第6話 デート! その三

 袖を引っ張られ、俺はボウリング場に向かう。

「でも怪間くんはリスクを恐れないのね。ちょっと心配」

 花古さんがじとっとした目で見てくる。

「リスク?」

「ちょっと違うかもだけど、後先考えないというか……」

「そっか」

 俺は自分で考えもしなかったことを言われ、どういう顔をしていいのか分からなくなった。

 ボウリングのフロアに行くと、綺麗でこじゃれた印象を受ける。

 ボールが並んでいるので、一番軽いものを選ぶが、花古さんは一番重いのを選ぶ。

「それ、大丈夫?」

「なにが?」

 さっぱりとした声音で疑問符を浮かべる花古さん。

「いや、重いから投げられるのかな、って思って」

「重さがあるの?」

 そこからかー。

 初心者過ぎるだろう。

「これ、軽いから持ち比べてみるといいよ」

 俺は手にしていたボールを手渡す。

「本当ね。不思議だわ」

 棒読みで言われてもな。

 花古さんの持っていたボールを返すと、軽いのを持って自分たちのレーンに行く。

「俺が最初に投げるから、よく見ていて」

「う、うん」

 俺がボールを持って投げると、横にそれていってガターになる。

「なるほど。あのみぞに投げるのがコツなのね」

「いや、違うから。あのピンを倒すのが目的だから」

 俺は二投目でピンの半分を倒す。

「あまり得意じゃない?」

「みたい」

 俺の成績はいいから、投げてくれ。

 花古さんはオドオドした様子で投げてみる。

 初めてのビギナーズラック、とはならず、ガター。

「これはガター上げてもらえば良かったな」

「違うの?」

「ああ。楽になる」

「ふーん」

 興味も関心もないような声音だが、これで素なのだろう。

 よくよく観察すると、わずかに口元が緩んでいる。

 そのあとも俺と花古さんはボールを投げ続けた。

 一ゲームを終える頃には俺たちはヘトヘトになっていた。

「今日は疲れたな。帰ろうか?」

「うん。でも寄りたいところがあるの。いい?」

「ああ」

 寄りたいところ。どこだろう?

 と、花古さんは本屋さんに向かう。

 ここが寄りたいところか。

 盾丸本屋。

 ここ数年で全国展開したチェーン店の一つだ。10万冊もの本を取り扱い、最近のラノベなども置いてある店舗だ。

 さらにラノベの特典も豪華で、他店舗だと四ページのSSショートストーリーがほとんどだが、ここでは十ページのSSだったりする。

 花古さんはじっと陳列棚を見て回り、ようやく本命を見つけたのか、顔色一つ変えずに《おうちでーと!》の三巻を手にする。

「それ、映画の奴?」

「そう。面白いから買うの」

「へー。俺も買うかな」

 一巻を手にしてレジに向かう。

 花子さんへの土産話になるだろう。

 でも花古さんとのデートは話さない方がいいだろうな。

 二人して《おうちでーと!》を購入すると、俺たちは帰路につく。


 自宅に帰り、七時頃になると、メッセが届く。

『もう寝ちゃった?』

『そんな訳ないだろ』

 色さんは早寝なのかもしれない。

『ふふ。でも面白いかな。こうしてつながれて嬉しいかな』

『そんな面白いことなんてないだろ』

『真面目ね。好きかな。そういうの』

 言葉だけじゃ、テンション感が分からないな。これ読み手の感情次第で言葉の意味が変わるんじゃないか?

