰りますので」

 困惑している俺の代わりに答える花古さん。

「そう。お父さん、病気なの。気にしないで」

 俺の赤くなった腕を見て、ボソッと呟く。

「でも、姉ちゃんに会いにきてくれてありがとう」

 ペコリと頭を下げ、ニカッと笑う少女。

 確か父が言っていた。

「うちは亜里砂ありさ。愛香の妹の騎士堂亜里砂。何かあればぜひ」

 そう言ってスマホを開く。

 どうやら連絡先を交換しようとしているらしい。

「うちと連絡先、交換しよ?」

「あ、ああ」

 確かに何か遭ったら交換しておくのがいいか。

 花子さんともう一度出会えれば、ここに来る可能性もあるだろうし。

 いや待てよ。

 でも……。

 俺がここに来たことを知ったら花子さんはどう思うんだろう。

 分からない。

「さあ。交換しよ」

 亜里砂に押し切られる形で連絡先を交換する。

 本当はトイレの花子さんのことを伝えるべきなのかもしれない。

 でも、伝えてどうなる。

 花子さんは幽霊だ。

 生きていない。

 もう戻ることはできない。

 何も変えることなんてできない。

 もう過去のことなのだから。

 誰も過去には戻れない。過去は変えることができない。


 だから――。


 俺は未来に進む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る