第4話 デート! その一

「最近冷たいね……」

 花子さんが寂しそうに呟く。

「そんなことないよ。俺は一人の人間として見ている」

 だから頭を撫でられない。だから話をする。会いに来る。

 それのどこがおかしいのだろうか?

「で、でも……」

 言っていて恥ずかしくなったのか、耳まで赤くする花子さん。何が恥ずかしかったのかは定かではないが。

「そういえば裏庭の貞子さんとは会った?」

「貞子さん?」

 疑問符を浮かべる俺。

「えー、この高校の七不思議を知らないの?」

「知らん。俺は……」

 一人でも生きていける――そう言いかけて言葉に詰まる。今前にしている花子さんを傷つけると思ったからだ。

「ひとーつ トイレの花子さん」

 なんだ自己紹介か。

「ふたーつ井戸の貞子さん」

 聞いた聞いた。

「みっーつ座敷わらしの色さん」

 へ?

「よっーつカッパのサラさん」

「待て待て! あつらも含まれているのか!?」

「あ。やっと驚いた! 彼女らは知らず知らずのうちに学校に潜伏しているから気をつけて」

「すでにいるし……」

 俺がぶつくさと言っていると花子さんは嬉しそうに俺の腕に組み付いてくる。

「でも怪間くんは優しいね」

「そ、そうか?」

 女子にモテたことのない俺が、今や花子さんという可愛い女子に好かれているのだ。

 悪い気はしない。

 だが――。

 俺は彼女のことをどう思っているのだろう。

「怪間くん……?」

 普段なら頭を撫でているところだ。

 それをしないのに疑問を持ったのか、花子さんはじっと怪訝そうに俺を見つめてくる。

「ああ。なんでもない」

「どうして悲しい顔をしているの?」

「なんでもないと言ったろう?」

 そう言い切るとちょうど予鈴が鳴った。

 俺はトイレを出るとすれ違いに安藤が入ってくる。

「終わったな」

 そう言い安藤が口の端を歪める。

 俺はその顔に身震いし、そそくさと教室に戻る。


 安藤は一人ニヤついた顔で一年の西口にある男子トイレ、その奥から二番目の扉を開けた。

「よう。お前が花子さんか?」

「そうだけど……?」

 戸惑いながらも口にする花子さん。

 そのあと、安藤から発せられた言葉は花子さんを苦しませるのには十分な言葉だった。

「わたし、そんなつもりじゃ……」

「だがお前がいなればこうはならなかった」

「ごめんなさい」

 花子さんは消え入るように身体をよじり、姿をくらます。

「ふ。これでいい」

 安藤は性格の悪そうな笑みを浮かべ高笑いをする。

 やり遂げたような顔をする安藤はそのまま教室に戻る。


「遅いぞ、安藤」

 南十先生がきつい目をして言う。

「すんません」

 あまり反省した様子のない彼は席に座る。

 何かあったのだろうか。

 嬉しそうな顔をしている。

 俺にはわからない何かが動いているように感じた。

 放課後になり、俺は花子さんのいるトイレに向かう、

 とその時、目の前に花古さんが現れる。

「ちょっといい?」

「また止めに入るのか?」

 俺は愚直な彼女に言い含めた。

「そうじゃないけど。でも案外そういうことかも」

 難しい言い方をする。

 でも彼女の行動は一貫している。

「デートしよ」

 感情のこもっていない声で言う。

「へっ?」

 デートと言ってか。デートってあのデート?

 恋人同士がイチャイチャラブラブする? あの?

