トイレの花子さん、俺にデレデレなのだが?

夕日ゆうや

第1話 便所飯

「いただきます」

「乙姫いる?」

「ああ。お願いするぜ――」

 俺は顔を上げるとそこには青白い顔をした少女が立っている。

「――って。ええ――っ!?」

 端正な顔立ち。くりくりとした大きな茶色の瞳を覆うように伸びた長い黒髪。

 胸は残念ながらスッカーンと言う擬音が馴染むぺったんこだった。

 シミ一つない白い肌……いや透き通った肌。

 足は向こうが透けてみえるほどに……、

「いや! キミ誰?」

 俺は悲鳴に似た声音を上げていると一礼する少女。

「初めまして。トイレの花子さんです!」

「トイレの、……花子。さん……?」

 エクトプラズム(魂)が抜けるように俺の体が倒れかかる。

「しっかりしてください!」

 花子さんが慌てた様子で俺を起こす。

 手では直接触れないようだから、ポルターガイスト的な、念能力的な、不思議な力で俺の体を揺さぶる。

「いやいや! なんでトイレの花子さん、さんがここにいるのさ!?」

「わたしの噂聞いていないの?」

「だってここは男子トイレだよ!?」

「引っかかるのはそこ!?」

 花子さんが驚いたように目をみはる。

「いや俺って昔から霊感はあるんだよ」

 うんうんとうなずく俺。

「わたしの噂を聞いてわざと入って来たのかと思っていたのに。急に弁当を広げるんだもん。驚いて話しかけちゃうよ」

 可愛げに頬を掻く花子さん。

 前髪を後ろで結ぶといよいよその可愛さが爆発する。

 黒髪を揺らしながら空中浮遊する花子さん。

「いやないだろ……」

 こんなヒロインがいるわけがないのだ。

 ちなみに主人公は俺だ。イケメンで顔立ちもよく、格好いい――これ以上ないくらいに主人公気質なのだ。

 だから高校一年の春、こんな出会いをするとは思っても見なかった。

 便所飯を終えると花子さんがクスクスと笑う。

「こんなところで食べるなんて、クラスで食べればいいのに」

 花子さんは俺をあざ笑っているわけではない。単純に話し相手が欲しかったのだ。

 俺は最初こそ驚きはしたが、特段気にする様子もなく食事を続けていた。

「しかし、この学校で自殺があったなんてな」

 ブロッコリーをかじるとなんとも言えない表情を浮かべる。

「あれは他殺よ。いじめてひどい目に遭ったんだから!」

 怒りの矛先を見失った花子はトイレットペーパーの芯を操りだす。

「はいはい。分かったって」

 健全そうな花子さんにも黒歴史があるように、俺にだって黒歴史がある。

 その悩みを聞いてもらうことは叶わずに予鈴が鳴る。

「いけね。いかないと」

「またね!」

「……ああ。またな」

 俺はそれだけを言い残し、教室へと戻る。

 自分の教室に戻るとしきさんがパッと顔を明るくして尋ねてくる。

「ぼっち飯していたってホント? それに花子さんと話していたらしいじゃない」

「うっ!」

 俺は図星を刺され嫌な顔をする。

 色和良わら

 明るくムードメーカーだが、怖いもの知らず。

 ショートボブの黒髪を揺らし、青い瞳を揺らしている。ちなみに大きな双丘も揺れる。

 切れ長の目は愉快そうに歪む。

「ホントなんだ! 嘘みたい!」

「事実は小説よりも奇なりって言うしな」

 隣でニタニタと笑っていた安藤あんどうが前に出る。

 金色の短髪でいかにもちゃらそうな男だ。そんな彼は俺よりもイケメンで格好良く、端正な顔立ちをしている。

「死んでくれ」

「あははは。なにそれ、ウケる――!」

 高笑いした色に、チョップをお見舞いする安藤。

「うっせー。おれはそんな簡単に死ぬかよ!」

 安藤は赤い目をギラつかせてこちらを見やる。

「てめーもされたくなかったら安易に頷くな!」

 チャラいわりには真面目に言い放つ安藤。

 どこか真剣な面持ちを見せる。

「おれのことはいい。だがてめーの態度は他人を見下しているように思えるぞ?」

「知ったことか。俺は一人でいい。誰かとつるむだけの人間にはなりたくないね」

「は。言うね。一人じゃ何もできないのになぁ!」

 安藤がジリジリと距離を詰めてくる。

