第8話 わたくしと両親とテオドール様
女に案内された部屋には、わたくしの両親がおりました。
「あら、まぁまぁ」
「おやおや」
ご主人いいえ、テオドール様の膝の上にいるわたくしを見た両親に、わたくし、そもそも自分が人間だということを思い出しました。
殿方の膝の上にいるなど、恥ずかしいのですが、久し振りのお気に入りの場所ですし、ご主人、いえ、テオドール様が、不安そうにわたくしを撫でて気を静めようとなさっているから、動けません。だって、わたくしのご主人、いえ、テオドール様を、お一人にしたら、可哀想ではありませんか。
膝の上にいるわたくしには、テオドール様の緊張や不安が、直に伝わってまいります。大丈夫でしょうか。魔王討伐という武勇が連想させるほど、テオドール様は剛毅な方ではございません。不安が頂点に達したのでしょうか。テオドール様がわたくしを抱きしめました。
「なーお」
しっかりしてくださいませ。緊張するテオドール様の頬を、わたくしはそっと舐めました。わたくしの声に、少し落ち着かれたようです。わたくしを抱きしめるテオドール様のお力が、少し緩みました。ようございました。テオドール様、以前にも増して、剛力になっていらっしゃって、少々苦しゅうございましたから。
「無事だったのか」
お父様の声がしました。お父様の声の、穏やかな響きに気づかれたのでしょうか。わたくしを抱きしめて、俯いていたテオドール様が、ゆっくりと顔をあげられたのがわかりました。
あの頃、テオドール様が崖から身を投げられたと聞いたお父様は、お嘆きになりました。目をかけていた若者が、自ら命を絶ったと聞かされて、喜ぶものが居るでしょうか。偽りの魔王復活を仕立て上げた方々を、お父様は決して許しませんでした。あの件に関わった方は、誰一人として、今この世にはおられません。
「はい。テオドールです。ご挨拶が遅れて、申し訳ありませんでした」
テオドール様のおっしゃるとおり、ご存命であったならば、両親やわたくしに連絡の一つもよこしてくださるべきでした。どうして、知らせてくださらなかったのかと思いましたが、よく考えれば仕方のないことです。
テオドール様とわたくしの婚約は、取り消されておりましたもの。わたくしのことを思って、身を引かれたテオドール様が、わざわざ知らせたりなさるはずがございません。わたくし、少しがっかりしてしまいました。
「今まで何をしていた、いや、何があったか、というところから、教えてもらえないかね」
テオドール様を叱責なさらなかったお父様に、わたくしは、心の中で安堵しました。
「魔王討伐のあと、神様からの御加護は、神様にお返ししましたから、僕には何の力もありません。それでも、魔王復活は嘘だとわかりました。もう、何もかもが、どうでもよくなって、崖から身を投げました。岩棚に、叩きつけられはしましたけれど、大きな怪我はせずにすみました。なんとか這い上がって、あとは、その日暮らしでした」
テオドール様は淡々と語られましたけれど、語られない、ご苦労はあったのではないでしょうか。
「そうか。無事でよかった。神の御加護があったのだろうね」
お父様の言葉が嬉しかったのか、テオドール様がわたくしを、また抱きしめました。
わたくし、気恥ずかしくなってしまいました。だって、両親の前ですよ。テオドール様はご存知ありませんが、わたくし、猫に变化したシュザンヌであって、猫ではないのです。
「なーお」
降ろしてくださいませ。わたくしのことばが通じたのか、テオドール様はわたくしを膝の上におろしてくださいました。
わたくしのお気に入りの場所です。でも、あの、殿方のお膝ですの。わたくしは淑女です。殿方のお膝の上で寛ぐなんて、いけないことですわ。わたくし、恥ずかしくなって、テーブルを使って、お母様のお膝に飛び移りました。
「シュザンヌ」
慌てたテオドール様が、わたくしの名を呼びました。
「おや、君は知っていたのかね」
いいえ、お父様、偶然ですと、お伝えしたいのですが、猫に变化しているわたくしの言葉は、お父様に、わかっていただくことが出来ません。
「この子がシュザンヌと、あなたが御存知とは、知らなかったわ」
お母様、ですから違うのです。でも、テオドール様が、猫のわたくしにシュザンヌという名前をつけた理由を思い出して、わたくし、恥ずかしくなってしまいました。
「申し訳ありません。お嬢様のお名前を、勝手に、猫につけたりして」
テオドール様の言葉に、両親はどうやら、自分たちの誤解に気づいてくださったようです。
「この子は、シュザンヌなの。ほら、毛並みと瞳が一緒でしょう」
お母様の言葉にも、テオドール様はまだ、気づいておられないようです。
「シュザンヌの变化の魔法はどうにも中途半端でね。猫になるのはいいが、時々戻れなくなってしまってね」
「えぇ! 」
お父様の言葉に、ようやく理解されたテオドール様の驚いた顔は、なかなかの観物でございました。後々まで、両親は、二人だけのときですけれど、思い出しては、笑いあったそうですわ。
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