幕間 『平穏』

「それじゃあ、アルはここじゃない世界から来たんだ」


 俺の横に座るエルがそう口にした。


 転生者であることが露見してから二日。

 俺が転生者であることは領全体に広まった。いまだに不気味がる者はいる。しかし多くの人たちはそれを認めてくれた。


 認めてくれるようになったのは、領民が持つ疑問を解消するため父が努力してくれたおかげだ。もちろん俺も尽力したが、父が最も頑張ってくれた。


 母も、ご近所の婦人の集まりでいろいろ言われたらしいが、家族であることを伝えるとそれ以上は言及されなくなった、とのことだった。


 本当に、父と母には頭が上がらない。


 そうして、1日でほとぼりは冷めた。

 人の噂も七十五日、というが俺の両親は七十四日をすっ飛ばした。

 俺の両親は時間すら超越する。

 自慢の両親だ。


 そして、最後に俺は最も重要な場所へ顔を出した。

 エルの家だ。


 この場所に足を運ぶのが怖かった。一番親しいエルがどんな反応をするのか。

きっと明るく対応してくれるだろうが、万が一,俺が危惧する反応になったら俺は立ち直れない。

 意を決してエルに事実を告白すると、第一声は、


「すっごー―――い!!」


 だった。

 俺は胸を撫でおろした。

 彼女に嫌われるかもしれない、なんてのは杞憂だった。疑ってしまったことが恥ずかしい。


 当のエルは俺がいた世界に興味津々な様子で、現在は質問攻めにあっている。


「どんな世界だったの?アルがいた世界って」


「そうだな、魔法は無かったよ。その代り、技術が進歩してた。別の場所にいても話すことができたり、世界を一周することだってできた。建物も背の高いものばかり。あとは娯楽がたくさんあったよ」


 エルは俺の話すことにいちいち大きな相槌を打ち、その表情は幾度も変化していた。常人の表情筋では不可能であろう表情の変化を見せた。さながら変面のようだ。


「娯楽ってことは遊びってこと!?どんなのがあったの!?」


 俺は言葉と体を使って、一生懸命伝えた。それでもこの世界には存在しない言葉を使わざるを得ないことがあった。

 その言葉が出てくる度、エルは体ごと首を傾けて「ぱそこん?でぃすぷれい?」と口にしていた。


 ひたすら語った後、喋りつかれた俺は大きく息を吐いた。

 エルはその様子を穏やかな表情で見つめていた。そしていつもの明るい口調ではなく落ち着いた口調で言った。


「アルさ、変わったね」


「どこが?」


「明るくなったね。前までは口下手な感じだったのに、今はたくさん喋るようになった」


 そうなのだろうか、いやそうなのだろう。

 あの一見以来、俺の中で何かが消えた。何が変わったのかは分からないが、確かに何か変化があった。


 俺はその後も質問攻めにあった。その日は夕暮れまで遊ぶことなく話し続けた。

 娯楽だけではなく、文化や、料理や、動物や、乗り物や、通信技術など。俺の知る限りを語りつくした。

 そろそろ帰るという頃合いで、最後の質問をされる。


「アルの家族ってどんな人たちなの?」

「俺の家族はお父さんとお母さんだけだよ」


 エルはそうだね、と明るく返事をして、その日は家に帰った。


 家では両親が料理を用意して待っていた。急いで手を洗い、席に着く。

 父が家族がそろったことを確認すると、三人で手を合わせる。


「「「いただきまーす」」」

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