そうだ、狩りに行こう
「アルマ君、狩りに行こう!」
豪快に笑いながらそう言ったのは、エルの父のダグラス・フォートレスだった。
ダグラスは元冒険者である。戦士として活躍していた彼は、当時のパートナー、現在の妻と共に数々の冒険をしたという。冒険者の間では名が通っていたらしく、「剛剣」と呼ばれていたらしい。
エルを授かってからサンタナ領へ移住したらしい。冒険者時代ほどではないが、今でもギルドの依頼を受けて、金稼ぎをしているらしい。
そんな男が、俺とエルが遊んでいるところに来て、狩りに行こうと口走った。
「つ、ついて行っても邪魔になっちゃいますよ。」
「大丈夫!大丈夫!細かいこと気にしててもどうにもならんぞ?」
下手したら死ぬかもしれないのだから細かくはない。どうにもならないのは死んでしまった時だ。
そんなことを思いながらも、同時にダグラスはエルの父だと感じた。
エルの底抜けに明るい性格はこの人から譲り受けたのだろう。
「え!狩り!?あたしも行く!」
「エルはお母さんと魔法の練習をしてなさい。」
ちゃんと父親らしいことも言っている。
だったら俺も狩りに行かず、魔法の練習をしたいのだが。
エルは最後まで駄々をこね続けていたが、母親に連行されていった。
俺もダグラスに強制連行された。
狩場はサンタナ領を囲む草原、その中にある水場。
暖かい陽気が降り注ぎ、穏やかに吹く風が光を反射する水面を揺らす。
水場には、同種と思われる鳥がたくさんいた。
見た目は完全に白いフラミンゴである。
「あれはフルグだな。あれを二、三匹捕らえよう。アルマ君はそこで見学していてくれ。」
さっきまでの元気な声ではなく、熟練の冒険者を思わせる冷静な声で指示を出すダグラス。
俺とダグラスは背の高い草に身を隠した。
ダグラスはその辺に落ちていた小石を拾い、なにやらブツブツと呟いている。
呟き終わると、彼の手の中にある小石が淡い光を帯びる。
何をしたのか疑問に思ったが、彼の剣幕が質問することを許さなかった。
彼の目は一点を見据える。
狙いを定めた後、手に持った石を投げた。
放られた石は風を切る音と共に、フルグの首へ吸い込まれるように飛んでいく。命中したと同時に狙いのフルグは倒れ、周りにいた別のフルグたちは飛び去った。
ダグラスは仕留めた標的へと近づき、様子を確認する。俺もおそるおそる近づく。
ダグラスは首の骨を完全に折られ絶命しているのを確認すると、フルグを担いだ。
その傍ら、俺は生物がその命を散らす瞬間を思い出し、僅かな吐き気を感じていた。
絶命する瞬間の短い悲鳴が、耳にこびりついて離れない。
「ん、少し休憩しよう。」
俺の様子を見たダグラスはそう言った。気を遣わせてしまったか。
水場から少し離れたところで二人並んで座り込む。
隣に座るダグラスから水を手渡され、それを受け取る。
「あの、ありがとうございます。」
「ははっ、気にするな!」
背中を強く叩かれ、口に含んでいた水を零してしまう。
ダグラスは慌ててすまん、と謝っている。
「あの、すみません。」
「ん?どうした?」
「いえ、俺のせいで狩りを中断させちゃって。」
俺がいなければスムーズに狩りは進んだだろう。半ば強制と言えど、最終的についてくるのを決めたのは俺だ。
そんな俺が足を引っ張ってしまったことを申し訳なく感じてしまう。
「なに、死ぬ瞬間に立ち会うのは怖いものだ。アルマ君が謝ることはない。」
「・・・・・」
「話は変わるが、エルについてだ。」
ダグラスはそう言って、話を逸らす。
「エル、ですか?」
「ああ。エルから君と友達になったと聞いたとき、正直言って安心したんだ。」
それからダグラスは語り始めた。
ダグラスとエルの母は元冒険者であるため、教えられることは冒険に関することしかない。しかし、親としてエルに知識を与えたいと思ったダグラス達はエルに冒険の知識が欲しいかを質問したらしい。
エルはその質問に頷いた。
