はたして俺の異世界転生は不幸なのだろうか。
@hasuroi
そして異世界へ
全身が浮遊感に襲われる。重力から解き放たれたかのように体が軽い。それもそのはず、今の自分には体などない。
特定の輪郭を持たず常に形を変え続ける、まるで雲のような白い物体。それが今の自分だ。
つまるところ魂だけになってしまった。だが、魂だけとは言えども視覚だけは健在だった。
俺は死んだのだ。最後に見た光景は横断歩道に侵入してくるトラックだ。赤信号を無視して突っ込んできた。そのとき横断歩道を渡っていたのは俺だった。
別に俺は轢かれそうになっている人を助けたわけではない。ただ不幸だっただけ。それだけのことなのだ。
不幸中の幸い、いや死んだ時点で不幸ここに極まれり、という感じではあるが俺には親がいなかった。友達や恋人と呼べる存在も同様だ。
加えて、虐めも経験した。
孤独で不幸な人生だった。故に未練はない。
死ぬ瞬間のあの痛みだけは二度と味わいたくはないが。
そんな魂だけの自分は暗い空間にいる。足がないため確認することはできないが、見た限りでは、床はない。壁があるかどうかもここから動くことができないため確認できない。今の俺にできる行為はその場で体を一回転させ、周りを見渡すくらいだ。
意味もなく暗闇を見渡していると、暗い空間に裂け目を見つけた。裂け目からはわずかに光が漏れ、漏れ出た光は反射することなく、空間を満たす深い暗闇の中へ消えていく。
裂け目はみるみる大きくなり、やがて暗闇の空間を飲み込んだ。
一面真っ暗闇だった空間が、気づけば光に満ちていた。
光は徐々に光度を増していき、最初の煩わしい思いをする程度のものから、直視することができないほどになっていた。
目が眩み、光に視力を奪われていく中で声が聞こえた。ひどく無機質で、無感情な若い男の声だ。
「次なるお前の生に幸少なからんことを」
そこで意識は途絶えた。
* * * * *
「ほら、いないいないばあ!」
「どうしたのかしら。いきなりぼんやりしちゃって」
正面から声が聞こえる。男と女の声だ。
眩む目を手でこすると、ようやく焦点があってきた。
目の前には男と女がおり、こちらを心配そうに見つめている。
見覚えのない二人だが、なぜかこの二人についての記憶が俺にはある。
頭の中の記憶から目の前の2人は自分の両親であることが分かる。名前は男の方がエルダイン・エンブリット、女の方がアンナ・エンブリット。
そして俺はこの二人の間に生まれた子供のアルマ・エンブリット・・・らしい。性別は男、現在3歳で、物心がついたばかりだ。
ようやく思考能力と言語能力が備わり始めたくらいの歳だろう。
そんな幼い思考能力ではあるが、なんとなく察することができる。
俺は異世界転生したのだ。
前世ではアニメやライトノベルなどオタク文化と呼ばれるようなものに多少触れていた。その中で一大ジャンルとして成り立っている、異世界転生がある。今の俺はおそらくそれだろう。
目の前の大人2人、記憶上の両親はいまだに俺を心配している。
俺が何の反応もしないからだろうか。
とりあえず何か言おう。
「いないいないばあ、とかいう歳じゃないよ。お父さん」
お父さん。前世では言えなかった言葉だ。天涯孤独で家族などいなかった俺には無縁だった言葉。だからこの言葉を言うのは少し恥ずかしい。
「よかった。どうしたんだ?いきなりぼうっとして」
「もしかして、熱でもあるのかしら?」
「何でもないよ。大丈夫・・だ・・・よ」
話す途中で言い淀む。
俺の言葉を遮ったのは頬を伝う滴の感触。なぜか俺は涙を流していた。
親と会話する。その作業工程は言葉を発し、相手がそれに答える、という普通の会話となんら変わりはない。
だが、今行われた会話は今までのどの会話よりも特別だった。
たった一言。言葉を交わすと、俺に向けられる惜しみない愛情が感じられる。それが暖かくて、優しい。胸の奥がゆっくりと満たされていく。
流れた涙の正体。それは感動だった。
「おぉ。大丈夫か。アルマ」
