第3話 ペット扱いしないで!
「それで転校生の花古がゴーストハンターだったんだよ!」
「そうなのね! びっくりだよ!」
ほわわっと驚きの声を上げる花子さん。
「でも仕事以外で幽霊退治はしないって」
「安心だね!」
袖を持ち上げ、ふふふと上品に笑う花子さん。
そんな姿も可愛らしく愛おしい。
俺は完全に花子さんの魅力に落ちてしまったらしい。
しかし相手は幽霊だ。ずっと一緒にいられないのは分かっている。
分かっていたはずなのに……。
「そういえば実体を持つことで飲食はできるのか?」
俺は試しに水筒から麦茶を差し出してみる。
「やってみるよ!」
花子さんは念能力を使い、全身を実体化する。
その手で水筒の蓋を受け取り、口に持っていく。
ごくごくと飲むと、嬉しそうに跳ね上がる花子さん。
「くー。美味しいの!」
「そりゃ良かった」
今までで一番の喜びに見えた。
「なら食事もいける?」
試しに俺は弁当に入っているグリーンピースを差し出す。
パクっと食い付く花子さん。
「うん。美味しい!」
うっとりした顔で頷く。
「え。おいしい……」
「あ。もしかして嫌いだから差し出したのかな?」
憤怒する花子さん。
「い、いや違うんだよ! 俺は花子さんに喜んでもらいたくて!」
「なら残りのグリーンピースを食べてみてよ!」
「え」
俺は恐る恐るグリーンピースを口に運ぶ。
青臭さとパサパサとした食感が口に広がりなんとも言えない気持ちになる。
「そんなに不味そうに食べるの、ある意味才能だね」
「そんなに不味そうにしていた?」
「ええ。とっても」
クスクスと笑い出す花子さん。
「まったく。性のない人ね。残り食べるよ」
「え! いいの!」
「どうせ捨ててしまうのなら食べちゃいます!」
黒い髪をはらりと揺らしながら近寄ってくる花子さん。
あーんと口を広げ、グリーンピースを食べる花子さん。
「うん。美味しいyo」
「そうかな? でもこっちのハンバーグはおいしいな」
そう言ってミニハンバーグをつまむ俺。
「一口くださいな」
「はいよ。怪間家秘伝のハンバーグだよ」
「まあ! 手作りなのね!」
嬉しそうに頬張る花子さん。
おいしそうに咀嚼し、飲み込む。
「わっ! 美味しい!」
手を合わせて嬉しそうに微笑む花子さん。
「そうだろう。そうだろう」
うんうんと頷き、俺も頬張る。
と気がついた。
同じ箸を使っていることに。
これって間接キス?
い、いや相手はトイレの花子さんだ。幽霊だ。間接キスには当たらないんじゃないか?
きっとそうに違いない。
勘違いしてはいけない。
花子さんは何かに気がついたのか頬を赤らめているが、それもきっと気の所為だ。
「う、うまいな。このシューマイも!」
「そうですよね! あははは」
ぎこちない微笑みをうけてさらに気まずくなる空気。
誰か、どうにかしてくれ。
味なんて分かったもんじゃない。
そう思ったのは昼休み後の体育の授業だ。
種目はバスケ。
俺のチームは余りものチーム。他のチームからは省かれた連中が集まっていた。
そんな俺たちが他のチームに勝てるはずもなく、非力な俺なんかは持っていたボールを落とすほどだった。
必死で頑張っても失敗する。それがスポーツだ。たった一度のミスがチームの失敗につながる。
終えてみると俺たちは大敗だった。
とはいえ、所詮余りものチームだ。誰も勝利に執着はない。負けても当然と言える。
だから責められることもない。
あの本気チームのピリピリとした空気が、俺は何よりも嫌いだ。
負けたっていいじゃない、人間だもの。
「体育の授業、どうでした?」
放課後。
「まあ、俺の圧勝みたいな? 俺、文武両道、眉目秀麗、個人奮闘だからさ」
鼻を高くして気取る俺。
そんな俺の嘘にも気が付かず、わぁあ! と憧れの視線を向けてくる花子さん。
ちょっとの罪悪感を覚えつつ、それ以上の幸福に浸っていた。
こんなマウントを取る必要もないのだろうけど、格好いい自分でありたいのだ。それだけは変わらない。
俺はカッコつけたいのだ。
男なら誰しもが一度は経験したことのある気持ちだと信じたい。
俺はそんな利己的な一般人だったと言うだけだ。
他の誰とも変わらない……。
ならなんでボッチなんだ。みんなと変わらないというのに。
完全下校時刻になると、俺もトイレから離れていく。
そして校門前に一人の少女を見つける。
「花古さん……」
「ついてこい」
冷徹な印象を持つ花古さんだが、なんのようだろう?
