第10話 安藤の企み
翌日。
俺はトイレの花子さんに会うため、朝早く起きて、弁当を詰める。
そして自転車にまたがり、午前八時に学校へ向かう。
教室に鞄を置くと、弁当箱を持って男子トイレに向かう。
「花子さん。花子さーん!」
奥の個室から二つ。そこにいつもいる花子さんに呼びかける。
が、いつまで経っても返事はない。
弁当の箱を開けてみるものの、返事はない。
おかしい。
いつもの花子さんなら飛びついてきたのに。
「花子さん!」
叫ぶように呼んでいたら、いつの間にかトイレ入り口に人が集まっていた。
花子さんと仲良くしている、おかしな奴。
そう叫ぶ声が聞こえてくる。
その集団の中から見覚えがある男が一人現る。
「安藤」
「ふ。フフはははは! ようやくその顔を見せたな! オレ様の思った通りの顔をしてくれてありがとう」
嫌味たっぷりに顔を歪め、性格の悪そうな笑い声をあげる安藤。
「貴様。何をした?」
「いや、なに。ちょっと花子さんと会話をしただけだ」
「会話?」
「花子がいるだけで、怪間の日常が、友達関係が潰れていくという、事実をな!」
哄笑を浮かべ、嬉々として告げる安藤。
「ふざけるな!」
飛び出しそうになった拳は花古さんによって止められる。
「暴力は良くないな」
「離せ! 俺は、俺は!」
言葉にならない言葉が口ごもらせる。
こんな気持ち初めてだ。
喉の奥からこみ上げてくるような胃液。気持ち悪さ。
目の前の憎き相手を殴ることすらできない。
「ほらさ! 同類だからさ!」
安藤が嬉々として笑いを浮かべる。
「同類?」
「お前も欲情を満たしたいンだろ? ほら正直に言ってみろよ」
「そんなんじゃない! 俺は、俺と花子さんは!」
「怪間くん……」
隣で聴いていた花古さんが悲しげに目を伏せる。
「は? てめーまた主人公気取りかよ。いい加減鼻につくンだよなぁ!」
安藤が殴りかかってくる。
鼻血が飛び出し、頬に薄い
「……殴れよ。お前の負けだ。暴力でしか解決できないとか」
「は。何笑ってんだよ。こら!」
安藤が再び拳を振り上げると、その手が止まる。
捕まれたのだ、教師陣によって。
「事情を聴く。安藤、それに怪間、来い」
「私にも説明させてください」
花古さんが抑揚のない調子で告げる。
「……分かった。来なさい」
クモの子を散らすように野次馬の群が裂けていく。
俺は先生に寄りかかりながら指導室へ。
第一指導室には安藤が、第二指導室に俺が押し込められると、
「さて。今回だが、どうしてキミは殴られたのだ?」
「……分かりません」
ふーっとため息を吐く南十先生。
「私は咎めようとしている訳じゃない。ただ事実を知りたいんだ」
「それなら、最初から話します」
俺はそれから朝早くにトイレの花子さんを呼び出したことを告げる。
あまりいい顔はされなかったが、続ける。
そのあとに安藤によって花子さんと会えなくなったこと。そしてあっちがいちゃもんをつけて暴力を振るったことを正直に話した。
「そんなことが」
「はい。ありました」
「ふむ。キミの痣から見ても、証言と一致するか……」
おとがいに手を当てて考え込む南十先生。
「しかし、怪間。本来なら異端であるトイレの花子さんだ。周りからすれば気色悪く映るのは承知しているのか?」
「はい」
自信満々に嘘偽りのない声を上げる。
そんなのは分かっている。
彼女は日常生活では会ってはいけない存在なのだろう。だが、俺の心は違う。会いたいと素直に思える存在なのだ。
それほど、俺の中では大きくなっていた。
「しかしまあ、怪間が素直でいてくれて嬉しいよ。私は」
柔和な笑みを浮かべる南十先生。
「そんなキミに言って起きたいことがある」
「なんですか?」
「トイレの花子さんはゴーストバスターズによって排除される。時間がない。早く依代を見つけるんだ」
「!? なんで!?」
「教育委員会の安藤さんが筆頭に異物の排除を申し出た。学校側としては看過できない事態になっている」
