第3話 わたくし一匹くらい、ご主人の味方をして差し上げましてよ
荷物の間から飛び出したわたくしを、見つけたときのご主人の顔と言ったら。お見せしたいくらいでしたわ。目を見開いて、ポカンと口を開けて、なんとも情けない、でも嬉しそうなお顔をなさいました。
「シュザ」
人前でわたくしの名前をおっしゃらないくらいの、理性はございましたのね。ようございました。なにせ、お別れした婚約者様と、猫の名前が同じだなんて、人様に知れたら、いけませんもの。
わたくしを抱きしめて、あまりに嬉しそうになさるご様子に、皆様、察してくださったのでしょう。わたくしも旅にご一緒することになりましたの。引き返すだけ、手間ですものね。
ご主人は、それはそれはわたくしを可愛がって、片時も離そうとなさいませんでした。ご主人にとって、知らない方ばかりの一行ですから、寂しくていらっしゃったのでしょうね。
王都から、長い長い旅をしました。優しいご主人は、わたくしが歩かなくても良いように、籠にいれて、ずっと運んでくれました。ご主人は、時々蓋を開けて、私が元気かを確認なさっては、優しい笑顔を見せてくださいました。
久し振りにお宿に泊まることになりました。わたくしのお部屋は、もちろんご主人とご一緒です。ベッドというのはよろしいものですわね。わたくし、久し振りの感触に、はしゃいでおりました。
「シュザンヌ、ほら、見てご覧。これ綺麗だろう」
ご主人は、指輪を見せてくださいました。綺麗な青い石の指輪です。
「同じ色なんだ」
泣き笑いのようなお顔に、わたくし、察しましたの。あの方のお色ですわ。
「綺麗な瞳の色と同じ色の指輪をしたら、きっと似合うだろうなって。会えなくて、渡せなくて、持ってきてしまったよ。僕、格好悪いね」
いいえ。そのようなことはございません。愛するシュザンヌ様のため、身を引いて、男らしいですわ。わたくしは、言葉が通じないことを承知で、泣きそうなご主人の頬を舐めて差し上げました。
「本当は、婚約者には、自分の瞳の色と同じものを身に着けてもらうものだって言われたけど。このきれいな石が良かったんだ。無くしたらいけないから、君が預かっておいてね」
ご主人は、手紙を書いて折りたたむと、指輪と一緒に、わたくしの首輪に、器用に縫い付けました。
「かわいいシュザンヌ、かわいがってもらいなよ」
わたくし、このときにもう少し、ご主人の言葉の意味を、考えておけばよかったと、後悔しました。
部屋の隅には、いつもの籠がありました。慣れておりましたから、油断しておりましたの。わたくしとしたことが、失態でした。
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