第6話 三重① ~メスガキ~

「カナエ?」

 チン之助が女の名前を呼ぶ。

「もう一度、考え直してはいかが? 三重の番人タマキは、恐ろしい相手ですわ。貴方と言えど、ただでは済まないかもしれない」

「カナエさん、あまり先の番人の話をしては興が削がれます。それに、チン之助様ほどの性豪であれば、彼女の突破も可能。私はそう見ています」

 受付嬢が背中越しに言った。

「ですが、相性というものがありますわ。あのメスガキが一重の番人だった頃は、死亡お遊戯史上最も多くの挑戦者が一重で破れておりますのよ」

 チン之助は優しくろくろ首のあごをなで、心のこもったキスをした。

「ありがとう、カナエ。でも行くって決めたんだ。またこの店に来た時は君を指名する。待っていてくれ」

「チン之助……様」

 メロメロになったカナエは、シュルシュルと首を布団の上の本体に戻した。

「待っていますわわたくし。いつまでも」

 そう言うろくろ首を残して、二人は階段を登った。

「そういえば、君の名前を聞いていなかった。よければ教えてもらえないか」

 受付嬢は階段を登り終えたところで立ち止まり、チン之助を振り返った。

「私は、キキョウと申します。どうぞお見知りおきを」

「君に似合いの美しい名だ」

 チン之助は青紫の凛とした花を思い出した。

「ふふ」

 キキョウが笑う。

「カナエさんのことといい、自分に自信がないようなことをおっしゃる割に、女性を口説くのは上手なんですね」

「……昔からどういうわけか女性と話す時はスラスラと言葉が出るんだ」

 あるいは自身の強すぎる性欲と関係があるのかもしれない。そう考えながらチン之助は三階の廊下に足を踏み入れた。

 まず感じたのは冷気だった。明らかに他の階よりも寒い。それと灯りだ。

 切れかけの電球のように明滅を繰り返している。

 不意にカナエの言葉を思い出した。

『死亡お遊戯史上最も多くの挑戦者が一重で破れておりますのよ』

「どうされました?」

 扉の前に立つキキョウの声で我に返る。思わず足を止めていたようだ。

 小走りに追いつくと、扉の横のプレートが目に入る。雪の結晶。

 つばを飲み込むと、覚悟を決めて扉を引いた。

「寒い!」

 廊下の冷気はこの部屋の空気が漏れ出していたのだ。巨大な冷凍庫の中にいるようだ。

 両手で自分を抱くようにしながら中に入る。ここが木造の五重塔の中であることを考えると、異質な空間であった。

 床はタイル張りで、西洋の王宮の一室であるかのように天蓋付きの巨大なベッドが置かれていた。ベッドには薄いピンクのカーテンが取り付けられ、明滅する明かりによって中の人物のシルエットが見える。薄着の少女だ。

 歯がガチガチなるような極寒のなかで、「ひょっとしたら中は温かいのかも」そんな希望にすがりチン之助は勢いよくカーテンを開けた。

 黄色のキャミソールを着た少女が、片膝を立ててこちらを見ていた。

「ちょっと涼しいくらいでそんな必死になっちゃって。ざ~こ、ざこざこ、よわよわ人間」

 長い金髪が、少女の腰まで伸びている。その腰は強く抱きしめたら折れてしまいそうなほどに細い。

 クリクリと大きな目は挑発的に細められ、ぷっくらとした唇は生意気そうに突き出されている。ザ・メスガキ。そんな風体だ。

 だが、そのことを深く考える余裕もなく、チン之助は両膝を付いた。カーテンを開けたことで更に冷気が強まり、肌を刺すようだ。立っていられないほどに、寒い。

「あれあれ、どうしたのうずくまって。お腹いたいのかな~? そこにお布団ないですよ~。それとも、アタシのパンツ見たくなっちゃったのかな。きゃっ、こわ~い。覗き魔じゃん。誰か~、警察に通報して~。このおじさん、子供パンツで興奮する性犯罪者です~」

 クスクスと笑いながら子供特有の高い声でまくし立てるも、メスガキは子供パンツを隠そうとする様子はない。むしろ男の下卑た視線を喜び足を心持ち開いた。しかし、今やチン之助はほとんど目の焦点があっていない。

「君は……」

 絞り出すように彼は言った。

「あ、いっけな~い。アタシったら自己紹介がまだだった。雑魚ちんぽおじさん、はじめまして。アタシは六年一組……じゃなかった五重塔の三重の番人、タマキだよ。アタシのこと、誰かに言ったらバッキューンだからね」

 眠い。不意にチン之助はそう思った。まるで、雪山で遭難しているみたいじゃないか。自嘲気味に胸中でそうこぼす。街中で、しかも屋内にいるっていうのに。俺は、何をしにここに来たんだっけ。そうだ。死亡お遊戯。勝負。勲章。

「セックス、を……しなくちゃ……」

 そう言いながらチン之助はベッドに手をかける。タマキはその可愛い両目を大きく開けた。

 この人間、まだエッチしようとしているの!?

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