俺は不思議に思いついていく。
歩いてたどり着いたのはこの街が夕闇に染まる高台だった。
暖かくも寂しい夕暮れが綺麗に見える。
「キミは、怪間君は幽霊と仲良くしたいのか?」
「幽霊? ああ。花子さんのことか。それがどうした?」
「諦めろ。あいつらは最後の最後で本性をむき出しにしてくる。今のキミでは身体を乗っ取られるぞ」
乗っ取る? 誰が誰に?
俺は言っている意味がわからずに困惑する。
「僕の父がそうだった。呪縛霊に乗っ取られ全てが変わった」
「待って。それは父の問題でしょ? 花子さんがそうだという確証はどこにもない」
「だが肯定できる保証もない!」
強い口調で言い放つ花古さん。
ドクドクと脈が早まるのを感じた。
モヤモヤとした気持ちになり、俺は先に階段を降りる。
「それだけ? なら帰るよ」
「後悔するよ! キミ」
「それは俺が決める。あんたの言いなりになるつもりはない」
言い放つと俺は公園を後にした。
帰り道、イライラとした気分で帰宅すると猫のアケビがにゃーんとお出迎えしてくれる。
頭を擦り付けてくるような甘え方につい手が伸びる。
撫で回すと嬉しそうに目を細めるアケビ。
なんだかこう胸の中が暖かくなる感じがする。
これはまるで花子さんと相手をしているときのようで――。
「もしかして俺、花子さんを猫扱いしている?」
そんな疑問が生まれ、自分の行為を恥じる。
俺は花子さんのことをペットとしてしか見ていないのか?
そんな疑問が生まれ、ベッドに倒れ込む。
「ペットとベッドって似ているな」
そう呟きながら目を閉じる。
しばらくしてスマホが振動する。
その振動に目を覚ます俺。
俺の生活費を工面してくれている以上、無視はできない。
電話に出ると、大きな声が耳をつんざく。
『
寝ぼけ眼をくしくしとこすりながら起き上がる。
「うん。元気だよ」
『少しは連絡しなさいな!』
俺が幽霊の花子さんと会っている、そんなことを口にすれば気が狂ったと思われかねない。
静かに冷静に返すと朱子さんは丁寧に返してくれる。人は一人では生きてはいけないのだろう。
夕食の準備を始め、粛々と食事をする。
支度を整えると、勉強を始める。
これでも学年六位の実力がある。
勉学はおろそかにはできない。朱子さんにも申し訳が立たないし。
しかし朱子さんは十六でアメリカのオックスフォード大学を主席で卒業。いこう海外の製薬会社と共同で薬を開発したり、様々な企業とのタイアップを行っているすごい人なのだ。
現在でも24歳とは思えないほど若々しく、お姉さんらしく振る舞う。ちなみに彼氏はいない。
まあ俺にかまけているくらいだ。きっと作れないのではなく、作らないのだろうが。
俺もそんな主人公気質になれたらいいのに。
平々凡々を歩いてきたこの身では朱子さんにはかないっこない。
好きなアニメを見ながら勉強を続ける。
諦めたくはないから。
自分の可能性を閉ざしたくないから。
だから勉強する。
一人でも生きて行ける道を探していた――はずだったのに。今ではどうしたら花子さんと話せるかを考えている。
アケビと同じだ。
ペット扱いとは最低だ、俺。
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