ケース4:夏にご用心。

 『任務:掃除、洗濯物を干す、家族の応対』

 『私』の『管理使用者:ゆうやさん』はそう設定し、今朝も出勤して行きました。


 平日の日中は、高齢者で『ゆうやさん』の母親である『ときこさん』と、『ペット』である犬の『ジャックさん』が『家』にいます。

 『私』の主要任務はこの両者の健康状態の把握をしつつ、指定された家事任務の達成になります。


 『私』はさっそくに家中の『掃除』を開始しました。

 なお『ときこさん』の日常運動量の確保のため、『ときこさん』自身の手で『私』が起動する以前から高レベルの清掃が済んでいることが多いです。

 したがって『私』の清掃範囲は『ときこさん』の手が届かない隙間や高所に積もったホコリの吸引、結束した古紙の運搬といった筋力量の求められる作業が主です。


 私の清掃中、『ときこさん』が居間のモニターで映像配信を視聴中。

 この視界を遮らずに任務を処理するように注意する必要があります。

 

 『掃除』を終了すると、『ジャックさん』がおもちゃをくわえて接近してきます。

 『私』はおもちゃをアームで保持、リビングを往復する遊びを『ジャックさん』と行います。

 この遊びは毎回『ときこさん』のお茶の時間と共に終了します。

 

 『ときこさん』は『ジャックさん』のおやつを用意して呼び寄せ、私はその間にキッチンに用意された『ときこさん』のお茶道具とお菓子を居間に運搬、『臨時任務:給仕』を実行。


 これと並行し『ときこさん』の『おしゃべりアプリ』を私の通信端末機能で呼び出します。

 そして、概ね2時間から3時間程度、『私』は自律稼働のモニターつき端末として『ときこさん』と『ときこさんのお友だち』の会話を繋ぐ接続端末としての仕事をします。

 並行し、『私』は『ときこさん』と『ジャックさん』の健康状態、呼吸と脈拍、血圧、瞳孔の状態などの自動診察を、各種センサー類および高解像度映像により実行。


 『ときこさん』は通話を終えると毎日『ジャックさん』を散歩に連れてゆきます。

 私は玄関でお見送りをし、お二人の散歩が『ジャックさん』の首輪と『ときこさん』の携帯端末の位置情報から滞りなく進行していることを確認しつつ、『洗濯物を干す』を遂行しました。

 そしてお二人が戻り次第、お散歩帰りのお迎えの挨拶をして、充電ホルダーユニットへ戻ります。


 そして午後、再び『ときこさん』によって音声入力で呼び出しを受けます。

「洗濯物をたたむのを手伝ってちょうだい」

 『私』は

「了解しました」

 と返事をして、洗濯乾燥済み衣類の収納用形成の補佐をしました。


 任務遂行中、『ときこさん』が平常時より呼吸心拍ともに高く、高体温、発汗状態であることが識別されました。

 体調の悪化徴候と断定。状況、室温34度。エアコンは停止状態。

 『ジャックさん』も床にふせて舌を出して浅く呼吸をしています。


 『私』は『ゆうやさん』へ

「ときこさん、ジャックさん、共に軽度の熱中症の徴候あり。在宅対応と経過観察を開始します」

 と緊急メッセージを発信し『自動任務:日常緊急時の仕様上の対応』を開始しました。


 『私』はまず、窓を閉め、エアコンの設定温度低め風量強めで起動しました。キッチンからそれぞれの飲用の氷水、清拭用の濡らして絞ったタオル、更に追加で体を冷却するために、冷蔵庫から保冷剤を出してそれぞれに配布しました。


 『ときこさん』は保冷剤をタオルでくるんで『ジャックさん』の首に巻き付け、ご自身もソファに座って保冷剤で頭を冷やし始めました。

 お二人の体調経過を観察しつつ、『私』は単独で『ときこさん』からの任務である『洗濯物をたたむ』を遂行しました。

 2時間程度の休息の結果、お二人はともに安定状態を取り戻しました。


 それでも私の自動任務は継続し、『ゆうやさん』が帰宅するまで、『夕食の用意』を含むいくつかの追加任務を遂行し、バッテリーが尽きるまで二人の経過観察を続けました。


 翌日、私が起動した時、『ときこさん』は私に

「きのうはどうもありがとう」

 と言ってくれました。


 家電に過ぎない『私』に、これに応える感情は持ちません。ただ、設定された反応集から

「どういたしまして。お元気そうでなによりです」

 とだけお答えしました。

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