 混乱する俺を後目しりめに花古は催促してくる。

「不満?」

 抑揚のない声が耳朶を打つ。

「いや、違うんだ。デートってあのデートか? って話」

「はい。逢引です」

「あい……!」

 脳天に矢が刺さったかのような衝撃を受ける俺。

「それともまぐわい?」

「まぐ……!」

「あいまぐって何よ?」

 クスリと笑う花古さん。

「さあ行きましょう。ね?」

 相変わらず感情のこもっていない声で訊ねてくる。

 そんな言葉はずるい。

 クラスの陰キャは「師ね」「滅びよ」と言った声が。

 陽キャからは「女の子にそこまで言われせるとは」「男ならでっかく構えろよ」と言った声が聞こえてくる。

 だが俺は花子さんがいる。花古さんには悪いが付き合えない。

 そう思っている。

「ね? いこ」

 花古さんは有無を言わさない態度でこちらを見上げてくる。

 身長が150cmくらいの花古さんは俺に上目遣いをするのだった。

「分かったよ……」

 諦めた俺は渋々彼女とのデートを承諾する。

 放課後になり、俺と花古さんはゆったりとした足取りで校門をくぐる。

 緊張した足取りで震え上がる俺を見た花古さんが笑う。

「子鹿みたい」

 抑揚なんて言葉をおいてきた花古さんが本気で笑っているようには思えなかった。

 だがこれが彼女らしさなのかもしれない。

 そう考えると難儀な性格だなとも思う。

「馬鹿を言うな。花古さんだって緊張するだろ? デートだし」

 俺はニヤついた顔で返す。

「彼氏が馬車馬のように働いてくれるのなら問題ないわ」

「馬面な彼氏がお好みか?」

 皮肉げに笑ってみせる。ちなみに馬面な安藤なら知っている。

「良い彼氏は馬って埋まっているかもよ?」

 なるほど、それなら掘り起こさないといけないな。

「彼氏探しも馬くいかないもんだな」

「そうね。馬い話には裏があるもの。そこそこの人間がいいわ」

「もう馬が彼氏でもいいんじゃないか?」

「面白い冗談ね。確かに彼らは実直でおとなしい子が多いわ。でも獣姦は嫌いよ、子供が産まれないわ」

「馬はもういい。本音を聞かせてくれ」

 俺は言葉を切ると神妙な面持ちで尋ねる。

「お前は何がしたい」

「言ったはずよ。トイレの花子さんとは分かれなさい、と」

「いいや。俺は彼女に必要とされたい。それだけだ」

 ふっと息を呑む声が聞こえる。

 初めて彼女の生気を感じた気がする。

「格好いいことを言うのね。でももう遅いわ」

「遅い?」

 俺は怪訝な声音で応じる。

「もう彼が手を打ってしまったわ」

 彼? 誰だ?

 嫌な予感がする。

 胸の奥がぞわぞわするような声質に気持ち悪さを感じる。

「これからは私だけを見て」

 学校を振り返ると後ろから包み込むようにして花古さんがハグをしてくる。

 それはもう柔らかく暖かな感触。もっと触れていたくなるような感覚に陥る。

 アロマオイルのような匂いが鼻孔をくすぐる。

 とてもいけない気分になりそうなのをこらえ、俺は頑然がんぜん言い張る。

「俺はトイレの花子さんが――」

 本当に〝好き〟なのだろうか?

 あんなペット扱いをして。

 本当に?

「まだ落ちていないのね。上出来よ。彼女らは私たちをはぐらかし、惑わし、そうして肉体を手に入れるのよ。私の父がそうだったように」

「そんなこと!」

「ないとは言えないわよね? だって……」

 俺は不意に気がつく。

「もう侵食され始めているもの」

 影を見るとそこには花子さんの面影がある。

 女性らしい体つきの影。

 俺のじゃない。

 まるで俺が取り込まれて言っているような……そんな感覚にどきりと胸が苦しくなった。

「それでも俺は!」

「彼女を愛せるのね。すごいわ。でもそれはあなたを産んだ両親に言えるのかしら?」

「 !! 両親は関係ないだろ!」

 語気を荒げ、俺は否定する。

 あんな両親!

 怒りを露わにしたことで花古さんが目を細める。

「ごめんなさい」

 察した花古さんは目を伏せて謝った。

 謝ったからと言って言葉が引っ込むわけでもない。

 花古さんという人間はこういう人間なのだ。人を説得する時に家族の話を持ち出す、そんな人間なのだ。

 俺にはその精神が理解できない。

 花子さんならどう言うのだろうか?

 きっと彼女なら俺を癒やしてくれる。これからも、ずっと。

 俺は花子さんに会いたい。

「デートの続きをしましょうか?」

「え」

 俺の腕を取り走り出す花古さん。

「ほら早く」

 その言葉には情緒がなかった。

 本当はどう思っているのかがわからない。そんな彼女を見ている自分がいる。

 これで終わりではないのだ。明日もある。

 そう言い聞かせて、今だけは花古さんに付き合うことにした。

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