第2話 ゴーストハンター花古

 放課後になり、俺はトボトボと帰路についていた。

 花子さんに会いたい。

 そう思いながらも、俺は小石を蹴って前に進む。

 道すがらに見える遠くの景色は茜色に染まっていく。

 俺はアパートの前にたどり着き、二階の角部屋にたどり着く。

 玄関を開けると猫のアケビが頭をこすりつけてくる。

 可愛いな。

 アケビの頭を撫でるともっとして欲しいのか、さらに甘えた声で頭をこすりつけてくるのだった。

 テレビをつけ、料理をし、食事をしながらお風呂を沸かす。

 俺は一人でも十分に生きていける。生きてきた。だから死なんて遠くの出来事で苦しんでいる人を考えもしなかった。

 あの花子さんのように生きることに、死ぬことに悩んだことなんて一ミリもない。

 ただ毎日をのほほんと生きてきた俺にとって眩しい存在に思えた。

 なるべく避けてきた問題を、突然突きつけられた。そんな気がした。

「人類全員が地球に住むことはできないんだ」

 どこかで聞いたことのあるフレーズを言葉にし、俺はベッドにもたれかかる。

 アケビにも食事を与えたあと、深い眠りへとつく。


 青い空。

 どこまでも真っ青な、その空間に彼女は立っていた。

「あなた、名前は?」

「俺? 俺は怪間かいま旭人あさと

「いい名前だね。わたしは騎士堂きしどう■■」

「■■さんはなんでこんなところに?」

「いいじゃない。わたし、ここが好きよ」

 砂場に滑り台、ベンチ。

 いつの間にか、公園が広がっていた。少し年上の彼女はにかやかにベンチに腰をかける。

 その後、何度も会話を重ねてきたが、明るく溌剌はつらつとした彼女は素敵に見えた。


 目を開けると時計が目に入ってくる。

 まだ六時だが、俺は学校に行こうと思う。

 そこには花子さんがいるのだ。きっと暇にしているに違いない。

 俺は弁当を詰めて意気揚々と部屋を出る。

 5月の朝日が眩しく暖かった。

 学校に着くといの一番に花子さんのいるトイレに駆け込む。

「おはよう。花子さん」

「おはようございます」

 ふわぁあと寝ぼけ眼をくしくしと擦る花子さん。

 近寄りクンクンと匂いを嗅いでくる。

「美味しそうな匂い!」

 俺のお弁当に反応したのか、嬉しそうに跳ねる花子さん。

「幽霊でも食べられるのか?」

 俺は尋ねてみる。

 幽霊が食事をするなんて聞いたことがない。

「わたしも食べたことがないのでわからないの」

 ふるふると力なく首を振る。

 そんな姿も可愛らしい。

 近寄ってきて、頭をこすりつけるあたりアケビに似ているな。

 俺は慣れた手付きで花子さんの頭を撫でる、が実体がないので撫でている感触はない。それでも嬉しいのか、花子さんは嬉しそうに目を細めるのだった。

 そんなスキンシップをすると、花子さんは優雅に宙を舞う。

 死に装束が似合う、黒髪がはらりと舞う。

「てっ! パ、パンツ!」

「へっ? きゃっ!」

 花子さんは慌てて白装束を抑える。

「み、見た?」

 ここはテンプレ通り「見ていない」と答えるのがベストなのかもしれない。だがイケメンな俺はイケメン条約に則り素直に答える。

「見た。純白のレースはすばらしい!」

「な、ななななにを言っているのかな!?」

 怒りで俺の腹をポカポカと叩いてくる花子さん。

 だが実体のない花子さんには、

「ぐふっげほがはっ」

 効く、だと……!

