第7話 プール その一
花子さんが悲しそうに目を細める。目の端からは涙が溢れ、雫となって落ちていく。
その涙一つ一つがトイレの床に貯まっていく。
「どうした?」
「わたし、もう怪間くんとは会えないの。ごめんなさい」
「どういう、こと……?」
怪訝な顔を浮かべて訊ねると、くしゃりと笑みを崩す花子さん。
「ごめんね。ごめん」
「謝っていたばかりじゃ、何も分からないよ!」
俺は叫ぶが花子さんとの距離がだんだんと遠くなる。
まるで、俺たちの関係を示すように。
ドンドンと離れていく。
それが悲しくて、悔しくて。
しどろもどろになりながらも、手を、足を掻く。まるで海の中にいるように。
だが、その水も抜けていくと、今度は花古さんが声をかけてくる。
「父と同じ目に遭うよ」
たったその一言で気分が落ちる。身体が重く感じる。
重い水でも背負ったかのような倦怠感に、俺は立ち上がれない。
「あたしにしておけば良かったのに」
色さんが現れ、そう告げる。
「後悔させないかな」
「そんなこと!」
俺はすでに後悔している。
花子さんと一緒になれなかったこと。一緒に生きていけなかったこと。それが悔しい。悲しい。
俺はそれが嫌で嫌でしょうがない。
ぶんぶんと首を横に振り、立ち上がると、ぶん殴られる。
安藤。
「てめーのせいで、おれの彼女は!」
苛立ちを露わにする安藤。
え。俺の、せい……?
何があったのかも分からずに安藤が叫ぶ。
「てめーの顔なんて見たくもない!」
「待て!」
そう叫ぶと、俺は空気をつかんでいた。
じりじりと鳴り響くスマホのアラーム音。
朝だ。
今までみていた世界は夢の中。嫌な夢だった。
俺は起き上がり、支度を済ませると、色さんとの待ち合わせ場所に向かう。
しかし、嫌な夢を見た。まるで悪夢のような……。
冷や汗をハンカチで拭うと、俺は駅前のパチ公前で待つ。
ギリギリ朝の十時には間に合った。
まあ、色さんが遅れることは予想していたけど。
「ふふ。来たかな」
と、いつの間にか隣にいた女の子が話しかけてくる。
よく見るとそこには色さんがいた。
「色さん。いつの間に……」
「
早っ。
てか、俺よりも早く来るのはルール違反じゃない? デート的に。
「ふふ。その顔が見たかったかな」
え。俺、どんな顔をしていたの?
「さあ。行くかな!」
俺の手をとって電車の切符を買う。
どこまで行くのかと思えば、隣町にある複合施設《きいろ》に行くようだ。
「さあさあ。乗った乗った!」
いつもよりもテンションの高い色さんはコロコロと笑いながら、電車に乗り込む。
隣町に着くと、目の前にある《きいろ》に入り、エレベーターで屋上フロアを目指す。
代わる代わるに映る景色を見ている余裕もなく連れてこられた俺は、てんてこ舞いになっていた。
「え。どこに向かっているんだ?」
「ここ。温水プールの施設かな!」
「温水、ぷーる? あ。だから水着の用意を!」
「そう! ここはレンタルもあるけど、やっぱり気合いの入れた水着じゃないとね!」
エレベーターのドアが開くと、嬉しそうに鼻歌交じりにプールの受付に行く。
「それなら、早く言ってくれれば良かったのに」
俺はそう言い、慌ててついていく。
「サプライズ、成功かな!」
嬉しそうににはーっと笑う色さん。
意外と可愛いところもあるようだ。
少し立ちくらみを覚えた。
俺と色さんはそれぞれの更衣室に入り、着替える。
でも男物の水着って代わり映えしないんだよな。
俺は焔をイメージした赤とオレンジ、黒の水着だが、他の人を見ていると、シンプルに紺一色だったりする。
更衣室を出て辺りを見渡す。
隣に女子更衣室の出入り口がある。
俺はそわそわしながら待っていると、明るい声が聞こえてくる。
「待ったかな?」
色さんだ。
「お、おおっ?」
水色のストライプに、スカートみたいのが引っかかっている、可愛らしい水着を着た色さんだ。
「おお。神よ。なぜ我を見捨てない!」
