第12話 別れ。
ゴーストバスターズがトイレの花子さんを追い出す、その日。
俺は必死に抵抗し、掃除用具でバリケードを作り、ヘルメットをかぶった。
「やらせないぞ」
「怪間くん。そんなことしないで。わたしはもう大丈夫だから」
「何を言っている。花子さんはまだやり残したことがあるんだろう?」
だから地縛霊としてこの地に宿っている。依代を媒介として。
その依代さえ見つかっていれば、何の問題もないというのに。
結局、依代は見つからなかった。
ゴーストバスターズは動き出す。その仲間の花古さんも冷静な顔色で俺に話しかけてくる。
「怪間くん。我々はトイレの花子さんの除霊を申し使っている。早く開けなさい」
誰も知らない。
花子さんが笑うときの華やいだ顔を。
泣いたときの悲しい顔を。
喜ぶと辺りを飛び回り、笑顔を見せてくれることを。
何も知らない。
何もできない。
そんな無力さに、焦り、苛立ち、そして俺はこの先きっと後悔する。
花子さんをいじめるのは排除する。
俺は俺のため、花子さんのため、この場所を守る。
「おめーの気持ちなんざどうでもいい。アタシはアタシの仕事をする」
花古さんの仲間か、金髪の美少女が近寄ってくる。手には掃除機を持ち、バリケードを破壊し始める。
「もういい。もういいのよ」
花子さんが泣きながら俺に抱きつく。
「もうわたし幸せだったから。ここ一週間、みんなと仲良くできて幸せだったから」
目から真珠のような大粒の涙を流しながら花子さんは、優しく包み込んでくれる。
「もうわたし、幸せだったから」
「違う。違うよ! こんなの間違っている。だって花子さんは何も悪いことしていないじゃないか! なのに、こうなるって。ひどいよ……」
安藤の母が訴えかけてゴーストバスターズが動き出したという。そんなの許せないじゃない。
だって花子さんはこんなにも気の小さく、繊細で、はつらつとしていて、それでいて――。
バリケードが破壊され、金髪ツインテールの美少女が笑みを浮かべる。
「今楽にしてやるからな」
「怪間くんはこっち」
そう言って花古さんが俺の手を引っ張る。
そしてトイレから遠ざける花古さん。そして色さんまでもが俺を抑えにかかる。
「もう諦めなさい。怪間くんは十分、素敵な思い出を作ったわ」
「色さん。それはきれい事だよ。彼女はまだ死にたくないんだ。それを無理矢理……」
そう無理矢理連れ去るなんてどうかしている。あんなに生き生きしていた花子さんを除霊するなんてあんまりだ。
「大人しくしろ!」「……」
筋骨隆々な二人組の男が暴れる俺を取り押さえる。彼らもまたゴーストバスターズらしい。
「は・な・せ!」
大声を上げるが、俺を味方するものは一人もいない。
除霊されるのが当たり前と、だからみんな否定しない。反抗はない。むしろ俺が異端者として見られる。
あざ笑うような陽キャがいる。仲間になりたがならい陰キャがいる。
チクッと肌に痛みが走る。
「何をした?」
「眠ってもらう。その間に全てを片付ける」「……」
二人組の大男はそう言い放つと、俺を解放する。
「お、俺は……」
薬が回ってきたのか、目の前がクラクラする。
床に崩れ落ちるのに、そう時間は要らなかった。
「怪間くん!」
トイレの花子さんの声だけが鮮明に聞こえた。
でもその続きを聴くことはできなかった。
俺は深い眠りについたのだ。
見知らぬ天井。
白塗りの天井は見たことがなかった。少し医薬品臭い。
恐らく保健室だろう。
俺には無縁の場所だったから、知らないのだ。
怪我をしたことがない。それは実力以下の力しか発揮したことのない俺にとっては当たり前のことだった。
いつも余裕を持ち、目立たないように過ごしてきた。その罰がこれか。
俺は急いで立ち上がり、ふらつく足取りで一年の男子トイレ。それも花子さんのいる奥から二番目のトイレに駆け込む――が、そこには殺風景なくりぬかれた空間が広がっているのみ。コンクリートと鉄骨が剥き出しの、何もない空間。
説明を求めようにも誰が知っているのか。いや証人はたくさんいる。でも聴くのが怖い。
俺は花子さんの最後を看取ることすらできなかった。
そのことが悔しい。悲しい。辛い。
俺はなんでここにいるんだ?
