スキルと友達
朝。朝食をすませた俺は父とギルドへ向かった。
建物の前には木製の掲示板のようなものがある。建物自体は、煉瓦色が基調とされ、屋根は深緑色。入口の扉の上部分には獣の牙のようなものが二本交差されている。おそらくギルドを表すマークだろう。
中へ入るとそこには防具に身を包んだ冒険者たちがひしめき合っていた。全員が剣だの、弓だのを装備している。
父に連れられて人ごみを抜ける。入口付近からは冒険者たちの背中が子供の身長では城壁のように高く、よく見えなかったが、そこを離れるとギルドの設備が確認できた。
まずカウンター。入口を入ってまっすぐ行くとある。窓口が三つあり、それぞれにこのギルドの制服を着た女性が座っている。
次に食堂。ギルドに入って左。テーブル席四つと、カウンター席五つが並んでいる。
そして鑑定所兼雑貨屋。傷薬や包帯など冒険に必要なものが売っている。また、魔物から得た品を鑑定できる。ここでパッシブスキル確認の申し込みをするらしい。
父が雑貨屋の前にいた店主らしき男のもとへ向かった。おそらく申し込みの手続きをするためだろう。
父は男店主と話をつけた後、少し離れた場所にいた俺に向かって手招きをした。
手招きに従って、俺は父のもとへと近づく。
すると、父の後ろで男店主が水晶玉と紙を持ちだした。店前に置かれていた黒い縦長の直方体の上に紙と水晶玉を置き、準備が完了したようだ。
店主が店の裏に進んでいくと、黒いローブにとんがり帽子のいかにも魔法使いの恰好をした老婆が出てきた。
老婆は手を水晶玉にかざし、呪文のようなものを唱えている。
少しの間待っていると、老婆は詠唱を終えたのか、かざしていた手をどけ、俺に声をかける。
「ぼうや、この玉に手をかざしておくれ。」
自分の身長では届かない位置に水晶玉があるため、父に持ち上げられながら手をかざす。
すると水晶玉から出たレーザーのようなものが紙に照射される。ジジジ、という音とともに紙に文字が刻まれていく。
やがてレーザーは止まった。スキルの鑑定が終わったようだ。
「ぼうや、あなたのパッシブスキルを教えるよ。」
妙な緊張感があった。周りは平然としているため、俺だけが緊張しているのだろう。
望みは特にない。しかし、強いスキルであれば普通にうれしい。
「名をアルマ・エンブリット。汝に授けられしパッシブスキルは・・・」
先ほどまで優しい声音だった老婆の声が、真剣な声音に変わる。
そして、パッシブスキルの名を知らされる。
「『戦闘能力向上:生』『波乱万丈』である。」
* * * * *
俺のパッシブスキルが判明した。
一つは『戦闘能力向上:生』。概要は生きていく中で経験する出来事を自らの糧とするとのこと。例えば ―心底考えたくないが― 両親が死んだとする。その経験をしたときスキルは発動し、戦闘能力が向上するらしい。
そしてもう一つは『波乱万丈』。これはパッシブスキルというより、占いみたいなものだった。今後の人生が劇的なものになるというもの。曖昧なためよくわからない。
そして、この二つのスキルには前例がないという。
前例がないということは、俺と同じスキルを持つ者は存在しないということだ。
そのため、『戦闘能力向上:生』によってどれくらい強くなれるか、『波乱万丈』によってどのような人生になるか、などはさっぱりわからない。なにぶん判断材料が少なすぎる。
そもそもなんで前例がないなんてわかるのか。
老婆によると、鑑定の際、過去と現在を通して同じスキルを持っていた人間が何人いるか分かるらしい。
この老婆の鑑定、戦闘には使えないが、なかなかの壊れスキルである。
父と老婆は紙に書かれたスキルを物珍しく見てはいたが、驚きで声をあげるなどの異世界転生お決まりの展開はなかった。