安藤。もしかしてあの安藤の親か。
どこまでも嫌味な奴だ。
「俺は」
「救うんだ。花子さんのことを」
肩にぽんと置かれる手。
「お前ならできる。怪間。自分を信じろ」
「はい……。はい!」
俺は指導室を出ると、すぐにトイレに向かう。
個室に入ると、トイレの隅々まで見て回る、が依代というのが見当たらない。
予鈴が鳴り、少し早めに引き上げる。
「またくるから」
そう残し、トイレを後にした。
「怪間くん。大丈夫?」
昼休みに入り、色さんが話しかけてくる。
「ああ。ちょっと痛いだけだ」
痣になった頬を撫でる俺。
「それもだけど、花子さんのこと」
そっちか。確かに大丈夫とは言えないだろう。
いつゴーストバスターズに襲われるか分からないのだ。
早く依代を見つけたい。だが、トイレの中で隠す場所などない。どこにあるのか……。
「何かあったら言って欲しいかな」
色さんが困ったように眉根を寄せる。
「ああ。何かあったらこっちから頼むよ」
「なら、いいのだけど……」
「それなら、私から提案があるわ」
「御手洗ちゃん……」
色さんと俺の間に割って入るようにして話しかけてくる花古さん。
「提案?」
「私たち、ゴーストバスターズが任務を終える前に依代を別に移動させるのよ。それで全てが終わる」
みんな依代を確保することを言う。
「だが、その依代が見つからないんだ」
「その程度の男だったのかな。残念ね」
つまらなさそうに呟く色さん。
「私ならこうして授業を受けている場合じゃないと思うわ」
「授業を、サボる……? そんな不良みたいな……」
「真面目ね。好きよ。そういうの」
薄っぺらい言葉を放つ花古さん。
「三人でかかればすぐに見つかるって。元気だすかな。怪間くん」
「まさか、君たちもサボるのかい? そんなバカな……」
花古さんや色さんにはお世話になった。それでも依代を、彼女を見つけ出さなくてはいけないのか。
チャイムが鳴ると同時、俺たちは男子トイレに向かう。
「何をしている!? 授業が始まっているんだぞ!」
南十先生が怒りを露わにするが、構わず俺たちは花子さんのいる男子トイレに向かう。
男子トイレの中に入ると、色さんが声をあげる。
「あたしは怪間くんとプールデートをしたかな」
「それなら私はカフェや映画館に回ったわ」
なぜかトイレ全体に響くようにして、言う。
「プールでは怪間くんの肉体美を見ることができてごちそうさまでした!」
「映画では観点の違う見方が話できて面白かったわ」
「二人ともなに、叫んでいるのさ!」
「「しー」」
静かに、と二人から言われる。
「もう! なんて羨ま、けしからんことをしているの!」
キタ――――――――っ!
ようやく姿を現したトイレの花子さん。
「は、花子さん?」
「は。しまった!」
花子さんは驚いたように口を覆う。
「待って。花子さん」
逃げようとする花子さんを呼び止める。
「俺と、デートしてください」
「え。でも、どうやって……?」
困惑する花子さん。
「依代を見つけよう」
代弁するように立ち上がったのは花古さん。
「あたしも手伝うかな」
色さんがふふと笑う。
なんで二人とも恋敵を助けるのか、その気持ちはさっぱり分からないけど、これはありがたい。
「二人とも……。ありがとう」
自然に感謝が漏れ出ていた。
「言われるまでもないって。どうせ怪間くんはあたしのものだし」
得意げに話す色さん。
「このままでは花子さんが不憫だからな」
そう言ってあっちこっち探す花古さん。
どうやら二人とも探してくれているようだ。
「わたし、依代の場所を知らないの。どうしたらいい?」
泣き顔になった花子さんも可愛いな。
しかし、
「前髪パッツンの方が好きだな」
うんうんと頷いていると、花古さんと色さんがジト目を向けてくる。
はいはい。探せばいいんでしょ。
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