涙を流しても答えてくれるものはいない。
俺は失ったのだ。大切な人を。
胸が痛い。苦しい。辛い。
気持ち悪くなり、他のトイレに駆け込む。
――大丈夫?
そう呼びかけてくれる声はもう二度と聞けない。
嘔吐し、身体が拒絶反応を示す。
優しく暖かなあの顔はもう見ることができない。
情けない話だが、俺はだいぶ疲弊しているらしい。
花子さんはもういない。
「もう少し休め」
南十先生が俺の肩を抱きかかえる。
「先生、今は授業中じゃ」
「生徒一人守れないで、何が先生だ。わたくしは生徒を守るために存在する」
「格好いいですね」
「かっこつけているからな」
そう言い保健室まで連れていく南十先生。
「しかし怪間も難儀な男だな」
意味が分からずに首をかしげる俺。
「大切な人が、トイレの花子さんとはな」
「ははは。確かにそうですね」
難儀かもしれない。
「とりあえず、今日は休め。明日になったら伝えたいことがある」
「?」
何だろう。伝えたいこと? 分からない。
でも俺は少し休むことにした。
授業が終わり、鐘の音が鳴る。
「怪間くん」
「怪間くん!」
花古さんの覇気のない声と、色さんのはつらつとした声が聞こえてくる。
「ああ。二人とも。どうしたんだ?」
「ごめんなさい。私がいたらないばかりに」
ゴーストバスターズの一人。でもだからと言って花古さんを恨むのは筋違いだろう。
「あたしにも何かできないかな。あたし、このままじゃ、気が済まないよ」
色さんが感情的になっているのが分かる。
でも――。
「いいんだ。こうなる運命なんだよ。俺は――持っていないからな」
声が震えていた。
どうして。
止めようとしても震えは止まらない。
俺は間違っているのかもしれない。
でも、それでも花子さんにもう一度会いたい。
そう思えてしかたない。
もどかしい気持ちを抱きながら、俺は色さんと花古さんを見やる。
「俺はもう大丈夫だから」
「そんな!! そんなはずは……」
色さんが声を荒げてベッドの端をつまむ。
「怪間くんは無理をしているよ」
「だろうね」
「だったら!」
「でも今の俺に何が出来る? 何も出来やしない。花子さんのことはもう過去のこと」
そうだ。過ぎてしまった時間を過去という。
逃れられないもの、それが自分。そして取り戻せないもの、それが過去。
だから俺がどう足掻こうが世界は変わらない。何も取り戻せない。
過去によって変えられるのは、今の自分の気持ちだけだ。
未来は変えられるのかもしれない。それとも未来も定められたものなのかもしれない。
変えられないのなら、笑顔で過ごしたい。楽しいことを見つけて生きていきたい。
変えられるのなら笑顔の世界にしたい。みんなが笑って過ごせる――そんな未来がいい。
ぎこちない笑みを浮かべ俺は色さんと花古さんに言う。
「俺はバカだから。こんなことにも気がつけないなんて」
「トイレの花子さんのこと、好きだった?」
花古さんがふんわりと柔らかい笑みを浮かべる。
「そうだね。俺はトイレの花子さんが好きだった……」
不思議と涙は流れない。
外に視線をやると部活動の声が聞こえてくる。
「そんなあなたに朗報よ」
花古さんが少し張り上げた声で呟く。
「トイレの花子さんはまだ生きている」
「!! どういう事だよ?」
俺の声は思っていたよりも強く、激しかった。
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