スキルの説明が記載された紙を受け取り、ギルドを出ると、朝よりも強い日差しが降り注いでいた。
今は昼前くらいだろうか。鑑定には一時間もかからなかったらしい。
ギルドから家までの帰り道、足元にボールが転がってきた。ボールはいびつな球形であり、まともに跳ねない。何で出来てるかわからないが、この歪さから察するに、間違いなく手作りだろう。
「悪い!それ、俺たちのだ!」
ボールが転がってきた方向から屈強な男が駆け寄ってきた。その後ろを見るからに活発そうな金髪の女の子が着いてきた。
「大丈夫だった?ごめんね、どこか痛くしてない?」
女の子の声は耳あたりがよく、またよく通る声をしている。
俺は手に持ったボールを女の子に渡そうとした。
「ねえ!一緒に遊ぼうよ!」
女の子は俺が渡そうとしたボールを受け取らず、俺を遊びに誘ってきた。
前世では友達などいなかった俺は、こんな時どうすればいいか分からない。
どう反応するのが正解か悩んでいると、父から遊んできなさい、と促される。
「ほら、こっちこっち。」
黙っていると女の子に手を引かれた。半ば強引に連れられ、彼女の家に向かうこととなった。
* * * * *
彼女は家に到着すると、すぐさま俺にボールを投げつけてきた。
何とかキャッチはしたものの、唐突すぎて驚くばかりだ。
「お、俺、アルマ・エンブリット。君、は?」
途中、言葉に引っ掛かりつつも彼女の名前を聞く。
この際、遊びには付き合う。
しかし、素性を知らなければ遊びに集中できない。
すると彼女は快活に自己紹介を始めた。
彼女の名前はエルリアル・フォートレス。愛称はエル。年齢は四歳、俺より一つ上だ。
彼女の光を反射する綺麗な金色の髪は、肩にかかるくらいまで伸びている。彼女の着ている白いワンピースは彼女の活発さを助長させる。
一人っ子で弟が欲しいと常日頃から思っていたらしく、俺を見たとき、この子だ!と感じたらしい。つまり俺は弟代わりということだろう。
彼女の両親は元冒険者で、エルはその両親に訓練を付けられる日々を送っているとのこと。彼女自身、冒険者になりたいとは思っていないらしいのだが、両親のことが大好きなため訓練に励んでいる。
天真爛漫で、思いやりのできるいい子だ。
「エ、エルはさ、どんなスキルを持ってるの?」
ボール遊びに疲れた俺たちは、エルの家の庭に大の字になって寝っ転がっていた。
「えーと、『魔法の申し子』だね。」
それは魔法の天才という認識で間違いはないのだろうか?
というか、魔法は異世界に来たのであればぜひ見ておきたい。
「使えるの?その、魔法。」
「水魔法だけなら使えるよ。見たい?」
俺がこくりと頷くと、エルは上半身を起こした。
彼女は手を前に出し、目を瞑る。そして魔法の名を口にする。
「水の精霊の恵みをここに、『ザバ』」
手のひらから小さな水の球が出現した直後、五秒と持たずに弾けた。
威力を見る限り戦闘に使うことはできなさそうだ。せいぜい、花の水やり程度にしか使えないだろう。
「これじゃあ、敵を倒せないんじゃないの?」
「もっと強い『ザバラ』だったら倒せるって、ママ言ってた。他の魔法も同じらしいよ。」
『ザバラ』というのはもう一段階上の魔法ということだろうか。
『ザバ』よりも強い魔法。いずれこの目で見てみたいものだ。
昼食の時間になり、家に帰ろうとすると、エルの母親から一緒に食事をするよう誘われる。断る理由もないので昼食をエルの家で食べることにした。
「アルマもさ、今日鑑定してきたんでしょ。どんなスキル持ってたの?」
昼食の途中、エルから質問された。
俺は自分のスキルについて話した。
この世界で唯一のスキルであるため、凄さは分からない。そのため、伝えたところで微妙な反応をされるだろうと思っていた。
案の定、向かい側に座るエルの両親は少しだけ目を丸くしたが、声を出すことはなかった。隣に座るエルは細かく震えながら下を向いている。
