第5話 猫に生まれとうございました

 猫に生まれとうございました。そうであれば、このような悲しみはございませんでしたものを。


 テオドール様、猫の私は、あなたの慰めになったのでしょうか。あなたの安らぎだったのでしょうか。わたくしがいくら問いかけても、お返事などありません。


 いつもどおりの神殿でのお祈りの後に、司祭様がわたくしに、声をかけてくださいました。

「あなたのお屋敷の下男に、とても感心な方がおられますね」

「まぁ」


 屋敷のものへのお褒めの言葉は、うれしゅうございました。

「神殿の下働きを、手伝ってくれましてね。言葉数は少ないですけれど、実直な若者です」

我が家の下男に、若者など、おりましたでしょうか。皆、壮年だったはずです。


「最近王都に来たとかで、勇者様の、あの件について、随分詳しく尋ねられましてね。わたくしの知る限りをお伝えしました。人に語ると、いろいろ思い出すものです」

司祭様の言葉に、わたくしもまた、当時を思い出し、悲しくなってしまいました。


「不思議なことに、勇者様の婚約者だったシュザンヌ様が、どうしておられるかと、私に尋ねたのです」

「まぁ」

わたくし、驚きました。

「下男とはいえ、お屋敷の方が、不思議なことをおっしるなと思いましてね。ご婚約しておられたのですか」


 わたくしは、返事に困りました。わたくしとテオドール様との婚約は、公にはされておりません。陛下や、私達家族と、ごく一部の家臣、テオドール様ご自身しか、知らないはずのことですもの。そのなかでも、若者と言えるのは、兄とテオドール様だけです。


 勇者とはいえ、平民であり後ろ盾のないテオドール様と、中途半端な魔法を使える、貴族のわたくしとの婚約です。何もおこらないはずがございません。用心していたのです。


 どこかから、漏れた情報で、お優しいテオドール様は、謀略に巻き込まれてしまわれたのです。


「いろいろな噂があるものですね」

「そうですな。人とは勝手なものです」

司祭様は、わたくしの言葉に、それ以上の追求はなさいませんでした。


 もしかして、テオドール様、あなたは生きておられるのですか。生きて、この町にいらっしゃるのでしょうか。好きで王都にいたわけでもないとおっしゃっていた、テオドール様。戻っていらっしゃったのですか。もしかして、わたくしに会いにきてくださったのでしょうか。


 わたくしの言葉は、テオドール様に届くことはありません。朧気な、猫だった時の記憶でも、わたくしの言葉は、テオドール様には届いておりませんでした。悲しい気持ちと高揚する気分を抱きしめながら、わたくしは屋敷にもどりました。



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