第5話 デート! その二

 放課後デートを楽しむ一組のカップルがいた。

 奈良なら亜衣あいと安藤の二人だ。二人は放課後の町並みを歩き、クレープに舌鼓を打ち、アクセの露天を見て、占いをし、電車で帰っていく。

 そんな二人を見ていた俺と花古さんは気恥ずかしさのある顔つきでお互いに見渡す。

「えっと。それで花古さんはどこに行きたいんだ?」

「じゃあ映画館」

 いきなりデートらしくなっていた。

 本当に花古さんは俺に気があるのだろうか? いいや、彼女は俺と花子さんを引き離そうとしているに違いない。そのために甘い言葉を使っているにすぎない。

 現に今、抑揚のない声で訊ねてくる。

「ラブロマンスは嫌い?」

「いいや。構わないが」

 こういう時、男としてどっしりと構えていたほうがいいに決まっている。

 俺と花古さんは駅前でやっている映画館に入り、チケットを購入。放映までは時間があるということで、俺と花古さんは近くのカフェでのんびりすることになった。

「私、彼氏と一緒に映画を見るのが夢だったのよ」

「そうなんだ。本物の彼氏じゃなくてごめん」

「それは私をフッたということかしら?」

「え!」

 無意識的に話していたが、言葉を思い返してみると確かにそう受け止められても文句は言えない。

「将来的にどうなるかはおいておくとして。今は、ない」

 そう断言するが、涙目になっているのが分かる。

「そう」

 素っ気ない返事だったが、目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。

 いきなりの展開で俺があたふたしていると、花古さんはなんともないといった言葉を呟く。

「大丈夫だから」

 相変わらず感情がこもっていないが、だからこそ分かったことがある。

 花古さんは感情を見せないだけで、裏ではたくさんの感情が湧いているタイプだと。

 そして裏があるように思えたが、それは全部間違い。裏表のない子なのかもしれない。

 そう考えると今までの言葉が自分には重く感じた。

 彼女はそういった苦難を乗り越えて、なおもこのままなのだ。

 俺と数週間、関わっただけでもこの悲しみ。

 辛い。

 辛すぎるよ。

「大丈夫。これから楽しいことが待っているさ」

 励ますように言葉にする。

「いいのよ。気を使わなくて」

「何言っているんだよ。このあと映画を観るんだろ? そのあとはボウリングでもしようか?」

「うん。うん……!」

 少し感情のこもった声が聞こえて俺は小躍りした。

 でも花子さんを待たせてしまっている。

 明日はちゃんと謝ろう。

 そう心に誓い、俺は花古さんと一緒に映画館の入場者入り口をくぐる。

 映画は「おうちでーと!!」というタイトルで終始おうちデートを楽しむというカップルの物語だった。

 甘くただ甘ったるく。過ぎて行く時間は見ているこっちが恥ずかしくなるほどに。

 そんな二人が最後には手を握って眠りにつく。

 なんとも言えない後味のある映画だった。

 二人の一日を見て俺は少し感動した。

 こんな恋人になりたいと思った。

 キスシーンすらない、純粋無垢なラブロマンス。

 ある意味新感覚だった。

 そのことをカフェで花古さんと会話していると、カフェの入り口に現れた女子を見かける。

 見慣れた顔。

「色……」

「あれ。怪間くんと花古さん?」

 ぎょっと目を見開く色。

 俺は知っている色も怪異であることを。

 だがそれを口にすれば色を傷つけてしまうかもしれない。

 穏便に行こう。そうしよう。

「二人はデート?」

「ソウネ」

「嗚呼、ソウダ」

 片言になる俺たち。いや花古さんはいつもどおりだけど!

「ふーん。じゃああたしもお邪魔しようかな?」

 性格の悪い笑みを浮かべ、口に手を当てる色。

 俺の隣に座ると前払いで買っていたコーヒーを置く。

「で? 付き合って何年目?」

 意地の悪い質問だ。

「いやいや、花古さんが来たのは二週間前だろ」

「それもそうか。じゃあ付き合いたてだぁ〜」

 嬉しそうに目を細める色。

「いいえ。私たちはまだ付き合っていません」

 少し感情が見えるようになってきた花古さん。

「へぇ〜付き合う前の準備段階ってことかな?」

 にしししと笑う色。

「まあ、そんなところね」

 ふてくされたように言う花古さん。

「でもトイレの花子さんはどうするのかな? 怪間くん」

「俺は最初から変えていない。花子さん一択だ」

 え。どっちの?