ようやく顔を上げたと思ったら、唐突に顔を近づけてきた。
「すっごーい!」
「な、何が?」
「だって、だってそれってアルマしか持ってないんでしょ?それって特別ってことじゃん!」
少し驚いた。
エルの勢いに驚いたのもあるが、その考えに驚いた。
自分のスキルの全容が分からないことに一抹の不安のようなものがあった。
少し、前世を思い出す。
前世では暗い人生を送っていた。不幸に愛された人生だった。それゆえに、夢も希望も持たずに生きた。つらい思いをするのなら希望を持つだけ無駄だと思っていた。その生き方が染みついていた。
でも、この生は違うのだ。夢も希望も持っていい、そのことを今エルに教えられた気がした。
無論、彼女はそこまで考えてはいないだろう。
だが、俺はそう受け取った。
「そうなのかな。ううん、そうだね」
「うん!アルマはすごい!」
この生は前世とは地続きではない。なら期待しよう。俺のスキルが特別であることを。
昼食後、エルと日が暮れるまで遊んだ。追いかけっこしたり、かくれんぼしたり、家の中を探検したり。幼稚ではあるが、楽しい時間だった。
気が付くと、当たりは夕日に照らされていた。もうすぐ夜になる、家に帰ろうとエルに声をかける。帰ることを伝えると、エルは最後にひとつだけ、と話し始める。
「ねえ、アルってよんでいい?」
愛称、あだ名か。
同じ年の男女がお互いをあだ名で呼びあってるのを横目に眺めていた前世。正直に言えば、憧れはあった。しかし、自分には無理だと思った。
でも今は違う。さっきそれを教えられた。だったら、
「うん。よろしく、エル」
「うん!アル!」
*
大きく帰宅を告げると、暖かくそれに答える母。
母は卓上に夕飯を並べている最中だった。
配膳を手伝っていると、父が帰宅した。
父も同じように帰宅を知らせ、俺と母がそれに答える。
食事の準備が終わると、三人で食卓を囲み、用意された料理を食べ始める。
「いただきまーす」
俺が手を合わせてそう言うと両親が、不思議そうにこちらを見ている。
「アルマ、その言葉はなんだ?」
その質問に少しぞっとしたが、そもそも前の世界とこの世界の文化が一致するわけがない。この言葉がこの世界で使われていなくとも、何も不思議ではないのだ。
俺は、この言葉は食材への感謝を表す言葉だと説明した。。
それを聞いて両親は顔を合わせる。
「どこで知ったんだ?」
前世で使っていたと言っても信用されないと思った俺は、エルの家にあった本に書いてあったということにした。
「じゃあ、俺もいただきます」
「ええ、いただきます」
二人は納得したような反応をした後、そう言った。
さすがに不審に思われるか、と考えていた俺は、二人が納得しその言葉を口にしたことに驚きつつも嬉しく思った。家族とは様々なものをこうやって共有するものなのだと、一人で感動していた。
そして俺は今日エルと遊んでいたことを話した。元気に、大きな声で、言葉を尽くして、たまに小さな体を大きく使いながら話した。今日あったことが自分にとってどれだけ素敵で素晴らしいことかを伝えるために。
聞く相手のことを一切考えていない独りよがりで自己満足的な話し方であったが、二人はちゃんと話を聞いてくれた。時折、相槌をうったり、笑ってくれたりして、俺の話を最後まで聞いてくれた。
夕飯を食べ終わった後、急に眠気に襲われた俺は、即座に床についた。
「話し疲れて寝ちゃったみたいね」
「そうだな。すごく楽しそうにしてたもんな」
「ええ。それに私たちも楽しかったもの。きっとこの子はいろんな人を幸せにするに違いないわ」
「間違いない。なにせ君と俺の子だ」
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