 バカな。実体のない花子さんが攻撃をしている。

「待て。どうやっている?」

 俺は腹を抑えながら手を突っぱねる。

「え。こうやって、こう!」

 花子さんは念能力を腕にまとい、前に拳を繰り出す。

「これでいけるのか! じゃあ全身にまとってみてくれ!」

「え。こう、かな?」

 紫色に光る膜を全身にまとうと、俺はその腕をつかんでみる。

 と感触がある。

 柔らかく弾力のある張り。ひんやりと冷たいがどこか懐かしい感触。

「わたしたち、触れ合っている?」

「みたいだな!」

 やった。

 言葉にならない言葉を発し、花子さんは俺に飛びついてくる。

 俺の腹で丸まり、嬉しそうに呟く。

「久々の体温!」

 その頭を優しく撫でると、たっぷりと堪能するようにぐりぐりと頭を寄せてくる。

 気が済むまでなでつけると、予鈴が鳴る。

「ごめん。また来るから」

 それだけを言い残し、俺は教室に戻る。


 教室に戻ると色さんが駆け寄ってくる。

 そして、犬のようにスンスンと匂いを嗅ぐとニンマリと顔を歪める。

「女の香りがする!」

 その言葉にクラス中が立ち上がる。

 陽キャは「へぇ〜。やるじゃん」と。

 陰キャからは「ぶっころ!」と。

 そして女子からは奇異の目で見られる。

「女性と付き合ってみた感想は?」

 調子に乗った色さんはインタビューアーのようにエアマイクで尋ねてくる。

「付き合っている子なんていないぞ」

 俺はもっともつまらない返しをしてしまったのだ。

「うそ」「マジ?」「なんだ」「つまんないの」

 話の種に俺は利用されたくないのだ。

「じゃあ、トイレの花子さんとの関係は?」

「ないって!」

 俺はぶっきらぼうに答えながら席に座る。

「ほらほら。騒ぐな!」

 南十先生が教壇にあがり、ホームルームを始める。

「今日は転校生がいる」

 転校生? こんな時期に?

 怪訝な顔を見せると教室後方のドアが開く。

 そして黒板の前まで移動する。

 いや前から入ればいいのに。

御手洗みたらい花古はなこです。よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げた花古さんは端正な顔立ちをしていた。

 長い黒髪にくりくりの目。瞳は吸い込まれるような黒色で、さながら宇宙のよう。

 背丈も見た目もまるでトイレの花子さんのようだ。

 しかし活気が違う。

 幽霊だが活気のある花子さん。

 生きているが活気のない花古さん。

 まるで生き写しの双子のように見える。

 ちなみに胸の大きさは花古さんの勝ちだ。

「御手洗の席は怪間の隣だ」

 南十先生が優しい声音で花古さんに呼びかける。

「はい」

 ぎこちない動きで俺の隣の席に座る。

「よろしくお願いします」

 少しも笑った様子を見せずに挨拶する花古さん。

「ああ。よろしく」

 俺は笑みを向けたがすぐに正面を向いた花古さん。

 いやまじで違いすぎるだろ。

 花子さんなら人懐こい笑みを浮かべていたに違いない。

「花古はその年でゴーストハンターのオリンピックに出たほどだ。宛にしろ」

 南十先生が硬い口調で言うと、花古さんは呟く。

「余計なことを」

「なんだか怖いな」

 思ったことを素直に口にしていた。

 じろりと見やる花古さん。

「すまん」

 それだけを言うと俺は顔を伏せる。

 じっと見つめられて居心地が悪くなったのだ。

 蛇に睨まれた蛙というのはこんな感じなのかもしれない。

 切れ長な瞳と半目によるダブル効果は大きい。端的に言って怖い。

 天然で怖い。

 俺の本能が恐怖を覚えているのだ。

 しかしゴーストハンターか。

 花子さんは大丈夫なのだろうか?

 不安が押し寄せてくる。

 このまま花子さんがいなくなるのは正直悲しい。

 もっと花子さんと会話がしたい。楽しい思い出を作りたい。

 つながっていたい。

 俺の心が叫んでいる。

 このまま終わりにしたくない、と。

「ゴーストハンターなら、このクラスの隣。トイレの花子さんを撃退してくれよ!」

 安藤がとんでもないことを言い出す。

「じゃあ五百万だせるか?」

 冷たい声で告げる花古さん。

「ご、! そんなにするのか?」

 安藤が言葉に詰まったように、俺もびびった。

 なるほど。ゴーストハンターは仕事だから遊び半分では行わないらしい。

 それを聞き一安心する俺。

 暇つぶしや酔狂でハントしないあたり好感度が上がった。


 ……まあ俺からの好感度が上がっても仕方ないのだが。


 じっと見つめてくる花古さん。

「え。なに?」

「いいや。なんでもない」

 凛とした声音に少しの優しさを感じた。

 花古さん、悪い人じゃないのかもしれない。

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