第11話 最後の思い出作り
「いい加減に教室に戻れ!」
南十先生がお怒りの様子で男子トイレに入る。
「だって、まだ依代が!」
「その前にお前らは学生だ。本分は勉強をすることだぞ」
ビシッとした様子で告げる南十先生。
「で、でも……!」
「口答えするな。明日も、明後日もあるんだぞ。業者が動くのは土曜だ」
「そう言ってくれればいいのに」
「なんか言ったか?」
「なんでも在りません!」
俺は南十先生に敬礼をし、男子トイレを後にする。
「しかし、怪間。お前のそれは純愛なのか?」
「え」
「亡霊に恋をする。正気の沙汰と思われないのが一般的だ。お前のそれは間違っていないんだよな?」
緊張でゴクリと喉が鳴る。
もしかしたら――。
それも分かっていた。
「怪異と恋になる。それは本当に健全な付き合いなのか?」
南十先生の言葉が重くのしかかってくる。
確かにそれは本当に健全なのか、分からない。
彼女の影響力は強いが、花古さんの父の件もある。もしかしたら、俺が今度は取り込まれてしまうかもしれない。
本当に俺のことを思ってくれているのか、大切に思ってくれるのか、それは花子さん本人にしか分からない。
それでも、俺は……。
「結論はでたみたいだな。行け。授業をおろそかにするな」
「はい。分かりました」
葛藤もある。不安もある。でも、俺は俺には大事なものがある。それを忘れてはいけない。
だから、前に進む。間違えていたとしても。その先に何が待っていようとも。
俺は種を超えた恋愛をしようとしている。
立ちはだかる壁は大きい。
花子さんは本当は悪い人なのかもしれない。それでもいい。
一方的と笑うならそれもいい。
でも俺は花子さんを好きになってしまったのだ。この気持ちは誰にも消せやしない。
花古さんや色さんのように気持ちを確かめるような人もいる。いや、実際に俺のことが好きなのかもしれない。でも、それでも。俺は花子さんが好きなんだと思う。
この恋い焦がれる気持ちを、他の呼び名を知らない。だから恋なのだろう。それが一番適切な言葉だと思った。
感情を、気持ちを、心を言葉にするのは難しい。本当の気持ちを、心の内を話すのはとても労力がいる。間違った言葉で人を傷つけることも、誤解を招くことも多い。
わかり合いたい。
そう思える。
相互理解による平和な世界を築いていく。
それは難しいことであると同時に、とても大事なことと気づく。
俺はそんな人間の営みが暖かく感じる。勇気をもらえる。
その先に生きている意味があるように思えてならない。
俺が好きなのはこの世界に息づくみんななのかもしれない。
授業を終えると、真っ先にトイレに向かう。
「花子さん。出てきて」
「なに? 怪間クン」
「俺、頑張るよ。頑張って花子さんを他の場所に移動させるよ」
「そっか。わたしも手伝える?」
首をふるふると振り、俺は否定する。
「実体のない花子さんでは探せないよ」
「そうかもね。でも、わたしも手伝いたいの」
少し眉根を下げて、懇願するように呟く花子さん。
「なら、周囲を見渡してみて」
「周囲?」
疑問符を浮かべるようにして個室の上から周りを見る花子さん。
「誰か来たら呼んで。そして依代の在処を探すんだ」
俺は心に誓い、周囲を目を皿にして見やる。
だが、
「見つからない……」
もうすでに三日目。
見つかる気配はない。
トイレの中で可能性のある掃除用具なども動かしてみたが、花子さんに変わりはなかった。
他にもトイレットペーパーの芯などがあるが、全部ここから離れても問題ないものだった。掃除のおばちゃんが毎度毎度トイレを清掃してくれている。
これは思ったよりも難儀な問題だろう。
「すまない。俺の力不足だ……。花子さんとはもっと楽しい思い出を作りたかったのに」
「なら、そうするのもアリだと思うわ」
一緒になって探していた花古さんがボソッと呟く。
「どういう意味だ?」
