第9話 プール。カラオケ。
浅いプールに来ると、小学生やその保護者が集まっていた。他にプールサイドでパシャパシャと水を掻く音が聞こえる。
俺たちと同じように浅いプールをのんびりと遊ぶ人もいるらしい。
レンタルしてある水鉄砲を片手に俺がプールサイドに立つ。
隣には色さんがいる。彼女も水鉄砲を掲げ、ニヤリと笑う。
ちなみに水鉄砲は本物の拳銃やマシンガンを意識してあるのか、かなりリアルで重厚に見える。
俺はトカレフ、色さんはFN P90を手にしている。
「行くよ!」
色さんはペロリと舌なめずりをし、プールに入る。
続いてプールに入ると、俺と色さんは歩き、両サイドにたどり着く。
「射撃演習、開始!」
俺と色さんは一気に走り出し、お互いに水を発射する。
かわしつつ、水にもぐり、水の軌道を読み回避していく。
何度も受ける水に冷たさを感じつつも、俺と色さんは楽しんでいた。
しばらくしていると、係員がやってくる。手のひらサイズのボールを箱いっぱいを持っているようで、メガホンで呼びかける。
「はーい。ここで皆さんにお知らせがあります。こちらのボールをたくさん手にした人に、二人分の温泉旅行にご招待! 皆さん、頑張ってください」
そう言ってばらまかれるボール。
「なんだか知らないけど、勝つかな!」
色さんはえへっと破顔すると、すぐにボールを取り始める。
「負けられるかよ」
俺は慌ててボールを取り始める。
温泉旅行と言ったか。二名分。
このまま色さんが勝ったら、連れていかれるのだろう。それはダメだ。
俺は花子さんと一緒にいたい。彼女がいい。
そうは思っても、足取りは重い。
俺はどうしたい?
どうすればいい。
ボールをかき集めると、係員がメガホンを構える。
「そこまで!」
両手いっぱいになったボールを見つめ、係員に渡していく。
順番待ちしている子もたくさんのボールを持っている。色さんも係員にボールを渡すと、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「温泉旅行、当たるといいね!」
「いや、俺は……」
渋っていると、怪訝な顔をする色さん。
「いいじゃない。あたしと一緒に行っても」
心を見透かされているようで気分が悪い。
「花子さんや御手洗さんの方が良かったかな?」
意地の悪い笑みを浮かべ、訊ねてくる。
「いや、今は分からない」
そうは言ってもまだ心の中ではくすぶっている。
「おめでとうございます! そちらの彼氏さんに温泉旅行をプレゼントします!」
そう言って振り返ると、知らぬ顔の男の子がプレゼントを受け取っていた。彼女らしき人物が嬉しそうに口元を覆う。
「二位だった彼にはこちらをプレゼントします!」
俺にもあるらしくちょいちょいと手招きされる。
ふふんと鼻を鳴らし、色さんの前を通り過ぎる。
「ぐぬぬ。今度はあたしが勝つかな!」
「次はないぞ」
「映画のチケットです! ぜひとも彼女さんを誘って行ってくださいね!」
二人分のチケットらしい。今
温水プールも終わり、気もそぞろのまま、俺たちは帰り道を歩く。
「プールも終わっちゃったね」
「ああ。でも十分楽しんだだろう?」
「それもそうね。でも、あたし。帰りたくない」
「……」
俺たちは高校生だ。そんなことを言われても困る。
「今日は怪間くんと一緒にいたいな」
「そんなことを言われても……」
不実なことはしたくない。俺はまだそんな気持ちになれない。
どうすれば、色さんを納得させて帰らせることができるのだろうか。
「じゃあ、カラオケとかでオールする?」
俺は以前に赤羽根師匠から教わったことを真似てみる。
「いいね! カラオケ。あたしも歌いたい気分かも!」
テンションが上がる色さん。
駅前近くにあるカラオケ店、《オリーブサブレ》で俺たちは学割を利用しつつ、個室へ案内される。
ドリンクバーに手間取りながら、俺はコーラを手にして個室に入る。色さんはアイスティーを選んでいた。
