魔法レッスン

 俺が転生者であることがばれてから一か月。

 今日はエルから魔法を教えてもらうことになっている。

 正確に言えば、エルの超・感覚派レッスンを、エルの母親に通訳してもらって魔法を学ぶ。


 早速朝食を済ませる。


「アル、今日も?」

「うん!エルの家で食べる!」

「分かったわ。気をつけてね」

「いっぱい遊んでくるんだぞ!」


 家族関係は良好だ。

 むしろ、より深い関係になったかもしれない。

 

 二人に家を出ることを伝え、エルのもとへ向かった。


 エルの家に着くと、庭でエルと彼女の母親のスミシー・フォートレスが魔法の訓練をしている。

 正直なところ、スミシーとは親しいわけではない。それこそ、魔法の話を聞くくらいしか話すことはない。

 それにエルの家へ来る度に魔法の話をするわけではない。せいぜい五回に一回くらいだ。

 だからあまり親しいとは思っていない。


「おはようございます」

「いらっしゃい。アルマ君」

「おはよう、エル!」


 エルが飛んできた。その勢いに、思わず尻もちをついてしまう。

 エルはえへへ、と笑っている。まるで犬のようだ。


「エル、立ちなさい」


 スミシーに割と強めに注意されたエルは、しょんぼりしつつ立ち上がる。

 俺も立ち上がり、スミシーに向き直る。


「で、今日は魔法の訓練をしに来たのよね。」

「はい。」

「何の魔法を教えてほしいの?」

「火魔法です。」


 俺とスミシーはそんなやり取りをする。

 すると、隣のエルが頬を膨らませて、不満げな顔をしている。


「ふんだ。アルはママに教えてもらえばいいよ。」


 吐き捨てるように言う。

 そうだった。エルから教えてもらう体だった。


「い、いや。エルから教えてもらいたいなぁ~。」


 咄嗟に取り繕う。しかし、もう遅いか?

 するとエルの表情はみるみる明るくなり、


「うん!教えてあげる!」


 と言った。

 良かった。機嫌を直してくれたらしい。


 そうして魔法の訓練が始まった。

 想定通り、エルの擬音満載の説明は理解できない。

 俺はエルの教えに反応した後、うまいことスミシーにパスを回し、的確なアドバイスを得る。


「じゃあ、アル君。やってみたまえ」


 教師役のエルは腰に手を当て、どや顔で俺に促す。

 俺は少し息を吐き、詠唱する。


「火の精霊の燻りをここに、『ボウ』」


 俺が口に出したと同時に、手のひらから小さく燃える炎が現れる。

 今やったのは下級の火魔法『ボウ』。

 これは実戦用ではない。

 野宿で薪を燃やすときなどに火種として使う魔法らしい。


 実戦用は中級の『ボウマ』からだ。


「やったー!できたね!」

「うん!」


 俺とエルは笑顔で顔を見合わせた。

 実戦用ではないといっても魔法が使えれば、普通に嬉しい。

 スミシーも顎に手を当てて、小さく頷いている。


「アルマ君、火魔法が得意みたいね」


 スミシーがそんなことを言う。


「得意って・・・そんなことも分かるんですか?」

「ええ。みんな下級魔法を使うのに苦労しないんだけど、それでも三回くらいは失敗するの。でも、アルマ君は火魔法を一回で使えた。それが得意って証なのよ」


 次もうまくいくとは限らないと思うのだが。

 そう思っていると、魔法とは習得するまでが難しく習得してしまえば一生使える、と説明された。


「これなら中級も行けそうね。」

「本当ですか?」


 思わず声が跳ねる。

 そして、中級習得のレッスンが始まった。


* * * * *


 中級魔法の習得は難航していた。

 かなり時間がかかり、昼時を過ぎても習得できなかった。


「できないなぁ~」


 言いながら、自分の手の平を見る。

 初級魔法の時のように手に魔力が向かう感覚はある。

 しかし、いざ放出しようとすると魔力が離散してしまう。

 初級の時よりも多い魔力をコントロールするのが難しい。


「今日は難しいかしら」

「アルならできるよ!がんばろ!」


 スミシーは少し諦めているが、エルは励ましてくれる。

 エルの応援はありがたい。だが、俺の気持ちはスミシーに賛同していた。

 今日だけでは無理なのかもしれない。


「アル、もうちょっと頑張ってみよ?」


 無理かも、という気持ちが顔に出てしまったのだろうか。

 エルから胸の内を見透かされたようなことを言われた。


 もうちょっとだけ頑張るか。

 俺は目を瞑り、左手を前に構える。

 神経を研ぎ澄まし、魔力を左手へ向かわせる。


 ここまではいつもどおり。

 あとはこれが散らないように気を付け・・・。


「おお!アルマ君!来てたのか!」


 家に帰ってきたダグラスが大声で俺に声をかける。


「うわぁ!!」


 俺はそれに驚き、声を上げる。

 魔法に集中し、周りの音が聞こえてなかったのだが、それを貫通するほどの大声に腰を抜かしてしまった。


「ダグラスさん!集中してたんですよ!」

「はっは!すまん、すまん。だがうまくいったじゃないか。」


 え?うまくいった?魔法ということか?

 エルとスミシーに目配せをすると、二人は頷いた。


 俺はもう一度手を前に出し、火の中級魔法の名を口にする。


「『ボウマ』」


 すると手のひらから球状の炎が出現する。

 『ボウ』とは段違いにその火力は強い。


「アルマ君。手のひらと火の間に魔力を出してみて」


 スミシーに言われ、それに従う。

 手のひらに魔力の膜を張るようにすると、炎の球は射出された。

 射出された炎は一定の速度を持って前進する。


 止まる気配はなく、消える気配もない。

 進路上には、庭の木がある。


「あの、燃えちゃうんじゃ!」

「『ザバリーナ』」


 俺の声にかぶさるようにエルが詠唱した。

 エルの手の平に、波紋が広がる水面が現れる。そして、水面から大量の水が凄まじい速度で放出され『ボウマ』が消火された。


「今のって・・・。」

「今のは水の上級魔法だよ!」


 エルはまたも腰に手を当て、どや顔している。


「は、はは!やっぱりエルは凄いね!」


 俺はエルの手を握り、彼女を褒める。いや、褒める形になった。

 実際のところは、素直にすごいと思った。そしてそれを口に出しただけだ。褒めようと思って出た言葉ではない。


 しかし、そう言われたエルはより偉そうにしていた。


 * * * * *


 『ボウマ』を習得した俺は満足して帰宅の準備をする。

 そこで一つ疑問が浮かび、エルに質問する。


「エルってどれくらい上級魔法使えるの?」

「闇以外は全部使えるよ。」


 齢五歳にして上級魔法をほぼ習得しているエル。

 エルの凄まじい才能に感服しつつ、帰路についた

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