それから訓練の日々が続いた。もちろん無理な訓練はしなかったが、毎日訓練ばかりで同世代の子と遊ぶ機会が無かった。
結果的にエルに友達ができなかった。
彼女の性格であれば多くの友達を作ることができただろう。
ダグラス達はエルに友達ができなかったのは自分のせいだと考えた。
しかし、エルは両親との訓練が純粋に好きだった。それは訓練時に見せるエルの笑顔から手に取るように分かることだ。
その思いを無下にするわけにもいかない。
そんな時、俺という友達ができたことに驚き、安堵したという。ようやくエルに友達ができた、と。
「だからアルマ君には礼をしたいと思ってな。俺にできることがあれば協力させてくれ。」
「いえ、俺の方こそ、初めてできた友達がエルですから。エルと、そのご両親にお礼をしたいです。」
俺もエルと友達になれたことに喜びを感じている。この喜びは他の誰かでは感じられなかった。相手がエルだったからこその喜びだ。
「お互いにお礼をしたい、か。なら、今後お互いに困ったことがあれば助け合う、というのはどうだ?」
「はい。いいと思います。」
男同士の約束を交わし、俺たちは目を合わせて笑いあった。
すると、少し離れたところから音がする。腹に響く重い音がするのに合わせて、地面が微かに揺れる。
だんだんと音の主はこちらに近づいてきて、ついにその姿を見せる。
そこに立っていたのはおよそ三メートルまで及ぶであろう怪物だった。
「ミノタウロス?なぜここに?」
ダグラスがそう呟く。
いまミノタウロスと称された目の前のそれは、頭部が牛、体は人。しかしその体躯は人からはかけ離れた大きさである。
ミノタウロスは仁王立ちのまま動かない。だが、その出で立ちから感じられる、ひりつくような殺意に膝が笑う。
「ダ、ダグラスさん・・・。助けて。」
「応!最初の要望、聞き届けた!!」
ダグラスは腰についていたナイフを手に取り、頭上で構える。
「俺の名はダグラス!与えられた二つ名は『剛剣』!今こそその真意を見せよう!」
名乗りを上げると彼の手に握られたナイフが、たちまち大剣に変わる。
ミノタウロスも危険を察知したのか、その拳をダグラスに向けて突き出す。
「子供に怖い思いはさせねえぞ!」
ダグラスの眼前に拳が迫った時、頭の上に構えた大剣を振り下ろすと、ミノタウロスの体は真っ二つに両断され・・ずに崩れ落ちた。
ダグラスは怪物を剣で殴殺したのだ。
「お!アルマ君、見ろ!奥の方で巻き添えを食らったフルグがいるぞ!あれを持って帰ろう!」
どうやら振り下ろした剣の衝撃波が、ミノタウロスの奥にいたフルグに直撃したらしい。
ナイフがなぜ大剣になったのか、この穏やかな草原になぜミノタウロスがいるのか、村に危険が及ばないのか。
疑問は残る。
しかし、目の前に起こったことに驚愕した俺は、視界が青く光ったのを最後に認識し、気を失ってしまった。
* * * * *
気づくとサンタナ領の中まで来ていた。
ダグラスに背負われ、ここまで来たようだ。
「お、起きたか。すまなかったな、怖い思いさせて。」
確かにいろいろ言ってやりたいが、助けられたのは事実だ。それに最終的についてくるのを決めたのは俺自身なのだから責めるのはやめておこう。
「大丈夫です。助けてくれたうえに、運んでくださってありがとうございます。」
「そうか。とりあえず、他に魔物はいなかった。あそこに魔物が出ることはめったにないからな。安心していいぞ。」
本当か?まあ信じよう。それくらいしか俺にできることはない。
ダグラスのゴツゴツした筋肉質な背中に体を預ける。
「見えたぞ!」
「あ!帰ってきた!遅いよ~!」
はじけるような笑顔と共に大きく手を振るエルに向かって、帰りを告げた。
とりあえず、もう二度と狩りにはついていかないと誓った。
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