第7話 三重② ~メスガキ~

「ふ~ん……前髪だけじゃなく頭もスカスカの雑魚おじさん。アタシみたいな女の子を犯すために必死になっちゃって。こんなヨワヨワなのにまだ勝つつもりでいるんだ」

 少女はベッドの上に手を付き、チン之助の目の前に顔を近づけた。寒さに歪む顔を楽しそうに見つめる。キャミソールの隙間から可愛い乳首が除く。

 ふぅ~~。雪女が甘く冷たい息を吐きかけた。

「でも残念。おじさんは何にも出来ずアタシに屈しちゃうんだよ。ほら、お・や・す・み❤」

 照明が、激しく明滅する。意識が、遠のく。……俺は……まだ……

 しかしチン之助の思いは言葉にならず、視界は暗転した。


「ただいまー」

 言いながらチン之助はマンションの扉を開けた。駅から少し離れたところにある彼の自宅だ。2LDKながら広々としており、寝室には巨大なウォーターベッドがある。チン之助とセフレたちで金を出し合って買ったものだ。

 当初は月曜から日曜まで交代で通ってきていたセフレたちだが、一人だと一晩に何度も苛まれ動けなくなってしまうため、今では二人か三人のシフトをとることが多い。

 玄関にはヒールの付いた黒いかわいい靴が一足置かれていた。ドアは夕方から夜になりかけの空を切り取っていたが、戸が締まり見えなくなる。チン之助も靴を脱いで廊下を歩いた。

 包丁でまな板を叩くトントンという音がする。リビングに行くと茶色い短髪の女がキッチンに立っていた。

「おかえりー。今日はお店によってからお家帰ってくるから遅くなるって言ってなかった?」

 お店とは風俗店のことだ。外聞が悪いのでその呼び方にしている。それは思い出せる。

「そのつもりだったが……」

 自分はなぜここにいるのだろう。疑問がチン之助の胸のうちに沸いた。確か、後輩の男が音信不通だったため、彼の足取りを追おうとして──

「ちょっと、ひどい顔色じゃない。ほらそこ座って」

 茶髪の女がグラスに水を入れて持ってきてくれた。

「ありがとう」

 左手で受け取るとソファに座る。彼女の名前は何だったっけ。もらった水を飲みながらふと考えた。思い出せない。

 だが、水はたしかに美味しかった。そうだ、自分は水を飲んだ。アヤカシ屋の二階で。ローテーブルにグラスを置く。リビングには大きな窓がある。外が暗いため、部屋にいる二人が反射している。

「ちょっと落ち着いたみたいね。どう、なにか思い出せた?」

 女がチン之助の隣りに座った。スラリとした体型。赤と茶色のボーダーセーター。何も考えず彼女の腰に左手を伸ばす。

「ちょっと、今はだめ。体調悪いんでしょ」

 するりと女は身を躱す。猫のように、ろくろ首のように、メスガキのように。

「お店でなにかあったの?ね、教えてよ」

「ああ」

 チン之助は言った。彼はすべてを思い出していた。

「恐ろしい目にあった。アレは夢だったのか。俺は、後輩を助けるためアヤカシ屋の五重塔に挑み、命からがら逃げ出してきたんだ。あそこで出会った。三階で、雪女に。凍えるほど寒くて……。死んでしまうかと思って、本当に、恐ろしかった」

 あの寒さを思い出したのか、チン之助は身震いした。

 リビングの丸い蛍光灯が点滅した。

 クスクス、クスクス、クスクス。

 不意にリビングのあちこちから少女の笑い声が聞こえてきた。チン之助と女は声のする方を見るが、誰もいない。

 女が立ち上がって部屋の隅を見に行った。

「あーあ言っちゃったねえ。オツムよわよわダメ人間」

 ひときわ大きい声が部屋の中で聞こえた。奇妙なことに、その声はこちらに背を向けるセフレの肩越しに発せられたように思えた。

「お、おい」

 声をかけるが返事はない。

 リビングの窓には二人が写っている。一人は、立ち上がり左手を女の肩に伸ばそうとしているチン之助。もう一人は、背の低い少女だ。サラサラの金髪がキャミソールで覆われた細い腰まで伸びている。少女はガラス越しにチン之助を見ると口を大きく開き、実に楽しそうに言った。

「ざ~こ❤」

 喜色満面の笑みを浮かべて少女が振り返る。逃げ切ったはずの冷気が、チン之助の背中をそっとなでた。

「ざこざこ、ざこ脳みそ。初めてのお使いの幼児だってもっと記憶力がいいぞ。イワシよりもサバよりもダメダメな海馬してるの? そうだよ、ちんぽおじさんは家に帰っていませ~ん。残念でした~」

 チン之助の胸よりも小さいはずの少女は、今では誰よりも大きく彼を見下しているように見える。それだけの圧力、いや妖力をタマキは発していた。

「はー、暑い。幻覚の中は冷気がなくてやんなっちゃう」

 パタパタとタマキはキャミソールをつまんで風を送る。丁度見下ろす形の男の目には彼女の乳首がチラチラと映る。無論、見せているのだ。手も足もナニも出ない無様な彼をあざ笑うために。

 雪女はチン之助の股間に手を伸ばした。精液サーバーとしての使い勝手の確認だ。

「さ~てと、おじさん……名前なんだっけ?まあいいや、よわよわ過ぎて憶える気しないし。どうでもいいおじさん、一名入りま~す。ほ~ら、身体はこんなにおっきいのに、あっちの方は寒さで縮こまって……ない!?」

 雪女は驚きに目を見開いた。本来奥ゆかしくズボンとパンツの中にしまわれているはずのイチモツは外に飛び出している。

 スーツのスラックスから露出したチン之助のマラは、固く、熱く怒張していた。そのイチモツを彼は右手でこすっている。

「俺は……セックスした女の名前を、決して忘れない」

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