「何か怖いことでもあったの?ほら来なさい」
アンナは両手を広げて見せた。彼女が首から下げた緑の宝石のネックレスが緑閃光のような光を放つ。
俺はその光に誘われるように、その腕の中におさまり、ひとしきり泣いた。
* * * * *
かくして、俺の異世界での生活が始まった。
まず一番に確認したのは自分の容姿だ。
自宅の二階にある鏡をのぞき込むと、そこには黒い髪をした少年が映っていた。
愛らしさを備えたぱっちりと大きな目。シュッとした鼻筋に高い鼻。鮮やかなピンク色の唇。
前世の感性でいくと、結構な美少年だ。
次は外の様子だ。
両親によると我が家はサンタナ領というところにあるらしい。異世界の自分の家が一体どんな場所にあるのか、気になるのは当たり前と言えるだろう。
近くにあった椅子を三歳児の非力な腕力で何とか窓がある位置まで持ってくる。椅子の上によじ登り、閉められていた窓を開ける。
体を吹き抜ける爽やかな風とともに、サンタナ領の風景が目に飛び込んできた。
周辺にはレンガでできた煙突付きの家が立ち並んでいる。
遠くを見やると、広い草原が広がっているのが分かる。
それらの景色を沈む夕日がオレンジ色に染め上げていた。
中世ファンタジーと言われて思い浮かべる風景がそこには広がっていた。
その後、家の中を物色した。一階の居間や風呂、二階の寝室などを見て回った。
剣や杖といった冒険者が持っていそうなものが置かれていなかったため、両親はおそらくただの領民であると考えられる。
父は細身ではあるが筋肉質だったため、力仕事をしているのかもしれない。
そもそもこの世界に魔物などの外敵がいるかもわからない。そういったものがいない異世界というのも考えられる。
正直なところ魔物がいてもいなくても、平和ならどうでもいい。別段、冒険者になりたいというわけでもない。
俺は父親と母親がいる生活にすでに満足している。これ以上を望むのは強欲に思えるし、欲しいとも思わない。
「アルマー、ご飯よー」
「はぁーい、今行くー」
遠くにいたら母親からご飯に呼ばれ、それに大きく返事をする。
この生活を続けられるなら、その他のことは何でもいい。
家族三人で食卓を囲む。並ぶのは、パン、豚?の丸焼き、焼き魚、スープなどの料理だ。
食事を始める合図はなく、両親は席に着くやいなや食事を開始した。食前のお祈りのようなものが存在しないのだろうか。
合図もなく始まる食事というのは、なんだか気持ちが悪い。
俺も木製のスプーンを使って料理を口に運ぶ。
味付けは前世の料理の方が美味い。
しかし、家族で食事をすることの充足感に比べれば、味付けなんて些細な問題だ。
三人それぞれが自分のペースで料理を口に運ぶ。
すると、父のエルダインの手が止まる。エルダインは思い出したように言葉を発した。
「そうだ。アルマのパッシブスキルを明日見に行こう」
「お父さん。パッシブスキルって何?」
俺の質問にエルダインは答えた。
パッシブスキル。その人だけが持つ、いわば才能のようなもの。
父から例として挙げられた「剣の申し子」。このスキルはこの世に存在するあらゆる剣の使い方を、教えられずとも熟知し、その熟練度は常人では不可能な領域に達するというもの。
というか「剣の申し子」というスキルが例として挙がる時点で、魔物がいると思っていいだろう。
剣の使い道なんて、敵を切り捨てるくらいのものだ。剣で農作業したり、羊毛などを刈り取る馬鹿はいない。
話を戻そう。
聞けば、ギルドがあり、そこにいる鑑定士にパッシブスキルを見てもらうらしい。皆、物心ついたころにパッシブスキルを確認するらしく俺もいい頃だろう、ということだった。
その話を聞いた俺はというと、異世界らしいことに、少し心が躍っていた。
異世界転生と言えば、最初から最強というのがお決まりだ。今のところ、自分には特別な力があるような気はしないが。
淡い期待に胸を膨らませ、その日は眠りについた。
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