第2話
彩花と仄花は顔立ちのよく似た双子だが、性格は昔から真逆だった。おしゃべりで行動的な彩花と、おとなしくいつも彩花の後ろに隠れている仄花。周囲の人から何かと比べられて育ったが、二人には、本人たちしか知らない共通項があった。
幽霊が見える。
いつのころからか、彼女たちはこの世のものではない何かを視界にとらえることができるようになっていた。親に訴えても、信じてもらえない。友人からは奇異の目で見られる。そういった経験を重ね、このことは、二人と、ごくわずかな知人のみの知る秘密となった。
もちろん、同じものが見えると言っても、対処の仕方はバラバラだ。積極的に闘おうとする彩花と、ひたすら逃げる仄花。そのせいか、二人の力には、奇妙な差がついた。彩花には、強い除霊の力が。仄花には、強い危機察知の力が。そのうち仄花が危険な霊を見分け、彩花が祓うという役割分担ができ始めた。危険を退けることに関し、二人はいいコンビと言えた。たとえば、こんなことがあった。
二人が高校生のころである。両親が旅行に出ており、姉妹は二人で夜を明かすことになっていた。家があるのは閑静な住宅街の一角であり、大声を出せば近所の人々がやって来てくれるような土地柄だった。一方で、通りを何本か抜けると、田畑が広がり山並みが一望できるような土地に出る。人里と自然の境界線のような場所だった。
二人はどちらからともなく二階の部屋で共に寝ることにした。ベッドの脇に円卓が置いてあり、そこには化粧道具が散らかっている。部屋の隅には勉強机があり、そこには学校鞄が無造作に置いてあった。
仄花は勉強机の前で椅子に座り、本を読んでいる。彩花はベッドの上に腹ばいになり、スマートフォンを触っていた。
「もうちょっと片づければいいのに」
「面倒なんだもん」
仄花の言葉に彩花が膨れる。
「まあいいけどさ」
仄花は軽く伸びをして――動きを止めた。何かを察知するときのことを、彼女はよく「肌が粟立つ」と表現する。鳥肌が立つとか背筋が寒くなるとかということではなく、たとえるなら微弱な静電気が起きている感覚らしい。
このとき仄花が感じたのは、まぎれもなく「肌が粟立つ」感覚だった。彩花はまだ気づいていない。どこに何がいるのか、確かめるために視線を走らせる。
「お姉ちゃん」
「ん? 何?」
こういったときは、騒ぎ立てると逆効果だ。生きている人間と同じく、幽霊もあまり刺激しない方がいい。なるべく自然に、危険から離れるべきだ。
「コーヒー飲みたくない?」
「え? 寝られなくなるじゃん」
残念なことに、仄花には自然に姉を誘導するような才能はなかった。営業職は絶対に向いていないと自分でも思っている。
「じゃあカフェラテとか」
「同じでしょ」
「……」
二の句が継げなくなる。しかし、仄花の様子に何かを感じ取ったのか、彩花も口を閉ざした。目だけで、仄花に『もしかして何かいるの?』と問いかけてくる。仄花は黙って、ベッドの下をちらりと見やった。
彩花は腹ばいになったまま、ベッドの下へ意識を集中する。あくまでスマホを触っている女子高生を演出しながら。
ベッドの下からは、微かに、カリカリ、カリカリという音が聞こえてきた。彩花は舌打ちしたくなる。それがおそらく、爪の音だったからだ。
爪の長い霊には、ろくなものがいない。少なくとも彩花はそう考えている。未練や恨みが長い爪として表れるのか、それともこの世に長くとどまりすぎてそのような変異を起こしているのかは判然としない。ともかく、爪音がした場合には、攻撃的な霊であることを覚悟した方がいい。
姿が見られるとよいのだが、ベッドの下に相手がいる状況では、それは望めない。爪の長い白目をむいた女がベッドの下に横たわっている様子を想像してしまう。いやだ。
「私カフェラテが飲みたい。キッチン行こうよ、お姉ちゃん」
仄花はあくまで逃亡を考えているようだ。冗談じゃない、私の部屋にこいつを置いておくというのか、と彩花はいら立つ。
「えー、私は別にいいよ。それより仄花、私の鞄開けて、ポーチ取ってくれない?」
内心舌を出す。逃げるのは性に合わないのだ。
困り果てた様子で、しかし仄花は彩花の言葉どおりに、ポーチを投げてよこした。
「ありがと」
ポーチを開けると、奥の方に、塩の入ったポチ袋がある。いざというときのため、常備しているのだ。
ここからはスピード勝負だ。彩花はベッドから飛び降りると、塩をすべて、ベッド下にぶちまけた。想像と違わず、ベッドの下にいた長髪の女が金切り声を上げる。塩を避けようと振り回す腕を見ると、手の爪は十センチに達するほど伸び切っていた。
「ねんねんころりよ、おころりよ」
彩花は手を合わせ、視線を女に固定しながらつぶやく。
「ねんねんころりよ、おころりよ」
童謡は、長く歌われているうちに言霊としての力を得ていることが多い。どの歌にどのような効き目があるのかは彩花自身もよく分からないが、ベッドの付近に出没する霊に対しては、「ねんねんころりよ」の歌が効果的だった。何も歌う必要はない。歌詞の一節を唱えるだけでいい。
仄花は椅子の上で身を固くしている。
繰り返し唱えているうちに、女がベッドの下から這い出てきた。肌は真っ白で細く、薄汚れたワンピースを着ている。誰がどう見ても幽霊だ。女は立ち上がり、彩花の方を向く。
女は首が折れているようだ。立ち上がった拍子に、左側へ頭がだらりと垂れ下がる。
「ねんねんころりよ、おころりよ」
女は何か言いたげだったが、一言も発することなく霧散した。もやが、窓をすり抜けて、どこかへ去っていく。
「うあー、怖かったあ」
彩花は仄花に抱き着く。
「う、うん」
仄花はまだ固まったままだ。
二人はこんな調子で、まれに現れる霊を祓っていた。
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