 振り上げた拳は目の前の椅子に叩きつけられる。

 背もたれを支えていた棒が曲がり、椅子がちゃっちくなった。

「今回はこれで許してやるぜ。だが今度、死をほのめかしたら、次はねーぞ」

 難しく言う。

 いやまるで自分に言い聞かせているようでもあった。

「あー。その席、あたしの。なんだけど……」

 バツの悪そうに立っていた緑色の髪をしたサラ。

 頭には帽子を被っており、その顔は悲しげに伏せられていた。

 緑色の瞳に、程よい大きさの胸。不思議なオーラをまとっているように思える。

「……悪かった。俺の椅子と交換しよう」

 俺の提案にサラが頷くと、少し潰れた椅子に腰をかける。

 授業が始まり、みんなが静かになると南十みなと先生が教壇に立つ。

「知っていると思うが我が校は進学校である。故に学業をおろそかにしているとあっという間に落ちるぞ。覚悟しろ」

 女教師でありながら、なかなかパンチの聞いた声音だ。どすが効いたとも言える。

 すでに臨戦態勢をとる者も多く、授業は静かに恙無つつがなく行われるであった。


 帰りたい。

 そう思ってポッケの中を探る。

 どうも落ち着かないのだ。だから早めに帰る準備をする。

「ん……?」

 定期入れがない。

 どこかへ落としたのだろうか?

 どうしたらいい?

 ふと黒髪がよぎる。

 授業が終わり一年一組から一番近くにあるトイレへと向かう。

 定期入れが見当たらないのだ。

 応援を要請しようにも俺の知っている子はここにしかいない。

「花子さん。どこ?」

 みんなは花子さんを怖がってこのトイレには近づかないらしい。

 曰くのある相手、ということもあるのだろう。

「呼ばれて飛び出てデデーン!」

 奥から二つ目の扉が開く。

「花子さん! 定期入れを探すの手伝って。お願い」

「ごめんなさい。わたしはこのトイレからは遠くにはいけないの」

「え! そ、そんな……」

 俺の頼みの綱は失った。


 俺がトイレの前をウロウロしていると安藤が話しかけてくる。

「これ、おめーのか?」

 そう言って差し出してくる定期入れ。

「あ、ありがとう」

 少し強張った顔で応じる俺。

 先程の話がなければ素直に仲良くなれたかもしれないのに。

「ほら。欲しいなら取ってみな!」

 意地悪をするように高い位置に持っていく。

 俺は160cmの身長しかない。一方の安藤は180cmと高身長だ。

「じゃあこれならどうだ」

 安藤がトイレの奥に投げ入れる。

 と、空中で静止する定期入れ。

「なっ――!?」

「これですか? 定期入れ」

 トイレの上に出てくる人影。いや幽霊。

「うわ。マジでいやがる!」

 目を白黒させてその場を脱兎のごとく去る安藤。

 だが俺は恐れることなくトイレに入っていく。

「ありがとう。花子さん」

「いえいえ。わたしは依代よりしろがなければ一緒に探せたのに……」

 残念そうに呟く花子さん。

 なんて親切な子だ。

 俺はじんわりと目頭が熱くなるのを感じ、定期入れを受け取る。

「もうなくしちゃいけませんよ? め!」

 可愛くウインクをする花子さん。

「くわいいな……」

「え? なんて?」

「いやなんでもない」

 仮にも相手は幽霊だ。恋愛対象になるはずもない。

 だから褒めても無駄なのに。

 そう思っているのに……。

 どうしてこうなった。

 俺には初めての恋が、今始まろうとしている。

 いや以前にも人並みに人気にんきの女子を眺めてはいたが、俺には縁遠かった。それにミーハーなだけで本心からの恋ではなかった。

 ただ言われるがまま、みんなと合わせていただけなのだ。

 そんな自分が嫌になり、家族との仲違いもあり、現在に至る。

 俺には居場所がなかった。

 居場所を作るという発想もなかった。

 俺は一人寂しく毎日を過ごしていた。

 そんな俺にはトイレの花子さんと言う友を得た。

 みんなが怖がる、あの花子さんに。


 出会えたのだ。

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