前触れ

俺は四歳になった。

 この一年、特筆すべきことは何もない平穏で幸福な日々を送った。


 ただ、四歳になったある日。とある旅人がサンタナ領を訪ねてきた。旅人はサンタナ領に着くと、脇目も振らず領主のもとへ向かったという。


 領民たちはその旅人は召喚者であると根も葉もない噂をしていた。


 召喚者とは、異世界から召喚された人物らしい。そういった人物は世界の危機が迫った時に召喚されるとのことだが、現状この世界に人類の敵と呼べるような脅威はない。そのことを踏まえると召喚者というのは考えにくい。

 しかし、召喚者だとしたら、考えられる可能性としては今後脅威と呼べる存在が現れるというものだ。未来の危機に備え、勇者を召喚するというのはよくある設定だ。


 数分考え続けた。しかし考えたところで答えはわからないことに加えて、分かったところで俺ではどうすることもできないため、考えることはやめた。


 旅人は現在もまだ滞在しているが、明日の朝ここを出立することを領主から伝えられた。領民たち、特に店を営む人々は、世界を救う召喚者かもしれないその人物に贔屓にしてもらおうと躍起になっている。おかげで普段は閑散としている領内は、やけに賑やかである。


 もちろん俺もその旅人とやらは気になっていた。もしかすると俺と同郷である可能性があるのだ。気にならないはずがない。しかし否が応でも接触したいわけでもなかったため、会えたらラッキー程度で考えることにした。


 そんなことを頭の片隅に置き、今日もエルと遊んでいた。最初こそかくれんぼや鬼ごっこといった幼稚なものだった。しかし俺が「魔法を使ってみたい」と言ったことで家庭教師ごっこなるものをするようになった。

 

 家庭教師ごっこ、とは言ったものの、エルの教え方から魔法のコツを理解することは難しい。彼女は感覚で理解するタイプの子だ。

 どんな感じかというと、


「お腹の辺りがぽわ~ってなるでしょ?そのぽわ~をギュッてして、ギュッてしたのを手の方にぴゅーってするの。そうしたら手がグワーってなるからそれを出す感じ」


 という具合だ。

 だが、俺が分からないだけで、この世界の住人は感覚派なのかもしれない。

 そう思い、試しに彼女の母に同じことを聞いてみると懇切丁寧に説明してくれた。


 同時に確信した。エルは魔法の天才である。


 俺はそのことを食事の場で、父親に自慢した。俺の友達のエルはすごいんだぞ、と高らかに語ると、


「天才とは天賦の才を持つ者を言うのではなく、自分が輝ける分野を見極められる者のことを言うんだ」


 と説教された。

 その理屈でいくと俺にも天才として輝ける分野があるように聞こえる。俺は自分にそこまでの可能性があるとは思えない。

 だが、その考え方は自分に期待を持つことができる。自分の知らない自分があって、その自分が輝けるという期待を。


 父の言葉に考えを巡らせていると、父がまた声を出した。


「そういえば、今日の昼頃に領主様に会ってな。この頃どうだって聞かれたんだ。だから、アルマが教えてくれた『いただきます』を領主様にも教えたんだ」


「まあ、いいわね。サンタナ領のみんなが『いただきます』を言ってくれたら、なんだか嬉しいもの」


 両親は「いただきます」をいたく気に入ったようだった。俺が教えて以来、我が家ではずっと使っている。


 しかし、両親はそれだけでは満足しないらしい。

 人とは自分が良いと思うものを他人に布教したがるものだ。俺の両親も例外ではない。だから、領民が使ってくれたら嬉しいと、そう言うのだ。あとは、自分の子供のことを誇らしく思っていて、それを領民にも知ってもらいたいとか。


 俺は領民に使ってほしいとは思わないが、二人が俺のことを自慢したいと考えるほど誇らしく思っていることが誇らしい。


 そんな話をして、その日の食事を終え、床についた。


 そして朝を迎え、滞在していた旅人は領を出た。結局会うことはできなかったが気にすることはないだろう。


 今日もエルと遊ぶために彼女のもとへ向かう途中、大人たちの様子に違和感を覚えた。

 昨日までは召喚者に取り入ろうとしていた店主たちの活気は、打って変わって召喚者に対する嫌悪感を示していた。店主だけではない、領民も同じだった。皆口々に、


「召喚者は災いの予兆。やつがいるところに危険が訪れる。出て行ってくれて清々した。」


 と言っていた。

 召喚者が嫌いなように語っているが、皆本質的には世界の脅威を嫌っているのだと、そんな気がした。世界の救世主とも呼べる存在がいるところに魔の手が伸びるという発想は至極真っ当だと思う。

 それに、実際に脅威が現れた時は、召喚者を頼るのだろう。

 そんな在り方は、人によっては好ましく思わないだろう。だが、少なくとも俺はそれを身勝手だとは思わない。誰だって降りかかる火の粉は払いたいものだ。


 そんな大人たちの会話に聞き耳を立てていると、エルの家に持っていこうとしてた弁当を忘れたことを思い出した。俺は家へと戻り、弁当を取りに帰った。


 家に入ると、領主が父と向かい合って座っていた。領主は俺の姿を視界の隅で捉えると、席を立ち、軽く一礼してから家を出た。領主から何らかの話を聞いていた父は、何かに頭を悩ませている様子だった。


 俺はその様子を不思議に思いながらもエルのもとへ向かった。



 * * * * *

 

 時刻は夕方。エルと一日中遊んだ俺は、帰路についた。

 帰りの道すがら、大人たちが俺の方をちらちらと見ていることに気付いた。俺がその大人たちを見ると、散るように去った。

 あちこちで俺を見ている。それに何かを話している。聞き耳を立てると、


「気味が悪い。」「元の子が可哀そう。」


 などと話していた。元の子とはどういうことだろう。


 多少、いや大きな違和感を抱えて帰宅する。

 家の中に入ると、テーブルに父と母が神妙な面持ちで座っていた。


「アルマ、話がある。座りなさい。」


 いつもの気のいい父とは違い、低く真面目な声で指示される。その指示に従い、戸惑いながら席に着いた

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