紅茶、好きなのかな。
「わぁあ。ここで歌っていいのかな!」
「え。もしかして初めて?」
「うん!」
大げさにコクコクと頷いてみせる色さん。
「俺、ヒトカラには来るから、少しは分かるよ」
そう言って端末を手にする俺。
「これで曲を選ぶんだ。って、あれ?」
「ヒトカラ、今度はあたしを誘ってね!」
「え。まあ……」
歯切れの悪い言葉になり、俺は曲を入れる。
「ポケット怪獣の《目指せ! 怪物マスター》を歌うよ」
「なるほど。こうするのね」
隣で見ていた色さんが学習したのか、二つ目の端末をさわり出す。
俺が一曲歌い終わる頃には、今度は色さんが歌い始める。
曲は《盤上の世界》で、これはとあるライトノベルのアニメ化曲だ。
彼女もアニメとか見るのか。
意外と俺と気が合うのかも……。
いや俺には……。でも、ちょっといいかも。
俺はこんなに揺らいでいる。なぜだ。
心に誓ったはずなのに。
なんでこんな気持ちが揺らぐ。
自分で自分の情けなさに気がつき、落ち込む。
もういっそのこと、このままどこかへ行けたらいいのに。
遠い星々のどこかへ。
カラオケが終わり、夜の一時。
俺は色さんを学校近くの寮に送り届けると、自宅のあるアパートに向かう。
赤羽根師匠に相談するか。
メールで「相談したいことがあるのですが」と送るとすぐに電話が鳴る。
「こ、こんばんは」
赤羽根師匠と会話するとき、俺はいつも緊張してしまう。
『こんばんは。なんだ。意外と元気そうじゃないか』
「それが、恋愛相談でして……」
『そうか。お前も俺と似て格好いいからな。すぐにモテモテだろう』
「そう、なのでしょうか……?」
俺は逡巡したあと、応じる。
『それで、何があった?』
俺がトイレの花子さんと御手洗花古さん、それに色さんの三人のことを言うと、赤羽根師匠は真剣に悩み始めた。
『まず、キミはどうしたいんだ?』
「トイレの花子さんと一緒にいたい。でも、他の子も気になる」
『無理に一人に絞る必要なんてないんじゃないか? キミの環境もダイブ複雑そうだ。きっと悩んで当たり前の状態だろう。でも、そんな素直なキミがきっとみんな好きなんだ』
こんなに親身になって相談に乗ってくれるなんて。やはり相談してみて良かった。
『あとは気の持ちようだな。理性を失ってはいけない。キミはみんなから好かれている。ならみんなから尊敬される人であれ』
「尊敬……」
俺にそんな要素があるのか。
いやなくても出していかなくちゃいけないんだ。
『安心しろ。自信を持て。トイレの花子さんだって、きっとキミが好きだ。ただし
自惚れる、そうなりかけていた俺がいると思う。
「師匠、俺はこれからどうすればいいのでしょうか?」
『そうだな。まずはトイレの花子さんと会話しろ。そこで決着がつくはずだ』
「決着……」
それだけで決着がつくのだろうか。
赤羽根師匠は本当にそう思っているのだろうか。
『一緒にいて楽しい奴。それがキミにとっての一番大切な人だ。その気持ち、忘れるなよ』
ぽんと肩を叩かれたような気がして、俺は熱く感じた。
そうか。
一緒にいて楽しい、か。
確かに花子さんと会話しているとき、楽しかった。
花古さんや色さんでは味わえない気持ちを感じた。
それでいいのか?
「でも、俺は二人をふるのが、傷つけるのが怖いです」
『そうだろう。仲が深まれば深まるほど、傷は深くなる。今のうちだ。それに傷つけるのは人間である以上覚悟しろ。それが生きるということだ』
「生きる?」
『矛盾をはらみながらも存在し続ける、傷つける覚悟を持つ。それが生きているってことだ』
「……!」
傷つける覚悟。
生き様が違う、俺と赤羽根師匠では。
俺は未熟さを痛感しながら、赤羽根師匠に感謝を述べ電話を切る。
明日、トイレの花子さんに会いに行こう。
そう決めて、今夜は寝た。
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