気合いのこもった声音で、涙を流し、神に祈りを捧げる俺。
さすがイケメンの神様。やることもイケている。
「そ、そんな。褒めすぎかな……」
照れくさそうに俯く色さんの顔も可愛い。
座敷童というだけあって幼い顔立ちなのだが、それでも出るところは出ているし、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。まるで人形のような出で立ち。
恐らくBカップだろう。その控えめな膨らみは嫌いじゃない。
「ねぇ。あのお兄ちゃん――」「しーっみちゃいけません」
とモブの親子が俺と色さんを見て、一言。
「行きましょうか?」
色さんがなぜか敬語になり、俺はコクコクと赤べこのように頷く。
プールにも色々とあるようで、流れるプール、ウォータースライダー、50mプールなどなど。深いプールもあるが、子どもようの浅いプールもある。
「どれから行こうか?」
俺が訊ねると、色さんはうーんと考え出す。
「まずはウォータースライダーでもしよっかな?」
「いいね。じゃあ、行こう」
俺と色さんはウォータースライダーの頂上を目指して階段を上がっていく。
上がっていくほどにちょっと怖くなってきた。期待と不安が入り交じっているのだ。
まるで棒きれが川を流れるように人が流されていく。
急な流れに見えるが、一番下までいくと、楽しそうにしている。
俺は高いところはあまり得意ではないが、ここは堪え時だ。
頑張れ俺。フレフレ俺。
謎の音頭をとりながら、ウォータースライダーの入り口にたどり着く。
「二名様ですね! こちらの浮き輪をお使いください」
係員が二人乗りの浮き輪を手渡してくる。
俺たちはそれを受け取り、入り口にセットする。
前に座るのが誰かとも聴かずに、俺は前に座る。度胸の見せ所だ。
後ろにちょこんと乗る色さん。
「しっかり捕まってくださいね」
そのたわわな胸が押し寄せられる。
「これ、でいいのかな?」
「た、たぶん……」
「ちっ。リア充め」
か、係員さん?
「いってらっしゃいませー」
係員の声により、浮き輪が押しだされる。
急降下していく浮き輪と、俺たち。
曲がりくねったコース内を滑り落ちていく。
体感五分だったが、もっと短いのだろう。
すぐにプールに落とされる。
「きゃっ!」
短い悲鳴を聞き、脱力した俺は、その場で立ち上がる。
けっこう深いプールだな。立ち泳ぎしながら、近くの色さんに話しかける。
「大丈夫だった?」
「み、みないで!」
そう言って俺に抱きついてくる色さん。
は……? いったい何が起きているんだ?
理解が及ばずに、混乱する。
俺は今、色さんに抱きつかれている。それも布きれ一枚を隔てて。
と思うと、それよりも胸が柔らかいことを知る。
あれ。一枚もないな? なんだこれ?
俺は見下ろすと、低身長の色さんが、涙目になっている。
よく見ると、上の水着がないではないか。
「きっと落ちた衝撃で脱げたかな」
「そういうことか。分かった。探してみる」
「お願い」
大事なところが見えないように、俺の肌に当てながら、そこら中を探し始める。
しかし、役得と言う奴だろうか。
おーっぱい、が俺に触れている。
いやダメだ。俺には花子さんがいる。
ぶんぶんと首を振ると、視界に青のストライプが映る。
「あ! あった!」
急いで回収すると、色さんに手渡す。
「ありがと。目、閉じてて」
付け直すためには一度身体を離さなくてはいけない。
当たり前のことだが、意識から抜けていた。
俺は手を広げ、身体を隠すようにしてから、目を閉じた。
チャプチャプと水を弾く音が何度か聞こえ、色さんが声を上げる。
「みて、いいよ……」
俺は目を開けると、そこには先ほどの水着を着た色さんがいた。
「よ、良かった……」
ホッとひと安心すると、俺はプールから出る。続いて色さんも上がる。
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