第2話 えぇ、わたくし、ただの猫ではございませんことよ。

「シュザンヌ」

突然の国王陛下からのお呼び出しのあと、戻られたご主人は、それはそれは今までにないご様子でした。わたくしを抱きしめ、長い毛に顔を埋め、まるで泣き顔を隠すかのようです。


 殿方ですのに。いえ、別にわたくし、殿方に泣くなと申し上げたいわけではございません。ただ、なんと申し上げたものでしょうか、ほら、幼子のように、猫を抱きしめて、涙を堪えるというのは、止めていただきたいのです。猫の身になってくださいましたら、おわかりいただけますでしょう。なかなかに、苦しいものでございます。


「シュザンヌ。君を飼ってくれる人を、探さないとね」

わたくし驚きました。なんということでしょう。わたくし、このふわふわの毛に包まれた、最高の手触りの、尻尾の先まで艶々の、あますところなく完璧に美しい、このわたくしの、なにが不満なのでしょう。


「魔王が復活したそうだ」

ご主人のどこか皮肉交じりの声に、わたくしは驚きました。

「僕が疎ましいのだろうね」


 まぁ、この人畜無害な方、いえ、魔王には有害でしたわね。えぇっと、人間と猫には無害な、わたくしのご主人が疎ましいなど、なんとも了見の狭い御方がおられたものです。

「嘘だということくらい、今の僕にでもわかるよ。神様から頂いた御加護は、もうお返ししたけれど」


 つまりは、魔王が復活したという嘘をついて、討伐を命じることで、わたくしのご主人を、王都から追い出そうというのでしょうか。なんとまぁ、不届きな。ご主人、魔王を倒した勇者様ではありませんか。そのような不届き千万な人間など、成敗なさいませ。

「僕が邪魔なら、王都から追い出したいなら、普通にそう言ってくれたら、いいのにね。僕も別に、好きで王都にいたわけでもないし」

涙をこらえていたご主人の目から、とうとう涙がこぼれました。


 お可哀想なご主人。えぇ。わたくし、知っておりましてよ。ご主人が王都におられた理由を。

「シュザンヌ、君を預かってくれる誰かを見つけないとね。旅には連れていけないし。でも、今回の魔王討伐は、茶番だけれど、王命だ。生きて帰れるかわからないといえば、シュザンヌ様との婚約という王命を、取り消してもらえるよね」

ポロポロと涙をこぼしながら、おっしゃるご主人に、わたくし、絶句いたしました。ご主人、ご主人、泣かないでくださいませ。


 ほら、わたくしの毛づくろいをなさってよろしいのよ。ご主人、お好きですものね。わたくしの毛づくろい。撫でてくださっても、宜しいですのよ。


「死んでこいと、いうのだろうね。僕、何をしたのかな。いらないなら、そう言ってくれたら良いのに。あぁ、でも、帰るところなんてなかった。僕が育った孤児院ね、もう無いんだよ。魔王復活の頃に、街ごと無くなったんだ」


 まぁ、なんということでしょう。わたくしは、ご主人に身寄りがないのは存じ上げておりました。まさか、街ごと無いなど、想像してもおりませんでした。仕方ありません、今日だけですよ、今日だけ特別です。わたくしの尻尾、撫でてくださってよろししいですわ。元気になってくださいませ。わたくしのご主人。


「シュザンヌ、君はシュザンヌ様に預けようか。嫌かな。前の婚約者の飼っていた猫なんて。でも、同じ色合いだし、優しい方だから、きっとかわいがってもらえるよ」


 なということでしょう。ご主人は、そうおっしゃると、どこから取り出したのか、突然、わたくしを籠に入れて、蓋を締めてしまわれました。


「シュザンヌ、元気でね。かわいがってもらいなよ」

冗談ではございません。なんということでしょう。わたくし、一生懸命鳴いて、抗議しましたものの、一切聞き入れてくださいませんでした。泣き虫のご主人のくせに。わたくしが鳴こうが、籠に爪を立ててひっかこうが、無視するなんて、なんということでしょう。


 ゴトゴトと揺られる馬車で、わたくし、決心いたしました。えぇ、わたくし、ただの猫ではございませんことよ。


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