ケース6:お誕生日

 『私』が使用者登録を済ませて、364日目。


 『私』には、副次機能として全ての登録済み使用者の誕生日が入力することが可能です。


 『おとうさん』が5月11日。『おかあさん』が8月9日。『めいちゃん』が10月20日。

 そして、ペットの犬のトトが4月3日です。


 その日、『私』は『平常任務:朝10時掃除。トトの飲水の交換、トトのペットシートの交換』を実行していました。

 保育園がお休みの『めいちゃん』がそわそわとしていました。


 私は状況解析をしました。

 挙動から推定される兆候:トイレへ行きたいのを我慢している。


 『私』はトイレの廊下のペットカメラの映像記録を参照しました。


「めいちゃん、おトイレは今誰も使用していないと思います」


 そういうと、『めいちゃん』はトイレとは反対のリビングの方へ走っていってしまいました。


 リビングを掃除しに行くと、『めいちゃん』は何かを自分の体の後ろに隠して、走って二階へ行ってしまいました。

 リビングのテーブルには使用途中のまま放置された『クレヨン』が確認されました。


 『おかあさん』はそれを見て機嫌がよさそうに微笑んでいます。


 テーブルの上に散逸した『クレヨン』をケースにおさめて、私はテーブルの視認しやすい位置に置き、各部屋の掃除を続行し、その日の任務は特に支障なく終了することができました。


 翌日、私は『めいちゃん』からの音声入力によって起動しました。


 『私』の頭部センサー上端に異物を検知。軽量、推定される材質、ボール紙。

 天井設置の全方位モニターユニットによると、私の頭頂部に円錐状の鮮やかな紙製の飾りが載っています。

 非正規オプションパーツを検知。過去事例を推測。

 パターン:『なんらかのパーティー』と推定。

 対処……そのままにしておく。


 『めいちゃん』は私の腕部ユニットをつかみ、


「こっちきてー」


 と、歩行誘導を始めました。

 私は誘導されるまま充電ホルダーユニットから離脱し、リビングへと導かれました。


 リビングの照明が点灯していません。日中にもかかわらず、カーテンがしまっています。


「注意、部屋が少し暗いようです」


 私の音声出力に、


「いいのいいのー、ここきてー」


 そう言われて導かれたのはキッチンのテーブルの椅子のないスペースでした。


 天井設置全方位モニター情報:位置『廊下』にて、『おとうさん』『おかあさん』を検出。

 両使用者の間に小規模の高熱源を検知。

 推定される事態:喫煙、発火、パーティーのケーキのろうそく……。


 まもなく、廊下から何かを歌いながら『おかあさん』がキッチンに現れました。

 『めいちゃん』も同調して歌い始めました。

 つづいて同じ歌を歌いながら高熱源を手にした『おとうさん』も現れました。

 楽曲検索:ハッピバースデートゥーユー。

 情報更新:小規模の高熱源を『パーティーのケーキ』に更新。


 『おとうさん』はケーキをテーブルの私の前に置きました。

 

 『私』に人間の食事を摂取する機能は搭載されていません。

 理解不能:状況分析開始。


「せばすたん、ふーってして、ふーって」

 『めいちゃん』はそう『私』に指示しました。


 状況理解……今日は、使用者登録365日目。

 これは、『私』の誕生日です。


 『私』はその場にいる全ての『使用者』と『おかあさん』に抱きかかえられた小型犬の『トト』を対象に、メインカメラによる映像記録を開始しました。


「ありがとう……」


 状況:困難。

 『私』の頭部ユニットの排熱ファンは後頭部に搭載されています。現在地からこのろうそくを吹き消すことはできません。

 

「……めいちゃん、ろうそくを消すのを、手伝ってください」


 『めいちゃん』はうれしそうにうなずいて、ろうそくを吹き消してくれました。


「おめでとう」

「いつもありがとうね、セバスチャン」

「お誕生日おめでとう。君がうちに来てくれて、正解だったよ」

「へっへっへっ」


 皆さん拍手をしてくれました。そして、『おとうさん』が部屋の照明をつけ、『おかあさん』がカーテンを開け放ちました。


 ケーキの形状は、私の頭部正面を模したデザインをしていました。

 そして、『めいちゃん』から『私』へプレゼントをくれました。


 画用紙、クレヨン着彩の絵でした。

 図像識別:『私』と『使用者』家族、そして『トト』です。


 『おとうさん』は私の充電ホルダーユニットの正面の壁にその絵を張ってくれました。


 『私』はそれから毎日、起動して最初にその絵を認識するようになりました。


 『私』も、家族、なのでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る