第7話 わたくしと懐かしいご主人
わたくしは、廊下を駆けておりました。人間達が追いかけてきますが、わたくしの自慢の脚に、柔軟な体に、勝てると思っているとしたら、大間違いでしてよ。迫りくる脚と手をすり抜けながら、わたくし、一直線に走っておりました。
ご主人の匂いがします。優しいご主人の、懐かしい匂いがします。お庭に飛び出したときに、ちょうどご主人が、飛び上がって風に飛ばされた洗濯物をつかんだのが見えました。
さすがはわたくしのご主人。人間ですのに、素晴らしい跳躍ですわ。わたくしも、渾身の跳躍で、着地したばかりの、ご主人の顔に飛びつきました。
「にゃ」
ご主人の鼻息が、私の毛を揺らしました。小さくくしゃみをなさったご主人が、わたくしを抱き上げました。
「シュザンヌ?」
「なぁ」
あぁ、わかってくださいましたのね、ご主人。あなたのシュザンヌです。薄情なあなたに、籠に詰め込まれて、遠くに追い出されたシュザンヌです。
ご主人は、あの頃と変わらない笑顔で、わたくしを膝に乗せて撫でてくださいました。
「本当にシュザンヌ?」
まぁ、なんとも失礼な方ですこと。わたくしはゴロゴロと喉を鳴らすのをやめました。
「なぁ」
わたくし以外に、この手触りのよい美しい毛並みと、素晴らしい尻尾をもつ猫が、どれほどいるというのでしょう。まったく、このご主人は、どこに目をつけているのでしょう。いえ、手といってよいかもしれませんね。たくさん撫でて、わたくしならではの、最高の手触りを思い出してくださいませ。
仕方ありませんわね。わたくしの自慢の尻尾も、撫でてくださってよろしいですわ。久し振りの再会ですもの。今日だけ、許して差し上げます。今日だけですわ。
わたくしが、わたくしとおわかりいただけましたかしら、ご主人。本当に嬉しそうに、微笑んでくださっていますもの、きっとそうですわね。それにしても、お髭が邪魔ですこと。ご主人、毛づくろい、お嫌いですの?
「あら、あらまぁ。これはこれは」
聞き慣れた声がしました。
「こちらに来てもらいましょう。その猫も一緒です」
わたくしを撫でていたはずの、ご主人の手が止まりました。
「なぁ」
不安になる必要はありませんわ、ご主人。その女は、この屋敷にいる人間ですわ。わたくしにミルクをくださる良い人間ですの。ご主人が心配する必要はありません。
よろしければ、ご主人も、ご相伴なさいますか。たいへん美味しいミルクですのよ。ときには、おやつもくれますの。
女の言葉に従い、わたくしを抱き上げたご主人は、そっとわたくしを抱きしめました。不安なのでしょう。
「なぁ」
大丈夫ですわ。わたくしがおりますもの。
わたくしの声の意味がわかったのでしょうか。ご主人は、わたくしを抱きしめたまま、トボトボと女の後に続きました。それほど怯えなくても大丈夫ですのに。そんなに不安でしたら、わたくしを撫でてくださってもよろしくてよ。
わたくしの言葉がきこえたのでしょうか。ご主人はわたくしを抱き直すと、ゆっくりと撫で始めました。
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