「そのまんまよ。依代を探すのを諦めて、残りの時間を思い出作りの、楽しい時間にしようっていうことよ」
相変わらずの抑揚のなさには不安を覚えるが、確かに言っていることは正しいのかもしれない。
花子さんと離ればなれになる前に思い出を作る――それもありなんじゃないか。
「そうと決まれば!」
色さんが余っていた机を引っ張ってきて、その上に人生ゲームを広げる。
「さっそく遊びましょ!」
破天荒な色さん。意外な一面かも。
「いいよ。やろう」
俺の承諾を受けると花子さんが嬉しそうに人生ゲームの駒を選ぶ。
その横顔が素敵で、黒髪パッツンのロング、俺の好きが詰まった顔で真剣に挑む。
こうなったら花子さんは止まらない。
花古さんと色さん、それに俺。みんなが花子さんを祝福してくれている。
なんという感動敵な場面だ。
幽霊であっても、みなと楽しむことができるのだ。
予鈴が鳴り、俺たちは一旦解散することとなった。
教壇に立つ南十先生が、プリントを配り始める。
「ホームルームでも言ったが――」
「先生、聴いてません」
「怪間はいなかったからな。ちゃんと聴け」
「はーい」
そう言って前から流れてきたプリントを受け取る。
「これから授業を受けるにあたり、自分らの進路を調査を行う。提出は一週間後だ」
「「「え――っ!」」」
不満の声が上がる。
まだ一年の、しかも五月にそんなことを言われるとは思ってもいなかった。
さすがは進学校。それも国立の。
頭の良い人しか入れない学校なのだ。
そう言えば安藤を見かけないな。
俺は隣の席にいる花古さんに耳打ちする。
「休学処分よ。すぐには帰ってこないわ」
花古さんは小さな声で応じる。
「そっか。ありがと」
くしゃっと笑うと、頬を赤らめて、俯く花古さん。
どうしたのだろうか?
しかし、安藤の奴、停学処分とは。
ざまぁ!
先生が黒板に書くのをノートに書き写していく。
俺は一度、先生の言ったことを映像として記憶する。そのあとに音を乗せるのだ。
独特の記憶方法だろう。
「しかし、進路調査かー」
「私はもっと勉強してゴーストバスターズの管理職になりたいかな」
「あたしはOLでいいかな……」
みんな進路が決まっているようで、俺は焦燥感を覚える。
進路なんて今すぐ決めるようなものじゃないだろうに。
俺は頬を掻きながら、進路表を鞄の奥にしまう。
進路か。俺は何になりたいのだろうか。分からない。
朱子さんにでも相談しようかな……。
昼休みになり、俺は弁当箱を持ってトイレに向かう。
もう時間がない。だから良い思い出を作ろう。そうしよう。やれることはやったのだ。
美味しい匂いにつられてやってくる花子さん。
「おいしそうな匂い~♪」
傍によってくると、弁当箱を手渡す。
この前分かったが、念能力の応用で実体化できるようになった。それに伴い味覚もあるらしい。
おいしそうに弁当を食べる花子さん。
卵焼きにタコさんウインナー、芋と大根の煮物、白米には梅干しがある。
それを美味しそうに頬張る花子さんを見て、作ってきて良かったと思う。
俺も自分の弁当を広げ、食べ始める。
ここはトイレだが、普段から人が寄りつかないので、綺麗なままだ。用務員さんが掃除してくれているのも理由の一つだろう。
「いないと思ったらここにいたのね」
花古さんが冷笑を浮かべ花子さんを見やる。
「まあ、私も人のことは言えないか……」
冷笑が失笑に変わり、惣菜パンを取り出す。
「何やっているんだ?」
「見て分からない。昼食よ」
「いやでも……」
俺は花子さんとふたりきりがいい。
「いいじゃない別に……」
「そうかな。あたしも一緒していい?」
色さんもやってきて賑やかになった。
彼女も昼食を食べに来たらしい。弁当箱を広げている。
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