 といった顔をする花古さんと色さん。

「俺はトイレの花子さんを幸せにする」

 即座に訂正する俺。

「まだそんなことを言っているのね。私にしなさい。怪間君」

 花古さんはため息を吐き、少し憂いの帯びた顔を見せる。

「ふーん。本当に違うみたいね。ならあたしも参戦するかな!」

「参戦? どういうことだ?」

 俺は怪訝な顔で色さんに尋ねる。

「簡単なことかな。あたしも怪間くんを狙っているって話。顔可愛いし」

 マジか! てか俺は格好いい系だ。馬鹿にしているのか!

 ジトっと半目で睨むと色さんはクスリと笑う。

「そんな顔もできるんだ! 可愛い」

「馬鹿にして」

 女子の〝可愛い〟ほど信用できないものはないからな。

 俺は信じないぞ。

 しかしながら色さんは確かに可愛らしい。言っていることも筋を通している気がする。

「でも安藤と一緒に馬鹿にしてきたじゃないか」

 ぶつぶつと文句を言うと色さんは高らかに笑う。

「それこそ誤解だよ。あたしはあたしにできることをしただけ。じゃないとクラス中から嫌われていたかな」

「嘘つけ」

「なんだか知りませんが二人は中が良いのですね」

 じっとした目で問う花古さん。

「そうでもないよ」

「それはどうかな?」

 クスクスと嬉しそうに笑う色さん。

「なんだよ。もう」

 俺はうっとうしく思い、色さんから距離をとる。

 イケメンはモテるものと聴く。あの赤羽根先輩も、七瀬さんや紗緒梨さん、楓さんと。大いにモテたそうだ。

 恐らく俺もモテモテなのだろう。

 イケメン条約に基づいていれば、の話だが。

 しかし、俺が望むのはトイレの花子さんのみ。

「それよりも、あたしとデートしないかな。怪間くん」

 色さんがクスクスと笑いながら、俺に言ってくる。

「嫌だね。俺はもう心に決めた人がいるもの」

「根性なしなのかな」

「何を!!」

 根性くらいあるわ! 目一杯あるわ!

「女の子一人リードできない根性なしね」

「おうおう。黙って聴いていれば言いたい放題言ってくれる」

 俺は苛立ちを露わにし、勢いに身を任せて言ってしまった。

「それならデートしよう!」

 その宣言と共に、俺は色さんだけでなく花古さんのデートも認めてしまったようなものだ。

 ギギギとブリキのおもちゃのように振り返ると、顔色一つ変えない花古さんがいた。

 いや、少しは反応しろよ。

 ん? よく見ると広角が上がったような……。

 これは喜んでいるのか?

 師匠。俺はモテ始めているようです。

 追伸。モテるのは大変ですね。

「それなら、私行きたいところがあるのよ」

 花古さんが立ち上がると、俺の袖を引っ張ってくる。

「ちょっと待って。連絡先を交換しないかな?」

 色さんが手にしたスマホを見て、ハッとする。

 このままじゃ、連絡がとれずにデートが破綻する。……いや、そっちの方がいいのか?

 逡巡していると、色さんはにんまりと笑い、

「意気地なし」

「ああ? やったろうじゃねーか!」

 俺もスマホを出してQRコードを読み取る。

「これでいいんだな?」

「ふふ。今夜から毎晩、できるかな!」

「メールを、な!」

 わざとらしい言い間違いにかっかする。

「いこ」

 花古さんが悔しそうに呟く。

 こんなに感情を出すのは初めてかもしれない。

「分かった。花古さんとも連絡先を交換しよう」

 エスパー並の能力で花古さんの考えを読み取る。

 正解だったのか、パアと明るくなる花古さん。

 色さんには分からない顔で。

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