 俺はそんな現代社会の闇を感じつつ、メッセを返す……と思ったが、俺は色さんのことをほとんど知らない。

『俺、色さんのこと知らないや』

 色和良わらという座敷童ざしきわらしだと言うこと以外は。

 そういえば、座敷童って幸運をもたらす、良い怪異だったような……。

『明日、祝日かな。デートしよう?』

『唐突だな。まあいいが』

 ずきりと胸が痛む。

 もしかしたら心が拒絶しているのかもしれない。

 でもここで引き下がる訳にもいかない。

 俺は男だ。

 女の子の頼みを聞くのは間違っていない。男の本分とも言えるかもしれない。

 イケメン条約二十一条、《困っている女の子を放ってはおけない》。

 俺はイケメンだから、こなさなくてはいけない。

 その結果がどうなろうとも。

 人と向き合わねば何ごとも成せはしない。

 人と向き合うのは全ての人類が持つべき観点だ。真剣に向き合えば、わかり合える。人と人がわかり合える。その道を探しているのだ。

『あ。明日、水着持ってきてほしいかな!』

『へ。どういうこと?』

 今は五月だ。海や川は寒すぎる。

『内緒』

『えー。教えろよ』

『ひ・み・つ』

『なんだよ。じれったいな』

『そういえば、たこ焼き好き?』

 いきなりの方向転換で何度か読み直す。

『好き、だけど……なんで?』

 唐突過ぎて話が見えてこない。水着と関係あるのだろうか?

 理解はできないが、やってみるしかないな。

 もしかしたら、昼食のプランを立てているのかもしれない。

『じゃあ、お好み焼きは好き?』

「へ?」

『好きだけど?』

 なんだろう。この会話の意味わからなさは。

『粉物が好きなんだ?』

『白米とパンも好きだな』

『炭水化物ばかりね。あたしも好きかな。他には何が好き?』

 なんだ。この日常会話みたいなの。

『ハンバーグとか、オムライスとか?』

『なんで疑問形!www』

 笑われた! でもよくよく考えるとそういうことだよな。

『すまん。他にもナポリタンやエビフライが好きかな』

『お子様ランチのメニューばかりだねwww』

『悪かったな。子ども舌で』

 画面越しにクスクスと笑う色さんが目に浮かぶ。

 ふと思ったことがあり、俺はメッセの空欄に文字を打つ。

 ――俺のこと好き?

 と。

 いや、これじゃ自意識過剰だろ。

 俺はため息を吐き、スマホを下げる。

 その瞬間、アケビが体当たりしてくる。

「わ」

 その一言を漏らし、ボタン操作を誤る。

 送信。してしまったのだ。

 しばらく経ってドキドキした気持ちを隠しながらメッセを見る。

『そうだよ。あたしは怪異であっても臆せずに仲良くなれる――そんなあなたが好き』

 ニコニコのスタンプと一緒に届く文章。

 俺は頭を抱えながら、宣言する。

『俺はトイレの花子さんが好きだ。キミとは付き合えない』

『辛いこと言うかな。明日デートなのに……』

 気分を害するのは分かっていた。でも、だからこそ早めにけりをつけるべきだと思った。

 傷は浅い方がいいに決まっている。

『でも、そんな男らしいところも格好いいよ』

 その言葉にもだえる俺。

 まさか格好いいと言ってもらえるとは思わなかった。

 これもイケメン条約を授けてくれた赤羽根師匠のお陰だ。

 俺は照れくさくなり、そっけない言葉を返す。

『そっか』

『ふふ。照れちゃって』

 全部筒抜けなのね。

 ため息交じりに、俺は夕食を作り始める。

 今日はハンバーグとモッツァレラチーズのサラダ、それにお吸い物をつけて、小さなテーブルの上に乗せ、座椅子に腰をかけて食べ始める。

 一人暮らし、少し寂しいな。

 彼女、欲しいかも。

 でも花子さんは地縛霊。その場から離れることができない。

 依代よりしろ本体から数メートルしか離れられないそうだ。

 だから、あのトイレ周囲しか移動できないのだ。

 そんな彼女が憐れで、可哀想に思えた。

 確かに花古さんのように生きた人を彼女にした方がいいのかもしれない。

 肉体もない、死んだ人を追いかけるなんて、本当は良くないのかもしれない。

 でも、俺は諦めたくない。

 内容が内容だけにおばさんにも相談できないが、俺はどうするべきなのか、問われている気がする。

「うまい」

 今度、このハンバーグを弁当に詰めよう。花子さんが喜ぶに決まっている。

 気がつく。

 俺の中でこんなにも花子さんが大きくなっているなんて。

 彼女が欲しいけど、依代の場所さえ分かればいいのだけど。

 今度探してみるか。

 きっと花子さんも喜ぶぞ。

 にまにましながらも、夕食を食べ終え、明日のデートに向けて準備を始める俺だった。

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