第6話 確かめようにも、人の姿は不便なものです

 サイズの合わない指輪を指に嵌め、幾度も読んだテオドール様からの最期の手紙を、わたくしはまた、眺めておりました。


 テオドール様。あなたが、猫のわたくしにと、選んで下さった首輪は、今も大切に保管しております。あなたが、わたくしへのお別れの手紙を縫い付けた首輪ですもの。首輪を見る度に、朧気ながら、お別れをした日のあなたを思い出されてなりません。あのとき、あなたの言葉の意味に気づけばと、悔やまれます。


 もし、猫のわたくしが、逃げ出して、行方不明になれば、優しいテオドール様のことですもの。探してくださったでしょう。一日や二日程度の時間は稼げたはずです。使者の到着が間に合ったはずです。


 わたくしの魔法はなんとも不自由なものです。猫になるための呪文を唱えても、数回に一度、猫になれたら上等という程度です。逆に、とくに意図していないときに、突然猫になりますから、困ったものです。


 あなたとのお茶会では、毎回、突然、猫になってしまいましたらどうしましょうと、緊張しておりました。それも懐かしい思い出です。


 わたくしは、連日、なんとか猫になろうと、努力いたしました。何度も呪文を唱えました。前に猫になってしまったときと、同じことをいたしました。どれも上手くはいきません。


 テオドール様に似た下男がいることは、お父様からお聞きしました。家臣の一人が、見かけたそうです。似ていたけれども、髭面で、無口で無愛想な男で、挨拶もしてこなかったから、違うだろうというのが、家臣から、お父様への報告でした。


 なぜ、お優しいテオドール様が、そんなことになっているのか、わかりませんけれど。


 あの方の訪問を、心ならずも何度もお断りしてしまったわたくしが、お会いするのは気が引けます。


 件の下男がテオドール様なのか、わたくしが確かめに行くには、猫のシュザンヌにならねばなりません。


 わたくしはお母様に、わたくしが猫になったら、テオドール様がわたくしに下さった首輪をつけてくださいとお願いしました。


 テオドール様が、猫のわたくしのために、選んだ下さった首輪ですもの。わたくしが、テオドール様が可愛がって下さった、猫のシュザンヌだったと、わかってくださるはずです。


 猫になった時、わたくしが人であることを、覚えているとは限りません。それでもきっと、テオドール様。わたくしのやさしいご主人。わたくしは、あなたのことを、きっとおぼえておりますわ。ですから、テオドール様、わたくしを見つけてくださいませ。

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